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拳だけじゃございませんのよ?

 夜、私はベッドで仰向けになっていた。両手両足を広げた大の字で。

 手足を目一杯広げても、まだまだ余裕があるベッドはとっても嬉しいし、雲の上に寝ているかのようなふかふか具合は、幸せ以外のなにものでもない。

 正直、この至福を心の底から堪能したかったのだが、そうも言ってられない。


「『スロヴェスタ家の魔物』と『悪役令嬢』がフィフィーちゃんのこと? ありえないわ」


 ロザリアになってまだ二日だが、それでもフィフィーちゃんの優しさは充分に伝わってきた。

 昼間の件もそうだし、昨日の彼女の行動もそうだ。


 彼女は、意地悪な姑が死の淵から蘇ったっていうのに、第一声で「良かったです」と言ったのだ。前世の私も、同じ立場なら一応良かったとは言うが、寝不足の中、息が切れるほど猛ダッシュはしないし、あんなに心底良かったというような顔もできない。


「そんな彼女が魔物?」


 悪役令嬢だけなら、ただの悪口のひとつと思っただけだが、魔物とまで言われたら何か理由がありそうだ。しかも、それが許嫁になった理由になっているとすると、知らないままでいていいものでもないだろう。


「何か手がかりはないかしら」


 とりあえず、一番秘密を隠しやすそうな文机周辺を調べてみた。しかし、これといったものは見つからなかった。

 便箋と筆記具、未使用の真っ白な手帳くらい。

 私は物珍しさから、机の上に置かれてあった羽ペンを手すさびにいじる。ダチョウの羽根だろうか。白くてふんわりとして、指で撫でると集中できる気がした。


「んー……記憶も、何かきっかけがないと思い出すのは難しいし――あっ、しまった」


 思案に目を閉じ羽ペンを撫でていたら、うっかり爪に引っ掛けて机の下に落としてしまった。「もうっ」と自分の失態に憤りつつ、机の下にもぐる。白い羽は暗い机の下でもよく見えて、すぐに見つけられた。


「この身体はまだ衰えてないんだから、しっかりしなさ――ん? 何これ?」


 机には地面から少し浮いた背板がついているのだが、壁と背板の間に何かが挟まっていた。引っ張り出してみると、挟まっていたのは本だった。机から滑り落ちて、壁との隙間に挟まったのかもしれない。


「ふーん、小説とか読むのね」


 机の下から這い出し、パラパラとめくってみる。

 そして気付いた。


「え? え……?」


 私は本の表紙を見て、もう一度中身を見た。


「これ……ロザリアの日記だわ……っ」


 日記は偽装されていた。





        ◆




 

 気付いたら、窓の外からチュンチュンと、愛らしい鳥の声が聞こえていた。カーテンからは朝日が漏れている。


「若いってすごいわ……徹夜できちゃった」





 食堂で朝食をとっていると、少し遅れてサイネルが入ってくる。


「おはようございます、母様」

「おはよう、サイネル」


 朝からどこにそんな気力があるのかと聞きたくなる全力の笑顔と、朗らかなよく通る声で、サイネルは席に着いた。

 この部分だけを見れば、立派な好青年なのだが……。


「あ?」


 座って気付いたのだろう。食卓の向かいに、フィフィーちゃんが座っていることに。長方形の食卓の短辺席――いわゆるお上座に私が座り、フィフィーちゃんとサイネルは食卓の左右でふたり向かいあって座っている。


 彼は、訝しげというよりも柄の悪いと言える声を漏らした。


「フィフィー、なぜお前がここにいるんだ」

「あ、サ、サイネル様、おはようございます。もっ、申し訳ございません」


 サイネルの(げい)()に、フィフィーちゃんの緊張が極限に達してしまった。額に汗をかき、赤べこ人形みたいに何度も頭を下げている。


 元々、昨日まで一緒に働いていたメイド達に見守られながら食事をする、というなかなかに気まずい状況で硬直していたのに、そこにバカ息子が追い打ちをかけたのだ。このバカが。


(でも、これにはフィフィーちゃんも慣れてもらわないと)


 チラッと、食堂の壁際に並ぶメイド達を、目端でチェックする。

 彼女達はフィフィーちゃんに眇めた目を向けながら、ヒソヒソと否定的なことを言っていた。こちらには聞こえてないと思っているのか、もしくは聞こえても構わないと思っているのか。おそらく後者かしらね。


(フィフィーちゃんは、彼女達とは違う立場だってことをしっかりと示さなきゃ)


「あら、言ってなかったかしら。昨日からフィフィーちゃんの部屋は客間を改装して、本邸(こっち)住まいになったの。だからこれからずっと一緒よ」

「はぁ!? 魔も――――()っだァ!」


 唐突に大きな声を出したサイネルは、背中を丸めてプルプルと身体を震わせていた。銀食器を持った両手も、食卓の上で震えている。


「うちの許嫁なのよ。一緒に食べて当然でしょ。ね? サイネル」

「…………っは、い……っそう、です…………っっ」


 青い顔したサイネルが、口角を引きつらせながら頷いた。

 フィフィーちゃんは視線を右往左往させ、どうしたのかと心配そうにしていたから、私が彼の代わりに「大丈夫」と頷いておいた。


(朝からヒールなんて大変って思ってたけど、なかなかに便利ね)


 あーテーブルクロスが長くて良かった。





 


 朝食を終え、サイネルが学園へと行けば静かになるマクウェリン家だが、今日の一階応接間はとても華やかで賑やかだった。


「あら~このドレスの色、フィフィーちゃんに絶対似合うわ。あ、こっちのネックレスも素敵! あら、こっちも!」

「奥様、さすがお目が高いっ! こちら、あのハイベル工房の最新作、一点物のネックレスでございます! 実は昨日の夕方入荷したばかりで――」

「奥様っ! こちらのドレスですが色だけでなく、生地もよくご覧になってください! 希少性の高いラミ国の手織りシルクですよ――」

「いえいえ、奥様。今の王都の流行りは、このチュールのファシネーターと日傘ですよ。特に刺繍のものが人気でございまして、最低ひとつふたつは持っておかないと……」


 応接間には、最新のドレス、ネックレスやピアスといった宝飾品、帽子やショールなどの小物が、営業熱心な外商員と一緒に所狭しと並んでいた。


 昨日、セバスチャンに令嬢達が利用する外商を呼ぶように言ったのだが、さすがに当日は厳しくて翌日になった。そして、時間短縮のために、現在すべての外商を同時に相手しているわけだ。


 シンプルだった応接間がまるで、舞踏会ホールのような煌びやかさを湛えていた。

 その間を縫うようにして、私はフィフィーちゃんの手を引きながら商品を眺めていく。


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