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第一章ニ話「危うき力と祭りの前奏」

~前回のあらすじ~

学園の帰り道、天使の急襲により気を失ったノエルは、気が付くと自分が知らない空間にいた。そこには、悪魔の王と自称するクロに契約を迫られる。与えられた選択は「ここで死ぬか」「契約して力を得るか」の二択。クロと契約したノエルは、再び現実世界へと引き戻される....。

※この作品は魔力をスペル読みます。


 

 「あっけなかったですね」


 気絶したその男の心臓に刺した光輝く剣は確実に奥深くまで体を貫いていた。

―――それをしたのは言うまでもない、謎の天使の女、名はクルノア。

 彼女は壁に寄り掛かる少年を見下しながら、頬についた返り血を手の甲で拭ってから背を向けた。


 彼女の復讐劇も本当にあっけなく終わり、内心すこし物足りなさを感じているクルノアは、その場で溜息を吐いて、今後の方針、つまり自分がどうしていくかのについて思索を張り巡らせていた。


――――と、その時である。

 突如として、背後から―――否、さきほどとどめを刺したはずの少年から、異常なまでの魔力(スペル)を感知して、クルノアは即座に距離を取った。


そして————なんと信じられないことにその少年は、立ち上がった....。


 胸の傷は塞がって、闇の中に光る希望を宿した瞳、黒色の髪に部分部分で白く染まり出して、吐く息一つ一つに大量の魔力エネルギーが感じられる。

 その姿に、クルノアは絶句した。


「――――ッ。とどめは刺したはずですよ....」


その言葉に返答はなく、代わりに黒く禍々しい斬撃がクルノアの左肩をかすめた。

 いや、斬撃というと剣を使った攻撃に聞こえるかもしれない。しかし、彼は素手である。この攻撃を名付けるとするならば、黒薙(くろなぎ)であろうか。

 ともかく、恐ろしい技に天使は思わず嫌悪を示した。


「気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。ああ、また昔みたいに......。―――いや、今はまだ目覚めたばかりしょう?なら、今のうちに仕留めるのがッ――」


そう言って、地を蹴るクルノアは弾丸のような速度で少年との距離を詰める。そして、右手に握られた剣を首めがけて振りかざす。

―――――しかし、直後に聞こえたのは空を切る音、とともに、骨の軋む音であった。


「――ッ!くそ、あともう少しだったのに......!」


 少年、改めて、ノエルの首に振りかざされた剣は首に当たらず虚しく空振りの音が廃墟に響く。そしてそのお返しとしてクルノアが頂戴したのは、脇腹への強烈な右拳———その威力は、頑丈なクルノアの骨を砕くのも容易い。


「.....仕方ありません。今日のところは引き揚げましょう。寿命が延びたことをうれしく思ってなさい。それでは、さようなら」


 そう言ってクルノアは、狂気を孕んだ笑みでノエルを見つめながら闇の中へと消えていった。

――――途端、ノエルは膝から崩れ落ちた。彼の体がクロの魔力に限界を迎えてしまったのだ。

 

 この一瞬の戦いの中、ノエルの意識はいまだ完全には戻っていなかった。ほぼ無意識状態のうちに戦っていたのは、きっと、ノエルの体がクロと契約したことにより流れてきた多大なる魔力に、本能的に察知して勝手に動き出したのだろう。そして今、倒れ込んでからようやくノエルの意識は完全に戻ってきた。


「ぐっ.....!あた、まが.....」


 ひたすら頭に、というより脳に走る稲妻ならぬ激痛に、ノエルの顔は悲痛の表情に歪む。

 なにが起きているのか、まったく状況が把握できないノエルは、おぼろげな視界で周りを見渡した。


――――天使の女は、すでにいなくなっていた。見えるのは、赤く染まった灰色の地面に、崩れかけた壁、闇に包まれた天井に、薄暗い灯に照らされた歩道。そして、闇そのものの夜であった。

 そんな中で、ノエルは静かに、再び目を閉じた。


 このとき、ノエルも、クルノアやほかの誰かも、ノエルの右の手首に浮かぶ黒き紋様に気づくことはなかった。


 

――――――その場に降り立った一人の女、第三部隊隊長フェリス・ニーナは顔をしかめた。

 銀色の髪は後ろで一つに束ねられて、暗がりの中でかすかに揺れる。


「魔力センサー、反応ゼロ....。冗談じゃないわ」


 片手サイズの小さな測定器を眺めながら、愚痴をこぼした。無理もない。この装置は近くの魔力を感知し、その大きさを数値化するものであって、この場に来る前までは、この数値が”過去最大級”の魔力を示していたのだ。

 それが突然、何事もなかったかのように、ぽつりと数値は0に変化した。


「ここで一体何が起きて.....あ」


 疑問が尽きない中、フェリスは倒れ込む人影を発見する。―――ノエルだ。

 そして、ノエルから魔力が一切感じ取れないことに気が付いた。


「これはまずいわね....魔力が完全になくなってる。急いで助けないと....!」


 小さくそう呟いて、フェリスは仲間に無線で連絡を取った。


 しかし、驚くべきは、少年に魔力がないこと―――ではなく、魔力がなくなるほどの激しい戦闘であったのにも関わらず、目の前の少年は無傷であり、この場所もさほどの戦跡が残っていないということ。

 あるのは、一部の壁が何かがぶつかったような跡だけ....。

 

「この子...気になるな.....」


 異常なまでに静かな夜。その闇の裏で、いったい何が仕組まれているのか。

 

 期待と不安を抱きながらも、彼女はFELの本部へと向かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー・ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 目を覚ました時、ノエルは見知らぬ白い天井を見上げていた。

 

 人工的な明かりの中、壁際には無機質なモニターと装置が並び、どこか病院とも違う、軍のような雰囲気が漂っている。


 ベッドの横には、一人の女性が座っていた。


「ようやく目覚めたのね。よかった」


 銀髪を後ろで束ねた凛とした女性――フェリス・ニーナ。

 FEL第三部隊隊長。


「ここはFELの研究医療施設。あなた、あの場所で倒れてたのよ。信じられないくらい大きな魔力反応を最後に、ぷつっと切れて。それで、私が自ら回収したわけ」


「魔力……反応……?」


 ノエルの頭はまだぼんやりとしていたが、心の奥に“黒い熱”が残っているのを感じていた。

――――けれど、確かに今、力は完全に沈黙している。


「今は安静にしなさい。あなたの体、完全に”異質”よ。正直魔力もそうだし、身体の仕組みも、うちじゃ説明がつかない」


「........」


 ノエルは、返す言葉を見つけられなかった。

 何が起きたのか、自分の中で何が目覚めたのか。


 それが分からないまま、ただ体の奥に“確かなもの”があるという実感だけがあった。


 ふと、視線を落とす。目線の先は、右の手首———そこには、今もなお静かに、黒いナニかが流れている。

 

 (やっぱり、あれは夢じゃなかったんだな....)


 現実のようで、現実ではない謎の空間。あの空間で謎の悪魔と出会って、本当に、夢としか思えないような出来事があの短時間で起きた。そして、あの出来事で、契約で、膨大な力を手に入れた。しかし、それと同時に、自分の体がその多大なる力に打ち負けたこともノエルは理解していた。

 この危険なつり橋を渡ったノエルはもう、後戻りできない――――。

 

 ノエルは次々と自分を責めてくる”謎”に不安な気持ちを抱いた。

 

 その様子を見て、フェリスは少しだけ微笑み、さっと立ち上がる。


「ま、学園祭に間に合わせたんだから感謝しなさい。君の学校、数日後でしょ?」


「……え、ああ、そうか....。そういえば.....」


「楽しみにしてるのよ。毎年、あの祭りは戦場になるから」


「今年も私は行こうと考えてるの。あれはこちら側から見ても、とても迫力のある競技ばかりだからね」


 その言葉に、ノエルは微笑する。学園祭の評判はずいぶんといいようだ。


 窓の外に目をやると、遠く、空が茜に染まり始めていた。


 だけどその裏で――確かに世界が、静かに蠢いていた。



―――――数日後。


「ノエルー!そっちの通信魔石、別館の2年3組に持っていってきてー」


「はーい」


 額の汗を拭い、たくさんの荷物を抱える。―――心なしか、前より力持ちになっている気がする。


 慌ただしい準備室を抜けると、人が溢れている賑やかな屋外へと出てきた。各地の屋台から漂う香ばしい匂い、人々の笑い声、学園全体が熱狂に包まれていた。

 それを横目に、ノエルは人通りを避けるように人気の少ない裏路地を通路として選んだ。


 すこし先とは違う雰囲気を醸し出す裏路地は異様な空気感が支配していた。ノエルは祭りのムードからくる焦燥感に晒され、急ぎ足で裏路地を歩いていた。

――――すると、裏路地の影にふと気配を感じた。

 気になって周囲を見回すが、辺りはだれもいなくて、ただ遠くから人々のはしゃぐ声が響くだけだった。

 

 ノエルは変に胸騒ぎがしたが、学園祭の陽気な空気に紛れて、特に気にする様子もなく再び歩き出した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 通信魔石を2年3組に届けに行った後、ノエルは裏路地は使わず、人だかりのある屋外を通ることにした。―――理由は単純で、祭り騒ぎのこの雰囲気をノエルは嫌に思っていなくて、なんならこの雰囲気が好きだったから。

 年に一度あるこの一大行事では、ランク差やクラスが上か下かなどの縦社会の区切りを忘れられ、皆が平等に楽しめる平和な日であるのが、ノエルにとっては息抜きのような日に感じられるのだ。


「それにしても......すごい人だなぁ......」


どこを見ても、人、人、人。雲一つない快晴の青空にカラフルな風船が宙に舞って、学園内は鮮やかな色彩に満ちていた。

 道行く人々の笑顔を見ると、自然とノエルの口元もほころんだ。


 なにも考えないで、ただ道を歩いていた―――その時、誰かと肩がぶつかった。


「あ、すみません」


「ふん。そんな間抜け面してるからぶつかるんでしょ。ちゃんと前見て歩きなさいよ能無し」


「...え?あ、すみません気を付けます......」


 憤慨のご様子である相手は、ノエルの顔も見ずに、文句を述べるだけ述べてそのまま去っていってしまった。全身黒一色の布を覆い、すっぽり顔をフードで包んだ不思議な少女。その独特な衣装は、脳裏に深く焼き付き、ノエルを妙に落ち着かない気分にさせた。

 謎に怒られて気が落ちたノエルは、首をかしげながら準備室に向かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


―――あれから1時間経って。


「はい!入場券になります。どうぞ楽しんでいってくださいっ」

 

「...あ、ああ。ありがとう」


「念のため、身体検査させてもらっています。恐悦ながら、お体触らせていただきますね....」


「ああどうぞ」


 入場口で接客を担当する女子生徒も身体検査担当の男子生徒も、長蛇の列を見て気合が入っており、てきぱきと元気な態度で仕事をこなしていく。しかし女子生徒も男子生徒も気合が入りすぎているのか、入場券を渡すときに客の手を握ってしまっているし、ボディーチェックをするとき緊張で手が震えているが。

 だが、それほど気合が入るのも頷けて、学園祭のメインイベント、30on30バトルインフィールドのクラス対抗戦がついに始まろうとしていた。だから、大勢の人がぞろぞろと入場口から券を購入して、何百何千何万という人々が会場に入っていた。


 会場はTWバトルステージ(長いので、普通はTステと略されている)という闘技場で、他の競技はすべてここで行われていたが、このクラス対抗戦は出場人数が多いために、闘技場の中央の空中に、超巨大モニターが全方向から見られるようにいくつか設置されており、そのモニターを通して、特設バトルフィールドという実際に生徒たちが戦っている場所に中継され、その戦闘の一部始終を観ることができる。


―――そうして、入場の時間制限が切れて、会場をぐるっと一周する観客席はほぼ満席となり、会場の熱気は最高潮に達していた。


「さぁ!始まりました!!学園祭の目玉イベント、クラス対抗戦の幕開けです!!!」


「まずはー?!AランクとAランクのバチバチの攻防戦、1クラス対2クラスです!!」


 司会者の声が、学園中に反響する中、1クラスと2クラスの生徒が出揃う。


「今年は、強者揃いだぞ」

「1クラスも2クラスも威圧半端ねえ....!」

「この闘い、まったく先がわからないな.....」

「お前らの実力見せてくれー!!」


 観客のボルテージは今もなお最高まで上がっていて、立ち見が出るほどの混雑と熱気。

 

 そんな大騒ぎの中で、銀髪を揺らし、足を組んで座るFEL第三部隊隊長、フェリス・ニーナの姿もあった。しかし彼女の顔は周りの空気とは違っていて―――。


「例年より魔力密度が明らかに多い。......何か、起きるかもしれないわね」


 胸の奥のざわめきに、不安の色を宿すその桃色の瞳はこの先の行く末を見守っていた。


 開幕と同時に、フィールド内は閃光と爆発の嵐。まるで戦争だった。


だが―――。


 その“戦争”の様相が、途中から狂い始める。


「……1クラス、減り早くないか?」


「え、なんか、やられ方が……変」


 異常に早い戦線崩壊。1クラスの生徒が、能力の反応もなく一人、また一人と倒れていく。


 ノエルはモニターを見つめながら、胸騒ぎを覚えていた。


――――そして。


 【BOOOOOOOOOOM!!!】


 TWバトルステージ中央――大爆発。


 轟音と閃光が周囲を飲み込み、観客席の防壁すら歪んだ。


「何だ!?」「バリア貫通!?」「避難――っ!」


 悲鳴と怒号。魔力の混線。


 会場が大混乱の中、煙幕の中からいくつか人影が見えた。


「―――ようやく始まったなぁ、祭りの本番ってやつが」


 爆煙の奥から、サングラスをかけた男が現れる。

 紫髪にピンクのメッシュ、羽織から覗く傷の跡。チャラついた笑みを浮かべるその男は、手を広げると高らかに叫んだ。


「俺ぁトリアム幹部——飢夢衆(ラヴェナス)第二席オルター・トレイグル。他者を(いな)み、我を(つらぬ)く者。旧き契約の扉をこじ開け、かの主――リアーノ・グロウを迎えに来た」


 観客が一斉にどよめく。

 そして、その横に現れるもう一人の少女――金髪ツインテールに露出の多い服装で、ピアスが片耳だけ光る。


「でかい声出さないでよ。馬鹿じゃないのオルター。派手すぎ。目立ちすぎ。アホ丸出し」


「んなカッカすんなってアフィス。かわいい顔が台無しだぜ?」


「う、うるさい!バカオルター!」


 こんな混乱の中で場違いな茶番劇を繰り広げてから、アフィスと呼ばれた少女は観客席に視線を向ける。


「わたしはトリアム幹部——飢夢衆第五席アフィス・フロノビス。他者を(もてあそ)び、我を(しゅ)とする者。始祖カレフ様の命により、今からここを壊滅させるから」


 にやりと不気味な笑みを浮かべながら、その少女は世界に宣戦布告を申し立てた。








 

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