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姑の財力をなめてもらっちゃ困るわよ

「あっ、あのお義母様……! こ、このよう美しいもの、わたくしには似合いませんから」


 耳飾りをフィフィーちゃんの耳に合わせようとしたら、両手を胸の前で大きく振られた。


「何言ってるのよ。この部屋にあるどれよりも、フィフィーちゃんのほうが綺麗なんだから。全部似合うわよ、遠慮なんかしないの」


 急な賛辞に驚いたのか、彼女は顔を真っ赤にして「ぇえ!? えと、あの」としどろもどろになりつつも、小さな声で「ありがとうございます」と言う。


(んー、これは喜ぶってより、慣れない賛辞に照れてるって感じよね)


 昨日から随分と、『害するつもりはないですよー!』という気持ちを伝えるために頑張っているが、やはりそう簡単には心を開いてもらえないようだ。


「し、しかし、お気持ちは有り難いのですが、やはりわたくしには無理です……っ!」

「無理?」


 変な断り文句だ。

 美しいものに興味がないというわけではないと思う。準備ができた応接間に入った時の彼女は「わぁ」とウットリとしたため息を漏らして、目をキラキラさせていたのだから。


(まあ、その時もまた、用意されたもの全部が私用って勘違いしてたけど……)


 とことん、彼女は『自分のため』という意識がすっぽりと抜け落ちている。


「無理ってどういうことか教えてくれる? 好みのがなかったのなら、サンプルやデザイン画から選んでも良いし」

「いえ、その……お支払いできるお金が……もう、あ、ありませんので……」

「…………はい?」


 彼女は真っ赤にした顔を、恥じる入るように俯けた。

 私が握る彼女の左手は小刻みに震え、右手はドレスとも言えない元メイド服の黒ワンピースを、ギュッと握りしめていた。


「ちょっと待って」と、私は目元を手で押さえながら天井を仰いだ。


 オシハライデキル、オカネガ、ナイ? ゑ……?


 なぜ、許嫁がお金の心配をしているのだろうか。家計管理を任されてたとか? んなわけない。

 まだマクウェリン家に籍が入っていないとはいえ、一緒に暮らしているのだ。彼女にかかる費用はすべてマクウェリン家が負担する(もつ)のが当然である。


 そう、負担する(もつ)のが当然…………だと考えているのだが。


 《《今の》》『《《私》》』《《は》》……。


「……フィフィーちゃんって、今まで必要なものはどうやって揃えてたのかしら?」


 メイド達、使用人には給金が渡される。

 もしかして、使用人と同等の扱いを受けていた彼女も、給金生活だったのか。


「それは……家を出る時に少しばかり自分のドレスなどを持ってきていましたので、それを売ったりして……」


 ぐわっと様々な感情がこみ上げてきて、胸の内側を激しく揺らした。

 この場で号泣しなかったのを褒めてほしい。


「――ッセバスチャン!」

「セレストでございます、奥様」


 スッ、と応接間の扉が開き、老執事が音もなく身を滑り込ませてくる。


「ここに並べてあるの全部買ったらどう? ヤバい?」


 マクウェリン家の家計は、当主であるロザリアと家令の彼とで管理している。とはいっても、ロザリアは一年前より病に伏せっていたため、彼が全部管理してくれていたようだ。

 よって、マクウェリン家の懐事情は私よりも詳しい。


 そんなセバスチャンは顎を上げると、「ハッ」と鼻で嗤った。


「この程度、誤差でございます」


 私は間髪容れずに指をパチンと鳴らし、言った。


「よろしい、全部よ」


 外商員達の「奥様ぁッ!」という、驚きと歓喜に満ちた声が重なった。良かったわね、今期の営業目標達成よ。多分。


「支払はもちろんマクウェリン家よ。セバスチャン、手続きをしておいて。品物は、メイド達にフィフィーちゃんの部屋へ運ばせておいて」

「かしこまりました、奥様」

「お、お義母様ぁ!?!?」


 私はセバスチャンに指示を出すと、混乱と困惑に目を白黒させているフィフィーちゃん手を引いて応接間を出た。



 私室へと戻ると、私は何事かとおどおどしているフィフィーちゃんに有無を言わさず、ソファに座らせた。そして、その隣に私も腰を下ろす。

 私の行動に、フィフィーちゃんは目を泳がせ、全身を硬直させ身構えた。きっと、これから何をされるのだろうかと焦っているのだろう。


「お、お義母様、あのっ、わたくし本当……あ、あのような物をいただける立場では――っ!」


 お腹のところでもじもじとしていたフィフィーちゃんの手に、私が手を重ねれば、彼女はビクッと肩を跳ねさせて、分かりやすいほどに驚いていた。跳ね上がった目尻といい、まん丸くした目といい、まるで猫のようで、ふっと笑みが漏れた。


「フィフィーちゃん、まずは私の話を聞いてもらいたいんだけど……いいかしら?」


 彼女はぎこちなくだが、頷いてくれた。

 私は、彼女から手を離し足の上で左右の手を重ね、腰を折った。


「フィフィーちゃん、今までのこと……本当に申し訳なかったわ。ごめんなさい」

「――っお義母様、何を!? あ、頭を上げてくださいっ!」

「いいえ。私は頭を下げなければならないことを、たくさんあなたにしてしまったわ」


 私は、ひと晩かけてロザリアの日記を読んだ。

 日記は、フィフィーちゃんが花嫁修業にやって来る少し前からはじまっており、病に伏せり、ペンが持てなくなるぎりぎりまで書かれていた。


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