世界に絶望する作家 その3
グルシア王国に戻っていたホージンはすぐに、家族を探すため、グイス家のことを聞きまわった。
グイス家は、貴族であり、奴隷で経営をしてるらしい。家のない子や女を攫い、奴隷として、グイス家で使うか、オークションに出し、奴隷を売るかする。
大体の奴隷は、グイス家で物のように働かされて、一生をそこで終える。
殆どの奴隷は、大人になる前には死ぬからである。
噂では、奴隷は地下で働かされてるとか、グイス家の性奴隷として、使われているとか、色々、言われていた。
その噂だけでも、ホージンを焦らせるには十分だった。
最初に、冒険者ギルドに駆け込んだ。
ホージンはギルドの人に追い返された。
次に、この国にも密かに存在する裏ギルドの情報を聞きつけて、頼んだ。
だが、下手に貴族に手を出すことができないと、断られた。
手がなくなり、ついに単身でグイス家に乗り込んだ。
ホージンは簡単に、やられて、たくさんの罪を背負い、すべてを失った。
△△
それから、四年が経過した。
ホージンは、湿った空気が漂う路地に座り込み、何をするわけでもなく、ただ絶望していた。
つい最近のこと、罪を犯し、家も家族もすべてを失ったホージンはまだ諦めずに、すべてを取り戻すために、動いていた。そんな、ある日、目の前にグイス家の貴族が現れ、告げた。
――――フィスもシャーデも死んだぞ
頭が真っ白になった。視界が黒く染まった。世界に彩がなくなった。
何を、言い返すこともできずに、その場で涙を流した。
目の前にいる貴族が蔑むように見下し、笑みを浮かべていることにもホージンは気づかない。
その時から、ホージンはずっとこのまま、座り続けている。
「今日も……街が、うるさいな……」
すると、黒い服の男が目の前で止まる。
「おっさん。ちゃんと食えよ」
ホージンの目の前に、パンを置かれる。
このパンのおかげで、ホージンはお金がなくても生きていけるのだ。
「いつも、あ、ありがとう」
「おっさん、明日からパンを渡しに行けない。申し訳ない」
変わらぬ声色で、黒服の男は謝った。
それに、ホージンは笑顔で返す。
「いいんだよ。いつもありがとね」
そう言うと、男は路地の奥に姿を消した。
△△
もらったパンをゆっくりと大切に食べ、座り込んでいた。
「会いたいよ。シャーデ……フィス……」
目を閉じると、瞼の裏に張り付いた二人の記憶を思い出した。
ぽたぽたと涙が、流れる。
その時、足音が近づいてきて、涙を拭いた。
足音の方に、視線を向けると年端もいかない少女がホージンの方に歩いてくる。
そのまま、少女が通り過ぎようとした時、ホージンは声をかける。
「嬢ちゃん、ここは危ないよ」
「大丈夫だよ! わたしはこれから大冒険するの!」
「そうかい……でも、ここは本当に危ないよ」
事実、この路地には金のない者たちがたくさん溜まっている。だから、この少女が歩き回れば、すぐに狙われてしまう。しかも、ホージンが見る限り、この少女は身ながいい、だから確実に襲われるだろう。
「でも、わたしこの先に絶対に何かあるって確信してるの、だから行かないと」
「そこまで、言うならわかった。僕が一緒について行こう」
「本当! 仲間が増えたわ! やったー!」
「ははは……」
今日は、ホージンにとって最後の日だから、この少女について行くのは丁度いいと思った。
△△
少女の後をゆっくりとホージンは付いて行く。
薄暗い、路地裏にそれなりの人気は感じるが、誰も近づこうとはしない。
みんな、少女とホージンの様子を窺っているのだ。
「どこまで、行くのかな?」
「そうね……この大冒険の終わりまで行くわ!」
「いや、それってどこなのかな?」
「わからないわ!」
「ははは……」
少女のそんな言葉に、苦笑いをする。
でも、思った。始めて、ホージンが旅に出た時、自分もこの少女みたいに希望に満ちていたことを。
世界は広く、果てしなく続く道を胸の興奮と高鳴りで進んだことを。
そして、綺麗な景色に目を輝かせたことを。
今の、ホージンにはそれはない。
だけど、あの景色を家族と見れたら、どんなに美しかったのだろうと何度も、夢に見た。
「おじさん、どうしたの?」
少女に声をかけられ、気づいた。ホージンは涙を流していた。
すぐに、拭き少女に笑顔を見せる。
「なんでも、ないよ。大丈夫だよ」
「そっか! でも、仲間だから、なんでも言ってね!」
「うん……」
路地の奥の方に進む少女の背中を追いかける。
少女はいきなり、足を止めた。
「よーおっさん。この女の子はなんだ?」
目の前に、くたびれた服を着た男三人が立ち塞がる。
男の一人は、この路地で一番、暴力的な男だった。
「いや、この子はその……迷子なんだ。だから、親の元に返してあげようと……」
「そんなことは聞いてない。この子、高そうな服着てるよな」
にやりと、笑みを浮かべて男は少女を見る。
少女は、恐怖を感じて後ろの一歩引く。
「どっかの貴族の子供なんじゃないか?」
「やめろ! この子はまだ年端もいかない子供だ。手を出すのは間違ってる」
ホージンは、男を睨みつけて、少女の前に立つ。
「おとなしくしていれば、手は出さないよ。だから、大丈夫だよ」
「それが、間違ってる。こんな子の身ぐるみを剥ぐ必要なんてないだろ!」
「うるせーよ。いいから、そこをどけ」
男は、ホージンの顔を殴る。
それでも、ホージンはそこを動かない。
「くッ……お嬢ちゃん、早く逃げなさい」
「で、でも……」
「いいから、走って……」
「いいから、そこをどこけよ! じじい!」
何度も、何度も、ホージンは殴られる。だけど、倒れることはない。その、間に少女はホージンを置いて、走り出した。
「逃げてくれ……」
「いいから、どけよ!」
渾身の一撃を、鼻先に食らって、ようやくホージンは倒れる。
口の中は血の味がした。鼻血が垂れた。顔が青く腫れた。
二人の男が、少女を追いかける。遅れて、ホージンを殴っていた男も後を追いかけようとする。
だけど、ホージンは男の足を両手で捕まえる。
「いかせない……」
「離せ、じじい!」
手を振り払おうと、足を振り回すが離しそうにない。
掴まれてない足で、ホージンの顔を何度も蹴るがしぶとく、離れない。
「いい加減離しやがれ!」
「や……だ……」
世界は、人間の醜い感情で汚れている。
だけど、子供には夢を見てほしい。この世界は確かに美しい。
「離せって言ってるだ……ろ……」
突然、男がホージンの方に倒れてきた。
ゆっくりと顔を上げると、そこには黒服の男が立っていた。
「おっさん、大丈夫か?」
「あ……」
「何が、あったんだ」
ホージンは少女が逃げていった方にゆっくり指をさす。
「女の子を助けてやってくれ……お願いだ」
「わかった。任せておけ」
黒服の男は、走って指さす方に向かった。
ホージンは、倒れてきた男をどかし、仰向けになる。
「はあはあ……これで、安心……だ」
そこで、ホージンは気絶した。
その表情は笑っていた。
△△
空の色が変わり始めた頃、ホージンは目を覚める。
静かな路地で、ゆっくりと立ち上がる。
「そろそろ、行こう。家族のもとに……」
静かに呟き、ホージンはゆっくりと歩きだした。
路地を抜けて、人ごみの中を抜けて、国の外に出た。
山を登り始める頃には、とっくに空は暗くなっていた。
そして、ホージンは崖際に立つ。
国の明かりがキラキラと光り、空にも同じようにキラキラと星が輝いていた。
そして、国から一本の線が伸びる。パンっと音鳴らして、花が咲いた。
「は……」
ホージンは目を見開く。
空に咲いた花には、色があった。
また涙を流す。
ホージンの記憶の中で、一つの記憶が浮かぶ。
過去にフィスと見た花火の記憶。
それを、楽しそうに笑って見ていたフィスの笑顔の記憶。
「今、そっちに行くからな……」
やっぱり、世界は美しい。
それが、ホージンが最後に思ったことだった。
3人目 暗殺者の夢 ルーク