時には豆も空を飛ぶ
久しぶりに、私は清々しい朝を迎えた。
フィフィーちゃんからの信頼を勝ち取ることができたし、これで将来の嫁姑問題も華麗に回避完了だ。
精神年齢老婆の私にとっちゃ、フィフィーちゃんは嫁ってより、もはや孫のようなもの。
そりゃ可愛がる一択でしょ。
おまけに、彼女は外だけじゃなくて、内面も輝かんばかりに素晴らしい子だし。色々と事情がある婚約だったとはいえ、あんな良い子が来てくれるなんて、むしろこちらから三顧の礼で迎えるべきなのだ。
彼女には、マクウェリン家に嫁いで良かったと思ってほしい。
あとは、サイネルのマザコン部分をどうにかするだけだけど……。
フィフィーちゃんの素晴らしさを知れば、自ずと彼女に惚れていくでしょうし、そこまで心配することはないと思われる。
まあ、都度の矯正は必要だろうが、別に『息子の死亡フラグを回避せよ』とか『実は、息子は国王の子でした』とかよりも状況は単純だし難しく考える必要はない。
「あぁっ……! 朝日も、私の輝かしい前途を祝福してくれているわ……っ」
「おはようございます、奥様。外は大雨でございます」
セバスチャンは、投げた枕を華麗に回避しやがった。
「――雰囲気ってものがあるでしょうよ。セバスチャンったら、まったく風情のかけらもないものだわっ。そう思わない、フィフィーちゃん」
「ふふっ、そうですね、お義母様」
昨日と同じ朝食の席だが、同じ席に座るフィフィーちゃんの表情は柔らかい。
(良かった……)
しかも、今朝彼女が着ているものは例の黒ワンピースではなく、昨日買った紫のドレス。
「はぁ~っ、思った通りとてもよく似合ってるわね、そのドレス」
「あ、ありがとうございます」
フィフィーちゃんは、照れたようにはにかんでいた。
彼女の猫のような顔立ちに合うように、外商に揃えてもらったドレスは、フリルやリボンなどの飾りで美しく見せるものではなく、ドレスのラインやデザイン性で美しく見せる、玄人好みのものばかり。
もしかして、まだ十六歳だし、リボンとか可愛い系のほうが良かったかもと心配したが、一緒にクローゼットにしまう時、彼女はとても嬉しそうにしていたから安心した。
(本当は、ドレスに合わせて髪も結ってあげたいけど……私じゃポニーテールか三つ編みしかできないし……)
ドレスやネックレスは一級品なのだが、髪はいつも通り下ろし髪である。
彼女には、まだ侍女をつけれていなかった。
つけようとしたのだが、フィフィーちゃんに「そこまでしてもらうわけには……」と断られてしまった。確かに、先日まで同僚だった者に仕えられるのは、両者とも心苦しいものがあるし、これはもう少し様子見だ。
(新しいメイドでも雇うかしら。セバスチャンに相談しないと)
そういえば、とチラッと壁際に待機しているメイドを見た。昨日は尻を引っ叩いたあの三人だったが、今日は違うようだ。良かった。
「ねっ、サイネルもこのドレス、フィフィーちゃんによく似合ってると思うでしょ?」
私は斜め前で朝食をとっていたサイネルに、話題を振った。
彼は昨日と違い、フィフィーちゃんが食卓にいるのを見ても、悪態をつくことなく静かに食事をしていた。
(これは、数日の教育の成果が出てると思って良いのかしら? それか、サイネルもフィフィーちゃんの美しさに気付いて、気恥ずかしくなったとか?)
それだったら、あとは二人を良い雰囲気にするだけだ。
少年よ、恋心を抱け!
サイネルは、口に入れたグリーンピースを咀嚼し終えると、「確かに」と口を開いた。
「とても素敵な色ですし、適度に流行りを取り入れた洒落たドレスだと思いますよ」
(やった! 教育成こ――)
「母様によく似合いそうです」
時が止まった。
ピシャーンッ! と窓の外で雷鳴が轟く。
私は、時が動き出してフィフィーちゃんが、「ですよね」と見ているこちらが痛々しくなる苦笑を浮かべて俯いてしまう前に、親指に渾身の力を込めて、緑の弾丸を弾き飛ばした。
「ふんっ!」
「母様は紫――豆ぇぇぇぇぇぇッ!?」
次の瞬間、ビターン! とサイネルの頬に、グリーンピースがクリティカルヒットした。
「えっ!? ま、豆!? 豆の固さじゃなかったですけど豆!?」
「母様は紫豆じゃないわよ、サイネル」
「えっ、違っ――」
「サイネルゥ、覚えておきなさいね? 一に嫁ちゃん、二に嫁ちゃん、三四も嫁ちゃん、五に家族。そのくらいの割合が世界平和に繋がるのよ」
「いや、規模……」
はぁ……まだまだ教育続行だ。