第一章一話「無能少年、初めまして、人生の変わり目」
めちゃくちゃ王道の展開から始まりましたが、どうか途中で「おもんね、やめよ」みたいにやめないでくださいお願いします(切実)
二話目から、独自性にあふれる(と思う)ので、どうか、どうか...!
読んでいただけると光栄です。
昼休みを告げるチャイムが鳴った瞬間、教室の空気がガラッと変わった。
僕は椅子から立ち上がり、購買に向かおうとしたその時――
「あ、ノエル。お前も購買行く?俺も一緒に行くZE☆」
満面の笑みで手を振るのは、マイク・エヴァンス。
この学園に入ってから唯一、普通に話せる友人だ。
「うん。腹減ったし、何か残ってるといいけど」
「激戦区だもんな~。でもまあ俺がパン取り合戦で無敗の“イーグルアイ”って呼ばれてること、忘れんなよ!」
「初耳だけど……まあ、期待してるよ」
二人で廊下を歩きながら、マイクがふと声のトーンを落とす。
「なあ、ノエル。学園祭、一週間後だろ? やっぱ他のクラス、気合すごくね?」
「うん。のんきにしてるのは、僕ら5クラスだけかもね」
このティーテルウィーン異能学園は、6年制の能力育成機関。
生徒は能力に応じてA〜Fにランク付けされ、クラスもそれに準じて振り分けられる。僕たちの5クラスは、いわば“社会不適合予備軍”、略して”社不軍”とまで言われている。
唯一の逆転の機会が、年に一度の「学園祭」だ。
各クラス代表による30対30のバトルインフィールドを筆頭に、能力競技で優秀な成績を残せば、上位クラスへの編入も可能になる。
――でも、現実的に言えば、僕たち5クラスが上に行ける確率なんて限りなくゼロに近い。
「……ってことで、俺らの教室だけ空気違いすぎるってワケ。騒がしすぎ」
「まあ、平和といえば平和だけどね」
そんな会話をしていると、後ろから高圧的な声が飛んできた。
「よぉ、5クラスの無能ども。ペチャクチャ喋ってる暇があんなら、少しは魔法の練習でもしたらどうだ?」
1クラスの生徒だ。
彼は鼻で笑うと、嘲るように言葉を続けた。
「……ま、何したって無駄だろうけど。雑魚は雑魚なりに、頑張れよ?」
笑いながら立ち去っていくその背中に、マイクがぼそっと呟く。
「……あれ、今の煽りだった? なんか下手くね?」
「もしかすると、励ましだったのかも」
「だったらツンかよ、きもいな」
「言いすぎでしょ」
「俺らに話しかけるのが悪い」
「極論だね……」
そうやってくだらない会話をしていると、マイクがふと声のトーンを変えた。
「あ、そういや。最近このあたりで、魔獣が出てるって噂聞いた?」
「え、魔獣?」
「うん。しかも、見たことないやつばっかって話。FELが警戒してるって」
「それって……100年前の“魔能異変”と関係あったりするのかな」
「さあ? でもまあ、今はFELがいるしな。大丈夫だろ、多分……お、あの子かわいい」
マイクの視線の先には、腰まで伸びた赤髪の少女がいた。透き通った肌に夕暮れ色の瞳――誰もが振り返るほどの美貌だった。
「何年生だろう。あんな子、六年にはいなかった気がする」
「たぶん」
「でもさ、ああいう子って強いやつにしか懐かねえんだよな」
「……結局は、実力主義だもんね」
弱い人は誰だって考えたろう。そして、強くなろうと努力する。でも、才能という絶壁を前にそれは意味を為さない。だからと言って努力をしなくてよいという結論には決して至らないが、それでも、才能がある者ない者は天と地の差である。それを弱き者は瞬間的に、また本能的に理解し、悔やみ、才能ある者を妬み、この世を憎み、そして、自分に絶望する――そういう人たちを皆は、弱者と呼ぶ――――
午後の授業も終わり、皆は帰路に着いていった。かくいう僕は、学園に残り自習室で勉強していた。すると、7時を知らせるチャイムが鳴り響いた。
―――もうこんな時間か…。
心でそうつぶやくと、手早い動きで教科書などをバッグにしまい、見るからに重そうなバッグを背負って学園を出た。
空はもうとっくに暗くなっていて、人気のないのも相まっていつもより早歩きで帰った。そよ風が木の葉を揺らし、薄明りに照らされた一本道はどこまでも続くように感ぜられた。
謎に怖くなった僕は、二の腕をさすりながらより歩を速めた。―――その時だった。
「久しぶりですね。憎き悪魔、ベルディオム」
突然、背後から声がした。その声を聞いた途端――北極にでもいるかのような寒気に襲われ、拍動はありえないほどに早くなっていて、呼吸をするのが苦しくなる。まるで、上から誰かに押されているような、そんな重圧が僕を動けなくした。
勇気を振り絞り、恐る恐る振り向いた。すると目に映ったのは、光のように輝く白髪に、わが身を白い布で包み、背にはまるで天使と言わんばかりの大きく開いた翼、そして、頭上には光の輪が浮いていた。―――そのような姿をした端麗な女は僕をみて微笑んでいる。いや、微笑んでいるなんてそんな温かい様子じゃない、まさに狂笑ともいうべきか、そのような言葉はないが、実に奥の深く、見ているだけで悪寒がしてくる笑みを浮かべている。
「私を封印してから、もう千年。あなたには……思い出せないかもしれませんね」
言葉の意味は分からない。だけど、彼女の言葉が胸を刺した。
「さようなら、元悪魔の王ベルディオム」
瞬く間、その女は気づけば眼前に迫っており、反応する前にノエルの横腹に強烈な回し蹴りが見舞われた。
「ぐぁっ―――」
声にならない悲鳴を上げて、ノエルは後方に20mほど吹っ飛び、明かりのない暗い廃墟の壁にぶつかってその勢いはようやく止まった。
「あが、ごふっ......!」
腹にねじれるような痛みが伴い、背に焼けるような熱が帯びる。
熱い。痛い。赤い。暗い。怖い。様々な感受が複雑に絡み合い、やがて大きな絶望の溝と化した。
――――――――――死。
脳裏によぎるその負の一文字を頭から削除することはできない。
赤く染まる地は、だんだんと暗くなり、熱い、痛い、などの感覚は一種の快感を呼んで、僕は眠気に襲われる。それに手を引かれるようにエデンへと続く光の道を進む足を止める術は、もうない。
かろうじて多少ながらの意識があるとき、ひとつの声が鼓膜を支配した。
「―――まだ意識がありましたか。と言っても、すでに息絶え絶えで瀕死の状態ですが。では、すぐに楽にして差し上げます。さようなら、反逆者天命の創主」
そして、その女の剣がノエルに振りかざされた―――――――。
最初から最後まで訳の分からないことばかり言われて、挙句の果てにはこれだ。さすがのノエルもこれには憎しみの念を抱かざるを得ない。――まあ、そんなもの抱いたところでもうどうにもできないが。と哀れな自己完結をして、一人暗闇を味わった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「―――やっと目覚めたのね。元英雄」
途端、世界はパッと光に照らされた。ろうそくの灯のような淡い光の中で、見えたのは―――――光が宿っていない柔らかく、長い白髪、サファイアのように青い瞳、そして、右目の辺りに黒い紋様のようなものが渦巻いている、そのような特徴をした女性が椅子に座って足を組み、肘をついてこちらを見ていた。
その圧倒的存在感に声すら出すことができなかった。
「ノエル、君はまだ、生きるつもり?」
冷たさを漂わせているが、どこか温かさを帯びていて、優しく、心を抱擁するような声音。
彼女のその姿に、声に、雰囲気に、懐かしさを感じる。
―――そして、胸は高鳴り、鼓動が早くなっていた。この感覚も、知ってる。
「質問、してるんだけど。何か言いなさいよ。言いたいことがあるなら正直に言って。言っとくけど、私に嘘は通用しないから」
「―――あ、えっと.....その.....あの.........なぜか、あなたを見てから....胸が、熱くて....なんかドキドキ、してしまって........」
ノエルが、しどろもどろ自分の身に起きている状況を説明すると、その女性は、驚いた表情をして、そう思ったら次は嬉しそうに照れた顔になって、そして、哀しそうに目を伏せた。
「.....そ。でも、君には救わなきゃいけない人がいる。それも、とてもとても、大切なね。だから、答えて。君はまだ、生きたい?」
声が、わずかに空気を震わす。でもそれは決して、悪い響きを伴わない。それは、人の心を落ち着かせる声だ。
気持ちを整えて、ゆっくりと口を開いて、静かに言を放つ。
「まだ、生きていたい」
その女性は優しく微笑んで、ノエルを見据える。
「わかった。じゃあ、私と契約して。私はクロ、悪魔の王よ。必ず、君を強くする。そして、君を、君の大切な人を、私の大事な故郷を、取り戻す。それを成し遂げる覚悟は、ある?」
悪魔の王とか、大切な人とか故郷とか、今のノエルにとって謎の言葉でしかないが、彼は絶対的なナニかを確信していた。
だから―――――
「―――あるよ。僕には、それらを成し遂げる、覚悟がある」
彼女は、小さく頷いて――――。
「なら、私の名を呼んで。それがキミを変える第一歩になる」
そっと胸に手を当てて、小さく息を吸って、言葉と共に、吐いた。
「クロ」
次の瞬間———突如として胸が締め付けられて、痛みに苦しむ。かと思ったが、それもすぐ収まって、ナニかが全身を駆け巡る感覚に襲われ、その感覚に不快感を感じたが、すこしずつ快くなってきて、ふと右手を見ると――――手首に、血管をなぞるように黒い紋様が浮かび上がっていて、手首を一周するように黒き刻印が刻まれた。
「契約成立よ。じゃあ、またね」
―――途端、世界は歪みだした。
すべて感じているようで、なにも感じられない夢のようだった時から、音が、匂いが、空気の味や地面の感触さえ、すべて元に戻っていく。
――――――――そして、ノエルは再び、現実世界へと引き戻された。