後始末
「ええ、いくつか心当たりがありますが……」
「結構。早速、教えてちょうだい」
後日、私は例のメイド達三人を私室へと呼びだした。
「単刀直入に言うわ。あなた達三人は、今日でうちのメイドを辞めてもらいます」
処遇が決まるまで使用人棟で大人しくさせていたからか、三人は少しばかりやつれていた。それでもリーマだけは、まるで私は悪くないとでも言わんばかりに口を尖らせ、不貞腐れた顔を向けてくる。
「そんなの困りますっ!」と悲しむ他の二人に対し、彼女は予想していたのか取り乱すことはなかった。ただ……。
「いいですよ。その代わり、街であたしが何を言おうが、あたしの勝手ですよね?」
主人の机に手を置いて見下ろす姿からは、もはや我が家のメイドであろうという気はサラサラないのが見てとれた。むしろ、これは脅迫しているだろう。本性がばれて取り繕う必要がなくなったからか。それでもまだ優位に立とうとするとは、見上げた図太さだ。
「あら、勘違いしないでほしいわね。うちは辞めてもらうけどって話よ」
机の脇に立つセバスチャンへと目配せすれば、彼は懐から白い封筒を三枚取り出す。
「マルロス子爵家への紹介状よ。王都からは離れるけど、人手が足りなくて三人纏めて雇ってくれるって話よ。良かったわね、三人一緒なら寂しくないでしょ」
「息子の悪評を広められたくないから、これで手を打てってところですか? なんだかんだ言ってもやっぱりお貴族様ですねえ」
リーマはクスクスといやらしく笑いながら、セバスチャンから奪うようにして封筒を手にした。他の二人も飛びつくようにして封筒を手にする。
「それじゃあ、お世話になりましたー」
これで用済みとばかりに、三人は頭を下げることもなく封筒を大事そうに抱えて部屋を去って行った。
すると、三人と入れ違いに今度はサイネルと、一歩遅れてフィフィーちゃんが部屋にやって来た。
「母様どういうことですか!」
「何よ、サイネル。大きな声を出して」
「フィフィーちゃん、今日も可愛いわね~」と手を振りながら、私は目の前で眉をつり上げている息子に嘆息した。
「あの、お義母様……そこでリーマさん達に聞いたのですが、他家への紹介状を渡されたとか」
「ええ、そうよ」と頷けば、サイネルが机を両手で叩いた。
「うちを辞めてくれるのは大歓迎ですが、あいつらはフィフィーをいじめていた奴らでしょう! そのような者をうちの名で他家に紹介するなど、マクウェリン家の信用に関わります!」
「へぇ……自分を襲おうとしたことより、フィフィーちゃんをいじめてたことのほうが重要なのねぇ?」
サイネルの言葉の変化に気付いて突っ込んでやれば、彼の顔ボッと火がついたように赤くなった。思わず、こちらがニヤけてしまう。
この間――サイネルが家出から帰った夜から、彼のフィフィーちゃんに対する言動にささやかな変化が見られるようになっていた。どうやら、夜なのに屋敷にも入らず、自分を心配して待っていてくれた彼女の姿に、何か感じるものがあったらしい。
「――っか、揶揄わないでください……! ぼ、僕は真剣な話をしているんですから」
「あっははははは!」
サイネルの後ろでは、フィフィーちゃんが両手で赤くなった顔を覆っていて、二人の青春ど真ん中の反応に笑いが止まらない。
私はひとしきり笑うと、目尻の涙を拭いて呼吸を整える。
「聞きなさい、サイネル。誰しも間違ったことをしてしまう時もあるの。だから、人を許すことも重要なの。それに、向こうの家が人手を必要としてたのは本当だし」
「でも……っ!」
言い募ろうとするサイネルに、私は「この件は母様に任せなさい」と言って押しとどめ部屋に戻らせた。
バタンと扉が閉まった部屋で、セバスチャンがクツリと喉で笑う。
「許し……ですか。奥様は随分と嘘がお上手で」
「あら、嘘じゃないわよ。許すことは大切よ」
「ただ」と私は椅子の背もたれに身体を預ける。
「私の可愛い息子と許嫁を苦しめた奴まで、母親が許す必要はないってだけよ。セバスチャン、この件は他言無用よ。こんな大人の世界、あの子達は知らなくていい部分だから」
貴族として生きているのなら、そのうち嫌でも知っていくことになる世界だ。だが、まだ二人は子供で庇護されるべき存在なのだから、このような汚い部分には関わらないでほしい。
「かしこまりました。それにしても……奥様も恐ろしいことで」
「許嫁も我が子も守るには、強くならないとね」
◆
「うえっ! 何よこの食事、食えたもんじゃないわ!」
厨房の片隅にある狭い机で、リーマ達は立ったまま食事をしていたのだが、夕食のスープを口にした瞬間、リーマの堪忍袋の緒は切れ、皿を床にたたき落とした。




