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第一章四話「強くなりたいのに」

~前回のあらすじ~

ノエルはクロと意識交代をしてオルターとアフィスを撤退させることに成功した。

その影響で、フェリスとエルル、レオラは狂人オレオに殺される寸前で助かり、特設バトルフィールドではミリィが1クラスと2クラスの生徒を全員無力化して撤退していった。

 そして、破壊された学園を歩き回りながら、ノエルはFELの指揮官コレノフにFEL入隊試験の前倒し実施に受けられると言われた。



 部屋に満ちているのは、ほとんど“闇そのものだった。

 無機質な鉄と、重たい石壁。冷たさと沈黙が支配する、地下深くの空間。明かりは電灯と違って、赤くにじむような自然の光とも思える魔灯。

 集まったのは、トリアム幹部である飢夢衆の五人。


 妙な威圧感が一帯の空気を重くする。


 沈黙が支配する中、そこにいる数人の一人が小さく呟いた。


「―――お前らが、任務中に撤退するとは、珍しいことだ。何があった?」


 椅子に巨大な図体を深く沈ませ、重く開かれた口から発されるのは、低く呻る疑問の声。

 血の色をした眼孔が、暗闇に、派手に映る紫髪の男を鋭く見据えた。


「あの会場に、明らかに異質な化け物が現れた。アフィスの魔眼が通じねえ女だ。もちろん俺の能力もな。さすがに俺らだけじゃ分が悪い、そう考えたから撤退した。」


 赤く光を反射するサングラス越しに、群青の瞳がちらと覗く。

 後頭部に手を当てて、椅子をギイギイと鳴らしながら、皮肉めいた笑みを浮かべてオルターは答えた。


「あいつ......思い出しただけでも、体が震える......あんなの人間じゃない。魔力が、おかしいのよ」


 苦い表情で、アフィスが口を歪ませる。

 これまで体験したことがなかった異様な恐怖を思い出して、少女は体を抱えた。

―――――どうやら、相当なトラウマになっているらしい。

 彼らが言う化け物―――クロは、幼き娘にどのような悪夢を見させたのか。


「.....アフィーちゃん.........大丈夫?あなたがそんなことになるのは滅多にないじゃない。何を、見たの?」


 心配そうにアフィスの顔を覗いたミリィは優しく尋ねた。


 それに応えるように、アフィスはいまだ顔を歪ませたままふつとぼやく。


「あの女に触れた瞬間、世界が無になった。いや、正確に言うと、どろどろとして、憎悪を詰め込んだような景色が見えた後、急に世界は闇になって......それで.........」


 思い出したものがそれほど嫌悪を示したのか、そこでアフィスは言葉を切った。


「まあとりあえず、作戦は失敗に終わったんだ。その二人のいう”女”っていうのも気にはなるけど、今は次のことを考えるべきだと僕は思うな」


 話を打ち切ったのは、栗色の髪で、前髪を左右にかき分けた男子―――ガルラス・ウォルクは話の矛先を変えた。


「たしかに作戦は失敗したけど、あの学園やFELのやつらにとって、まったく影響がなかったわけではない。聞いた話では、FEL入隊試験が前倒し実施されるらしいしね。だから今度は、そこにかちこもうと思ってる。リゼーヌさんもそろそろ帰ってくる頃だしね。」


 皆の顔を一瞥して、ガルラスは目を細めた。


 顔に宿るものは、普通の人間とはかけ離れた感情のように思える。


「あいつもう帰ってくんのかよ。戦闘しか頭がないバカがいたら調子が狂うんだよなあ」


「まあまあそんなに嫌な顔しなくていいじゃないか。リゼーヌさんとオルターは別々に行動させるからさ。まあもう試験会場にすぐに転移できるようにはしてるし、あとはその時が来るのを待つだけさ。....そうそう。そういえばそこには朧 威黒(おぼろ いぐろ)もいると思うよ」

 

 不服そうな様子だったオルターは椅子から飛び起きて、オルターはガルラスに顔を近づけた。


「そいつは本当か?あのくそジジイもいんのか?試験はいつだ?」


「三週間後。因縁の相手だからと言ってなにも急ぐ必要はない。その時に、確実に、殺せるようにすればいい。でしょ?」


 すこしだけ身を反らしながら、ガルラスはオルターに向けて二ヤついた。いや、言葉はオルターだけにではなく、その場の全員に向けて言ったのだろう。


「面白れぇ。次こそは、必ず殺す。楽しみだぜ」


 同調するように、オルターが口の端を上げて、ほかのみなも頷いた。


 こうして、悪夢が再来することが確定したのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー・ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 翌朝、3週間後にFELの入隊試験の前倒し実施が行われるということで、その入隊試験を受ける人は通常の授業と変わって特別講義を受けることになった。


 幸い、学園はたしかに荒らされらものの、規模も小さかったし、科学技術も進んでいるので、次の日には昨日の破壊された影などなく、いつもの学園に戻っていた。といっても、まだ生徒や教師などは昨日からの多少のパニック状態のままであるが。


――時刻は朝九時。

 学園中央訓練場の、まるでナイトクラブのようなステージ型エリアには、なぜかミラーボールと重低音の効いたビートが響いていた。


「うおい……これが訓練場……? いや、これ絶対間違えてDJイベント会場入っただろ……?」


 ノエルの隣で目を細めて辺りを見渡すのはマイク。彼も、あの事件の中で、敵にやられることなく、生き残った生徒の一人であった。そのために、入隊試験を受けられることになっている。

 爆炎と血の匂いが染みついた戦いから一夜明け、ようやく落ち着いたはずの今日が、まさかこんな始まりを迎えるとは思ってもいなかった。


「ほんとに間違えたのかな.....一回戻って確認し―――」


「Yo~~~~~~!!! 生徒諸君!!!昨日の襲撃で心にキズォ負ったヤツも~~~!魂が火照ってるヤツも~~~!ここで鍛え直してバイブス上げてこーぜぇぇぇ!!!」


 ビートが跳ねる。照明が明滅する。ノエルの眉がピクリと跳ねた。


 舞台の中央に立っているのは、グラサン・金ピカジャケット・腰にターンテーブルのような装置を下げた筋骨隆々の男。学園教員――いや、音楽界の迷子――DJクロウである。


「え……これ、何の訓練ですか……?」


「ラップだ!!!」


 あまりに即答である。


 混乱するノエルの横で、すでにやる気満々でビートに乗ってるのはマイク・エヴァンス。五年以上の付き合いになる陽気な少年は、ノエルを肘で突きながらにやける。


「へへっ、ノエル~、これは“精神干渉対策訓練”ってやつさ。DJクロウいわく、自分の言葉を即興でぶつけることで、心を強くしていくんだとよ!……まぁ正気の沙汰じゃないけど、ある意味理にかなってる!」


「そんな理あるか……」


 そのとき、マイクの横にいた新顔の生徒が口を開いた。真紅のインナーカラーが特徴的な短髪の少年――フォウン・レイランク。静かそうな見た目に反して、瞳は燃えるように鋭い。


「ラップは、言葉の戦い。相手のメンタルを揺らせば、戦場でも動きが変わるって理論だな。くだらなくはない……だが、相手が精神攻撃系の能力者なら、たしかに鍛えておく価値はある」


 ノエルが思わず聞き返す。


「それ、本気で言ってるの……?」


「本気だよ。俺、次の試験で結果を出したいから。遊びでラップしてんじゃない」


 バチンと交差する視線。

 どうやらこのフォウンも、ただのおふざけ要員ではなさそうだ。どこかノエルと似た、真っ直ぐな闘志がその中にある。


 その空気を察して、DJクロウが指をパチンと鳴らす。


「OK~~!!最初のバトルカード決定ィィィ!マイク・エヴァンスVS フォウン・レイランク!!この勝負、ノリとパンチラインで決めろ!!!」


「望むところだぜ、フォウンちゃん!」


「……口だけじゃないと、いいけどな」


「まずはビートチェックから行くぜィィ!!!デュクデュクデュクデュク.........」


 バトルステージの中央に、ふたりの影が向かい合う。

 サイファーが回る。ビートが高鳴る。学園中がざわめき、ノエルは、信じられないものを見るような顔をしていた。


(これが……FEL入隊試験の前哨戦なのか……!?)


「――――Yoッ!!じゃあ、先攻後攻はどうするんだ~!?じゃんけんするかYO?」


「ここは、俺から行かせてもらうぜッ。実は、ラップは趣味でやってたからな!さあ、DJクロウ先生、ビート、頼むぜ!!」


 マイク。そうだったのか........。知らなかった。


「Yo!いい意気込みだ!!じゃあ、行くぜィィ!!ぶ・ち・カ・マ・せェェェ!!!」


 重低音で、リズムはすこし早めのビートが、鳴り始める。


――――そして。


『Yo 先攻カマすぜ爆弾投下

俺とお前はラップ代表者

でもお前は俺のマイク下位互換

バチバチ韻踏み客大混乱


俺はマイク このマイク握った

なら女子は今すぐ産婦人科

に行って俺の子生みたくなる

てなスキルで伝説生み出される』



『Yo... 下位互換? 笑わせんなマイク、

お前のフローは風邪気味みたいにちょっとマイルド。

俺は鋼、刺さるワードで裂くこの空気、

無痛分娩じゃ済まねえぞ、俺のバースの衝撃。


女子が産みたくなる? 無理だなそれ、

“痛みを恐れぬ言葉”だけが心を孕ませる。

伝説生むって? まだ胎動レベル、

俺の一撃で黙らす、お前の未来ごとレッテル』


  ラップの応酬が終わった瞬間、訓練場――否、“クラブ”と化したステージに、しばしの沈黙が訪れた。

 その数秒の静寂は、まるで言葉の衝突によって生まれた真空のようだった。


「マイクの韻硬すぎだし、ちょっとおもろい.な......」

「……え、え? 今のフォウン、やばくなかったか?」

「え、あいつ静かなタイプじゃなかった? 急に韻の殺意が……」

「これもしかしてガチバトルか!?」


 観客――いや、生徒たちがどよめく。

 ノエルは思わず立ち上がりかけて、呆然とつぶやいた。


「な、なんか……本当に“戦ってる”みたいだった……言葉だけで」


「当たり前だろ?」

 

 隣でDJクロウが、ターンテーブルをくるりと指で回しながらにやりと笑う。


「これが、ラップってもんだぜ!!」


 ズァァンッッ!!!

 破裂音のような声と共に、DJクロウが両腕を広げて叫んだ。


「Yo yo yo~~~!! お前たち、突っ立ってる場合かァァ!? ステージは他にもあるッ!火が点いたヤツから、どんどんぶちかましていけ~~~!!」


 その瞬間、空気が一変する。

 「俺もやる!!」「相手は誰だ!?」「負けねぇぞ!」

 次々と手が挙がり、学園中央訓練場の各ブロックでサイファーが立ち上がる。


 ラップの波。

 言葉とリズムが交錯し、訓練場はまさにバトルフィールドと化していた。


 叫ぶ者、煽る者、照れながら韻を踏む者。

 即興の言葉の応酬は、ある者にとっては訓練であり、またある者にとっては魂の開放だった。


 


 一方、その喧騒から少し離れた出口付近。


「……特別講義って言ってたから、戦うとばかり思ってたけど……ラップって……」


 一呼吸おいて、ふっと笑う。


「……まぁ、これはこれで……悪くないのかもな」


 目の前で響くビートとシャウトが、彼の背中を押していた。

 試験は目前。

 でも、今はまだ――自由に、自分の“言葉”で、未来をぶち上げるときだ。



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