これはきっと神様からのご褒美!
「クソッ……なんで誰もいないんだよ……」
(あら?)
気がつけば、なんだか息もしやすいし胸も苦しくない。これなら……。
「あら、まあ……私、まだ生きてる?」
試しに身体を起こそうとしてみれば、多少の気怠さはあったものの、あっさりと起き上がることができた。窓から射し込む陽光のまぶしさに目が慣れ、白んでいた視界も開けてくる。
そうして最初に視界に飛び込んできたのは、輝かしい金髪碧眼の美青年。おそらく十五、六才くらいだろうか。生命力が全身から溢れ出ている。
彼は目玉がこぼれ落ちそうなほど目を見開いて、私を凝視していた。
「あの、誰で――きゃあっ!」
誰でしょうかと尋ねようとしたところ、その美青年にいきなり抱きつかれてしまった。
「ま、待ちなさいっ! さすがに娘に申し訳が立たないって――」
「母様、良かった……っ。やっと目を覚まされて……僕はもう駄目かと……」
「え、母様?」
そういえば、夢うつつで聞こえていた「母様」と呼ぶ声と、彼の声は同じような気がする。人違いをしているのではと思ったが、寝顔から見ていた者が人違いなどするものだろうか。
(と、とりあえず状況把握……!)
私は首を巡らせ、周囲を確認する。
自分がいる部屋は、映画でしか見たことのないような豪華な西洋風の部屋で、窓から見える景色に高層ビルなどなく、身体に巻き付くのはどう見ても日本人じゃない金髪碧眼の青年。
意識が途切れる直前まで自分がいた部屋は、なんの面白みもない白い病室だったし、そもそも自分に、母様などと呼んでくる息子などいない。
そして、ベッドの横にあった窓ガラスに映った自分の姿を見て唖然とした。
(だ……誰よ、これっ!?)
映っているのは自分という自覚はあるのだが、見覚えのある自分ではなかった。
腰まであるストレートの髪はピンクベージュ色で、目は抱きついている青年と同じ青色。身に纏うものはレースが肩口にあしらわれた、入院着とは比べものにならない上品な白のロングワンピース。
少しやつれているが、老人には到底見えないほどに若々しい。
(これってあれよね……)
確かに、姑と夫と違うところに飛ばしてくれと願ったが、これは予想外というか。
(うん。異世界転生してるわ、私……)
安心してください、娘よ。母は、どうやら異世界でまだまだ生きるようです。
青年は落ち着きを取り戻すと、一度部屋の外に出て、そしてまたすぐに戻ってきた。
今は、ベッドの傍らに立ち、ニコニコと嬉しそうにこちらを見つめている。
「医者からは治らないと言われていましたし、昨夜までは確かに顔色も悪かったのに……今は嘘のようにお元気そうで安心しました。あの医者はきっとヤブだったのでしょう」
「は、ははっ……」
私は笑って誤魔化した。
この身体は、この青年の母親のもののようだ。
徐々に、自分の意識と肉体が馴染みはじめてきたからわかるが、もうこの身体に、本来の持ち主である彼の母親はいない。私が乗り移ってきて彼女の自意識を奪ったわけではなく、空になった器に私が入ってきたのだろう。彼の話しぶりから、母親は長い間病に伏せっていたようだ。
(つまり、彼の母親はもう……)
過去の記憶を遡ろうと思えば、おぼろげだが浮かんでくるものがあった。
きっと、元の持ち主の記憶の残滓だ。
彼の様子からすると、随分と親子仲は良かったようだ。母親を慕っているのが全身から伝わってくる。犬の耳と尻尾が彼にあれば、ブンブン振っているに違いない。
(ふふ、この身体の母親は、良いお母さんだったみたいね)
記憶を遡れば、この家は、使用人もいるそれなりに高位の貴族家のようだ。
親子の仲がよくて、使用人もいる貴族家。
(やだ、それって最高じゃない! つまり、これからは優雅な生活が約束されたようなものよね! お姫様みたいな生活、憧れてたのよねえ。きっと神様からのご褒美だわ)
前世でたくさん頑張ったから、今世は優雅にスローライフしなさいという思し召しだろう。
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