恋する少年 その1
ハルトが、この国に初めて来た時に思ったことは、心を躍らせるようなわくわくだった。
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「少年、最強にはなれたか?」
冒険者ギルドの受付に立つ、中年の男がからかうように、声をかけてきた。
赤毛がよく目立つ、若い男である少年の名はハルト。
椅子に座り、難しい顔をして卓上に広げたマップを眺めている。
「うっせーよ。今はそれどころじゃない。明日に備えないといけないんだよ」
「なんかあるのか?」
「おっさんずっとここで、働いてるくせに知らないのか、祭りだよ」
「あ~そういえば、そんなのがあったな、十年に一度のやつか……」
そう、明日は十年に一度、開かれるグルシア王国誕生祭である。
でも、男は首を傾げる。
ハルトは、そういうイベントごとに興味がないと受付の男は理解している。
「でも、なんで、お前がそんなのに興味があるんだ? 興味なさそうなのに」
「それはな……」
ハルトは拳を作り、赤い瞳の奥に炎を映らせている。
「明日は、男として大事な一日なんだ!」
「もしかして女か?」
「そうに決まってるだろ……」
わかりやすく頬を赤く染めて、視線を泳がせるハルト。
「ははあ~ん、もしかして、魔法使いのお嬢ちゃんだな」
男が言う、魔法使いのお嬢ちゃんとは、ハルトのパーティーに属するシャルのことだ。
ハルトはそのシャルに、恋をしてるのだ。
「このギルドにいる男の天使的存在に恋したのか……お前も案外ちょろいな」
「う、うっせーよ」
「でも、お前にそんな勇気があるかな?」
「うるせーうるせー。俺は絶対にやり遂げいて見せるんだ!」
「そうかい、頑張れー」
そう言って、男はギルドの受付に戻って行く。
ハルトは赤毛を掻きむしる。
「う~ん、どのルートを歩いたらシャルさんは喜んでくれるかな」
一日中、出店や出し物を回り、最後、この国の有名スポットである女神の噴水の前で告白するというのが、ハルトの考えた計画だ。
女神の噴水からなら、祭り最後の花火を見る場所としても良い所だ。
問題は、シャルを一日どうやって楽しませるかだ。
ハルトは、この辺に出る出店の調査はできている。だから、後は最後の時間までどうやって過ごすかである。
「どうしよう。これで、一日持つかな? 大丈夫かな?」
「少年、これを見ろ」
後ろから肩を叩かれ、呼ばれる。振り向くと、受付の男が手に一切れの紙を持って立っている。
その紙をハルトに見せつける。
「なんだよ。今はおっさんに付き合ってる余裕は……」
「明日はどうやら、色々な 物も安くなっているみたいだぞ」
ハルトは、男の持っていた紙を噛みつくように取って、自分の目の前に持ってくる。
「これだ……!」
ハルトは自分の中で、明日の計画を組み立て完成させる。
「よし! これで行こう!」
しばらく、悩みに悩んで、ルートを決めた。
「ハルト!」
その時、後ろから聞き覚えのある声がハルトの名前を呼んだ。
「はいっ!」
心臓がドキッと弾けて、背筋が伸びる。ハルトは声の方に向くとそこにはシャルが立っていた。
長い杖に、深く尖がり帽子をかぶっている。綺麗に整えられた茶色く長い髪に、ぱっちりした青い瞳。傷一つない真っ白な肌に、年齢に反して愛らしい童顔の少女、これがハルトの好きなシャルである。
「みんな、そろったからダンジョンに行くよ!」
「お、おう、わかった」
椅子から立ち上がり、ハルトはわかりやすく、頬を掻く。
「ほら、行ってこい!」
男はハルトの背中を強く押す。
押された勢いで、シャルの目の前に立つ。
「ほら、みんな待ってるから行こ!」
「ちょ、ちょっと」
ハルトの気持ちなんて、お構いなしにシャルは手を握り、走りだす。
「頑張れ~」
ギルドを出ていく、シャルとハルトを受付の男は見送った。
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ダンジョンの中は、暑い外と比べて、寒いと思うくらい冷えている。
その中を、四人パーティーであるハルトたちは進む。
先頭を慎重に歩くのは、盾役のギルティ―。
大柄の体の全身には鎧を纏い、身を守っている。背中には大盾を担ぎ、常に周りを警戒して、安全にダンジョンを進む、このパーティーのリーダーである男だ。
「ここは、安全そうだ。さらに、奥に進むぞ」
「おう!」
「私も、準備できてます」
「準備万端だぜ!」
その後ろを、ついて行くのは、ハルトだ。
剣を構えて、いつ魔物が襲ってきてもいいように準備している。
ハルトの後ろを歩いているのは、魔法使いのシャルだ。
魔物が出た時に、いつでも援護ができる位置にいる。シャルは様々な魔法を操ることができる。
「シャル、ここから先は危ない魔物がいるらしいから、援護の準備頼むな」
「うん、任せて……!」
振り向くと、すぐ傍にシャルがいるこの事実に、心臓の鼓動が止まらなかった。
「どうしたの、ハルト?」
「あ、いや、別に……」
ハルトは、すぐにギルティ―の後を追いかけた。
その光景を、一番後ろから見ていた男はニヤニヤと口角を上げた。
△
「一旦、休憩するか」
ギルティ―は自分の背と丁度いい、岩の上に腰を下ろす。
ハルトも、その場で胡坐を掻く。
その横で、杖を置き、シャルが安心したような息をつき座る。
やはりハルトは、シャルの方に意識が行く。
「可愛いねぇ」
からかうような口調で、後ろからずっと二人を見ていた男は、ハルトの耳に囁く。
「うっせー」
ハルトの声が響く。
「おいロディ、ハルトをからかうのはやめろ」
「そんなつもり、なかったんだけどな」
パーティーの最後尾で、背後の警戒をしてる。
ロディは金髪の髪が特徴的で、顔立ちもよく、歩いてるだけで、女性を虜にする男だ。こう見えて、剣の腕は冒険者ギルドトップである。
「シャルちゃんとの、関係は進んでるのかハルト」
こそこそとロディはハルトに話しかけてくる。
「ま、まあ……」
「もしかして、そんなに進んでないな」
「いや、明日の祭りは一緒に行くって約束したよ」
「おー、もしかして、そこでお前……! ベタだなあ。でも、それも悪くない」
いつも、ロディは二人の関係を後ろからもどかしく見守っている。
ロディが見ている光景は、ハルトには見えない。だから、もどかしいのだ。
「明日は、ガンガン攻めろよ!」
「ロディさんに言われなくても、わかってますよお」
「二人とも何の話し、してるの?」
シャルが、首を傾げて、ハルトたちの方を見る。
「い、いや、あ、あの……」
「男同士の会話だよなハルト!」
「そ、そうです」
「ふーん、エッチな会話を私の横でしないでよね」
シャルは頬を赤く染めて、そっぽを向く。
「そんな話し、してないよお。勘違いだよお」
シャルはふんと鼻を鳴らし、ハルトの方を見ない。
「ロディさんのせいで、嫌われたじゃないですか」
「ごめん、ごめん。でも、大丈夫だよ」
「何がですか」
「すぐに、仲直りできるさ」
ギルティ―は、立ち上がり声をかける。
「みんな、休憩できたな。そろそろ、行くぞ」
「は、はい」
「いつでも、行けます」
「俺も、行けるぜ!」
こうして、四人はダンジョンの奥に進んだ。
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ダンジョンの外に出ると、すでに日が暮れていた。
真っ暗な空に、星と月がキラキラと輝いていた。
「今日は、たくさん取れたな!」
ロディは、魔法道具である巾着袋を掲げる。その中には、たくさんの魔法石や魔物から採取した素材が入っている。今日の稼ぎは普段より多いいくらいだ。
ダンジョンの奥には、たくさんの魔物がいたが、それぞれの役割通り動けば、大変なことはない。
ギルティーが大盾で魔物の注意を引いて、その隙をハルトとロディが切りつけ、逃げた魔物をシャルが遠距離魔法で仕留める。
このパーティーの連携は完成されているのだ。
「これで、明日はたくさん楽しめますね!」
「そ、そうだな」
笑顔のシャルから視線を逸らすハルト。
「ハルト、どうしたの?」
「あ、いや、別に、何もないよ」
「そう?」
ハルトの顔を覗き込んでくるシャル。
「う、うん」
「じゃ、明日、約束通り一緒に祭り回ろうね!」
「うん」
ハルトはこれ以上、言葉が出なかった。でも、ハルトもシャルと同じように気持ちは同じだった。
その光景を離れて、ほかのパーティーの二人は微笑ましそうに眺めた。