因果応報
「これ、旦那様の食事に使った野菜の残りクズだわ」
「こんなのマクウェリン家ではあり得ないよ……」
「あーっ! なんなのこの家!? 子爵でも貴族でしょ!? なのになんで食事は一日に一度、しかもゴミみたいなものばっかりなのよ!」
「しかも、お風呂も好きに入れないし。ここに来てまだ一度も入ってないんだけど」
自分の腕をすんと嗅いで顔をしかめたアニーを横目に、リーマは舌打ちした。
王都外れの田舎に住む子爵家に来て二日だが、王都からの行程を含むと既に四日は経っていた。
マクウェリン家では、食事も街の食堂よりか良いものが食べられたし、風呂も毎日入っていた。なのに、爵位が違えば同じ貴族でもこうも違うのかと、リーマは唇を噛む。
マクウェリン家よりも多少質が落ちた生活になるだろうと思ってはいたが、これは異常だ。水や火を扱えるのはメイド長のみで、自由に風呂に入ることも許されず、使用人達用に食材を買うことも許されない。水が勿体ないからという理由で、洗濯すらできていなかった。おかげで、厨房が生ゴミで臭いのか自分達で臭いのかわからないほどだ。
「冗談じゃないわ! あんた達、さっさとこんな貧乏屋敷逃げるわよっ!」
こんなところにいたら、自分達が本当にゴミになってしまう。
厨房を出ようと、リーマがドアノブに手を伸ばした時、ちょうどドアが先に開いた。
「廊下まで声が聞こえてたよ。今度の新人は随分と血気盛んだねえ」
入ってきたのはメイド長だった。濃い皺が入った四十半ばくらいの彼女は、緩みきった身体でドアの前に立ちはだかる。
「諦めな。あんた達、どーせ前のお屋敷で悪さしたんだろう」
「ど、どういう意味よ」
「ハッ! その顔じゃ図星のようだね。安心しな、咎めやしないよ」
メイド長の予想外の反応に、三人は顔を見合わせた首を傾げた。そのリーマ達の態度に今度はメイド長が首を傾げる。
「おや、知らなかったのかい? ここは、そういった貴族家から追い出された問題児が行き着く先……使用人の掃き溜めさ」
「はあっ!? なっ、何よそれ!」
「何も聞かされてないようだね」とメイド長は、蔑みと憐憫が入り交じった顔で哄笑した。
「うちのご主人様は、性癖がねじれて性格も壊滅的に歪んでてね。あんたらみたいな活きの良い問題児をいたぶるのがお好きなのさ」
「冗談……でしょ」
リーマの顔から一気に血の気が失せた。彼女の背後では涙ぐむアニーをフィノが慰めていた。もちろんその顔も青い。
「ああ、いたぶるっても暴力じゃなくて、今みたいにじわじわとした苦痛を味わわせて、少しずつ従順な犬にしていくのが趣味らしくてね。節約もできて得だって、以前笑いながら言ってたよ。他の使用人達を見りゃ分かるだろ?」
確かに、こんなに劣悪な職場環境なのに、誰ひとりとして不満を言う者はいなかった。皆、与えられた役目を人形のようにこなしているように見えた。
「――っ出て行くわ!」
こんな所にいたら、自分達も人形にされてしまう。不満を言う気力すら無くなるとは、これからどのような生活が待ち受けているのか考えただけでも怖気が走った。
「だから、諦めなって。来る途中で見てきただろ。ここから隣の街までどれだけ離れてるか。歩こうもんなら街に辿り着く前にご主人様に捕まって、連れ戻されるのが関の山さ」
焦るリーマに比べ、メイド長は実に呑気なものだった。無駄無駄と手を払いながら、残っていたアニーのスープを掴むと一気に飲み干した。
「ぷはっ……言っただろ、ご主人様は活きの良いのがお好きだって。逃げるなら逃げれば良いさ。ただ、捕まったときは覚悟しとくんだね。今がまだ良かったと思える日々が待ってるよ」
メイド長はフィノのスープも同じように胃へと流し込むと、口元を雑に拭いて厨房を出て行く。
「なぁに、メイド長になれば随分と融通も利くもんさ。まあ……」
ドアが閉まる直前、メイド長はリーマ達を振り返る。
「メイド長になるまで、私は二十年掛かったけどね」
隙間から見えた彼女はニタリと笑っていた。
ドアが閉まり、リーマは膝から崩れ落ちるようにしてへたり込んだ。呆然とする彼女に、ぼろぼろと涙を流したアニーが飛びかる。
「全部リーマのせいじゃん! あんたがフィフィーやサイネル様に変なことしたからでしょ!?」
「はあ!? あんたも拒否しなかったじゃん!」
「私とアニーは、し、仕方なくだもんっ! 大体性格悪すぎるのよ、リーマは!」
「あんた達も同じでしょうよ!」
ドアの向こうからメイド長のケラケラと愉しそうな笑い声がしていたが、絶望に苛まれた三人の耳には入らなかった。
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三人が出て行って、マクウェリン家の空気も随分と良くなった。
「それにしても、すごい貴族もいたものね」




