オー・マイ・ゴッド!
(やっぱり、執事はセバスチャンって言うのかしら? まあ、この身体はまだ若いし、時間はたっぷりあるんだからゆっくりと思い出しましょう)
これからの人生どう過ごそうか、なんて妄想していたら、部屋の外からバタバタと騒がしい音が聞こえてくる。セバスチャンかしら?
そして、音が部屋の前で止まると、豪奢な扉が「バンッ!」とけたたましい音を立てて開いた。
「――っおかあさま!」
勢いよく開いた扉から姿を現したのは、老執事などではなく、これまた目が眩むような美女だ。
「おかあさま、目を覚まされたんですね。良かった…!」
大きくウェーブした長い黒髪によく映える、雪のように白い肌。卵形の小さな顔には、猫の目のように目尻が跳ねた紫の瞳と、筋の通った鼻梁、小ぶりだがバランスの良い唇が綺麗に収められている。まるで、一流の彫刻師が手掛けた美女像のようだ。
わぁ、とつい綺麗な子だなと見蕩れていたら、いきなり傍らから怒号が飛んだ。
「遅いぞ、フィフィー!」
ぎょっとして、思わず隣の息子を凝視してしまう。
先ほどまであんなにニコニコしていて優しかったのに、今は眉をつり上げ目元に険を宿している。いきなりどうしたというのだ。
「母様が目覚めたと、メイドから報せがあったはずだ! というより、なぜお前は母様の傍にいなかったんだ!」
「もっ、申し訳ございません、サイネル様……! その……明け方にメイドからおかあさまの看病を交替すると言われ、少しだけのつもりでしたが、つい眠りが深くなってしまい……」
(明け方?)
思わず眉をひそめてしまう。
だって、窓の外の陽光の傾きからして、今はまだ午前中のはずだ。しかも、比較的早い――おそらく九時前くらいだ。つまり彼女は、数時間前まで起きて、私を看病していたということになる。
「メイドと交替だと? 嘘を吐くな。僕が来た時にはメイドなんていなかったぞ」
「そ、そんな……っ!」
フィフィーと呼ばれた美女は、華奢な身体を更に縮め、どんどんと顔を俯けていく。
よく見れば、顔色は白いというより青白いし、目の下にはクマがあり、髪はボサボサに荒れて広がっている。自らの腕をギュッと掴む手は細いというより痩せていた。
手前の息子と比べても、明らかに疲れ切っている。
「そんなだから、母様にいつも『恥ずかしい嫁だ』なんて言われるんだ。君がスロヴェスタ公爵家の娘じゃなかったら、とうにたたき出してるよ」
(あー……なるほど。『お義母様』……ね)
口端が痙攣した。
てっきり娘かと思っていたが、最悪のパターンのようだ。
美女は息子が口を開くたびにビクビクと肩を跳ねさせ、青い顔でこちらの顔色を窺っていた。ああ……頭が痛い。
「母様もそう思いますよね! やはり彼女は、このマクウェリン家には相応しくな――」
「息子、歯を食いしばりなさい」
「え? ――――ゴハッ!!」
我慢できなかった。
気がついたら、私は息子の頬に拳をたたき込んでいた。
床に転がった息子が目を白黒させて、「へ? へぇ?」と情けない声を漏らして震えている。美女も目を丸く見開いて、息をのんでいる。
「優雅にスローライフなんて、短い夢だったわぁ……」
どうやら私、この世で一番嫌いなタイプの姑に転生したみたいだわ。
「はぁ……子育てなんて久しぶりだけど、やるしかないわね」
第二の私を生み出さないためにも。
「覚悟しなさいよ、息子」
将来を見据えた教育をしてあげる。
次回、嵐を呼ぶ姑、動き出す――
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