幸せ家族への一歩目
セバスチャンにマルロス子爵の話を聞いた時は、貴族であっていいのだろうかと思ったものだ。
「必要悪といったところでしょうか。趣味が良いとは言えませんが、それで助かる貴族がいるのも事実ですから」
屋敷に置いておくわけにはいかないが、内情や機密事項を知っていて無闇に解雇できない使用人には、うってつけの場所だと聞いた。
「自業自得、身から出た錆ってね」
家庭内の憂いも解消できたし、これであとはサイネルがモラハラ夫にならないように、教育していけばいいだけだ。
「そのサイネルだけど……まさか、リーマって気付いてなかっただなんて……」
酒場で誘惑してきた相手が、自分の家のメイドだとまったく気付いていなかったらしい。「なんで気付かないの!?」って驚きのあまり尋ねたら「だって服が違いましたし」だと。どれだけ母親以外目に入っていなかったのか。
しかし、ようやく彼の目も周囲に向きはじめた。
「あら、そろそろサイネルが学園から帰ってくる時間だわ。フィフィーちゃんを連れてお出迎えしましょう」
二人のもどかしい距離感を傍でニヤニヤしながら眺めるというのが、私の最近の趣味なのだ。セバスチャンからは悪趣味と言われるが、初々しい青春は何度見ても良いものだ。
そうして、今日も「ただいま戻りました」と帰ってきたサイネルを、フィフィーちゃんと共に玄関ホールで迎えたのだが……。
「おかえりな――わっ!」
いきなり視界が花で覆われた。
もぞもぞと花から顔を出せば、サイネルが花束を差し出していたのだとわかる。
「ど、どうしたのこれ!?」
「帰り道、店前に並ぶ花が美しくて目につきましたので。母様に似合いそうだなと」
「ふふ、ありがとう」
満面の笑みで言われ、母親だが照れてしまった。メイドの顔も覚えていないのに、母親に対してはこの対応とは。同一人物かと思うほど差がすごい。
しばらく私は綺麗な花束の良い香りに頬を緩めていたのだが、なんだかサイネルがもじもじしていることに気がついた。
どうしたのかと見守っていると、彼は背中に隠していた片手を、今度はフィフィーちゃんへと向けた。
まあっ、と私とフィフィーちゃんは驚きに目も口も丸くする。
フィフィーちゃんの目の前には、とても綺麗な紫の花束が差し出されていた。
「その……帰り道にあったから」
(あっはぁぁぁぁッ! ブラボーよマイサーーーーン!!)
顔を逸らしながらぶっきらぼうに言う息子に、私は心の中で歓喜の悲鳴を上げた。
「あ、ありがとうございますっ、サイネル様」
フィフィーちゃんは壊れ物でも触るような優しい手つきで花束を受け取り、愛おしげに花束を見つめていた。サイネルもそんなフィフィーちゃんをチラチラと窺い、彼女の反応に満更でもない顔をしていた。
二人を取り巻く空気が面映ゆくも温かなもので、見ているこっちまで幸せな気分になってくる。しかし……。
「サイネル」
「はい、なんでしょう母さ――」
「渡す順番が逆よ!」
「ホゲェッ!」
彼の頬に綺麗な右ストレートが決まった。
やはり、まだまだ教育は必要なようだ。
嫁ファーストをしっかりとたたき込まなければ。
「とはいっても、これからが楽しみね、セバスチャン」
「左様でございますね。ところで私はセレストですが、奥様」
「はいはーい、セバスチャン」
ホールで大の字になるサイネルと介抱するフィフィーちゃんという姿を目に収め、私は離れたところから見守っていたセバスチャンの前を、スキップしながら通り過ぎるのであった。
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