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小娘、覚悟しろ

 私は嫌な予感がして、リーマの仲間を問い詰め、リーマが何をするつもりなのかを聞いた。かつて下に見ていたフィフィーちゃんに仕えるのが受け入れられなかった彼女は、フィフィーちゃんを追い出すために、サイネルを籠絡しようと考えたようだ。


 それは、よく彼女が男を利用する際に使う手段だという。屋敷から出て行ったサイネルの後を追ったリーマを見て、仲間の二人は『またか』と思ったらしい。


 サイネルがリーマなんかに引っ掛かるとは思えないが、最後に見た彼の痛々しい顔を思い出せば不安がよぎった。


 そうして、屋敷を飛び出し、一軒一軒灯りのついている宿屋やら酒場をすべて覗いて回ってたわけだが……。


「はぁっ、はぁ……っ、やっと……見つけたわよ……っ!」


「母様……」と背後でサイネルの動揺した声が聞こえたが、今は目の前の女をどうにかするほうが先だ。


 目の前の女――リーマは「お、奥様?」と殴られた頬を押さえながら、鯉のように口をポカンと開けて地面から見上げていた。しかし、止まっていた脳が動き出し状況が理解できると、彼女は目から火を噴いて眉を逆立てた。


「ひどいっ! 息子には乱暴されるし、母親はいきなり殴り掛かってくるだなんて! 皆に言いふらしてやるわ! マクウェリン侯爵家親子に乱暴されたって!」


 叫ぶ声が、実に騒がしい。


ちがっ――! か、母様、僕は乱暴なんて――」

「わかってるから、サイネル」


 慌てた声を出す息子を、努めて穏やかな声で落ち着かせる。言葉をのむ詰まった声が聞こえた。


「酒場の主人に聞いたわよ。随分と強い酒を飲ませて、息子に色々と言い寄っていたらしいじゃない」


 未成年になんてことをと思ったが、どうやらここでは十六歳からお酒が飲めるらしい。いや、それでも年若い子に強い酒なんて勧めるものじゃない。


「ふんっ、酒を飲ませたのはあたしでも、襲いかかったのはサイネル様よ」


 薄暗い路地裏で、服がビリビリに破られた女と酒の匂いがする男――この現場だけ見れば、彼女が襲われていると誰だって思うだろう。

 リーマの本性を知らなければ。


「ふふっ、貴族省に訴えた出たらマクウェリン家はどうなるでしょうねえ? 貴族様って道徳的で寛容じゃないといけないんでしょ? そんな中、女に乱暴したなんて噂が広まったら、きっと貴族界追放になるんじゃない」


 にたり、とリーマは勝ち誇ったように口角を上げた。


「訴えられたくないなら、あたしを――」

「好きになさいな」

「嫁に――って、え……?」


 予想外の反応だったようで、リーマは口端を引きつらせ、目を瞬かせていた。


「訴えたいなら訴えたらいいわ!」


 私は膝を折って、リーマの破れたブラウスの胸元を強引に合わせると、そのまま「ただ」と自分の方へと引き寄せ、もう少しで鼻と鼻が触れそうな近さで言う。


「その場合、私は全力であなたの口を塞ぐことにするから」


 リーマは、ヒッと喉を震わせて目を白黒させる。


「貴族は道徳的で寛容でなければ? 残念ながら貴族の前に、私はただの母親だから。我が子を守るためなら、親はなんだったやるわよ。貴族界? ハハッ! そんなのどうだっていいわ。あなたがその可愛らしいお口でさえずる前に、私はマクウェリン家が持つ力すべてを使ってあなたを潰すわ。それを分かってなお、やるってんなら……覚悟しなさいよ、小娘」


 ブラウスから手を離してやれば、顔色を失った彼女は目線をそらし、はだけた胸元を隠すようにブラウスをギュッと握りしめいていた。

 まあ、訴えたところで私のは正当防衛だし、サイネルもすぐに冤罪だってわかるでしょうから本当に構わないけど……この様子だと大丈夫そうね。


「奥様っ!」


 すると、路地裏に年齢を感じさせる男の声音が投げ入れられた。


「遅いわよ、セバスチャン」


 振り向けば、路地の入り口にはロマンスグレーが月明かりに煌めく老執事が立っていた。


「セレストです。奥様が異常に早すぎるのです。老体は労ってくださいませ」


 私が屋敷を飛び出した後、すぐに彼も追ってきてくれたのだが、私の足のほうが速かったようで置いてけぼりにしてしまったのだ。三十代の身体って本当軽いわね。


 路地裏に入ってきたセバスチャンは、リーマの格好を見て一瞬ぎょっとして目を丸くしていたが、大方何があったのか察したようで、自分の上着を彼女に着せると肩を抱いて立たせた。


「フィノとアニーが色々と話してくれた。わかるね、言っている意味が」

「ぁ、あいつら……っ」


「ひとまず屋敷に戻るよ」と、セバスチャンはリーマを強引に歩かせ、路地裏を出て行った。


 残ったのは、私とサイネルの二人だけ。





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