うちの許嫁になにしてくれてんの!
「あんたのこと大嫌いだった奥様が、あんな高級品ばっか、あんたなんかに買ってやるわけないじゃない! 何、もしかして奥様を脅してんの!?」
(この声、今朝のヒソヒソ話のメイド達ね。そういえば、昨日フィフィーちゃんの部屋の外から聞こえたのも同じ声じゃ……)
「っ違います! お義母様にそのようなことしませんっ」
「どーだかねぇ? なんてったって悪役令嬢様だもん。初心な顔して相当遊んでんでしょ。あっ、もしかしてセレストさんとそういう仲ぁ? あーね。納得ぅ」
「アハハハハ! やっだぁ、リーマったら! 発情猿でもない限りその年の差は無理だって」
(はぁ……!?)
「そ……そんなこといたしません……っ。それにセレストさんにも失礼です」
「良い子ちゃんぶってんじゃないわよ! 虫唾が走る。この国の皆から嫌われてるくせ――」
バガンッ! という扉に穴が空いたのではと思われるほどの音が、廊下にこだました。
一瞬で、耳煩く聞こえていた不愉快な声がピタリと止まる。
私は、扉を蹴り開けた足をおろし、部屋を出た。
部屋の外、目を向けた先の廊下には、見覚えのあるメイド達に囲まれて、壁に押しやられるフィフィーちゃんの姿が……。
「……フィフィーちゃんに……何を――」
右手を振り上げながら、大股でツカツカと近付いていく。メイド達が「ヒッ」と声を震わせ、青ざめた顔でフィフィーちゃんから急ぎ離れるが、もう遅い。
「――してくれてんのよぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
メイド達の三つの尻に、高所から一気に右手を振り抜いた。
スパパパーンッ! という快音とメイド達の「きゃーーー!?」という悲鳴が上がる。
三人のメイド達は、尻を押さえて老婆のように背中を丸めて、床に崩れ落ちた。
あら、懐かしい格好。
前世で、なぜか家掃除の時にモップ使用が許されず、雑巾を手掛けしてすべての廊下を拭き終わった時は、しばらくそんな格好になってたわね。
「聞こえてたわよ。確かに、私の態度が急に変わってあなた達も混乱してるんでしょうけど、元々あなた達は、フィフィーちゃんに何かして良い立場にないの。彼女はいっとき一緒に働いてたっていっても、公爵家令嬢でサイネルの許嫁なのよ。立場をわきまえなさい」
「お義母様、わ、わたくしはこの程度、気にしておりませんから」
背後に庇うように隠していたフィフィーちゃんが、クイッとドレスの袖を引っ張ってきた。その顔は、被害者なのにどこか申し訳なさそうだ。
きっと、メイド達が怒られて可哀想だと思っているのだろう。つくづく、心根が優しい許だ。だからこそ、尚のことメイド達にも、こんなのを容認していたロザリアにも腹が立つのだが。
私は、はぁとため息を吐いて、頭に登った熱を逃がす。
「次、彼女に何かしたらクビにするから。私の家族をいじめる者は、この屋敷に置いておけないわ」
三人は気まずそうに顔を見合わせると、渋々といった様子で「申し訳ありませんでした」と頭を下げ、そそくさと去っていった。
「さて、それじゃあ私達は、宝物の山を片付けに行きましょうか」
彼女に罪悪感を持たせないように、私はなるべく明るい声を出しながら振り返った。フィフィーちゃんも私の顔に怒気が残ってないのを見て、安堵したように全身を脱力させ、ふにゃりと笑った。
「はい、お義母様」
「――――っん゛」
思わず、抱き潰さなかったのを褒めてほしい。
うちの許嫁、可愛すぎでしょ……っ。
◆
三人のメイド達は尻をさすりながら、使用人棟へと戻っていた。
先ほど彼女達は使用人棟の食堂で昼食をとりおえたばかりで、まだ休憩に戻ってくるには早すぎるのだが、彼女達には悪びれた様子もなく、堂々と食堂の椅子に腰を下ろす。
「はぁ、フィフィーも苛つくけど、奥様のあの変わり様はなんなの?」
「リーマは特に奥様に気に入られてたもんね」
「そうそう。しょっちゅう、あの子のミスとか奥様に報告してたでしょ」
リーマと呼ばれたメイドは、メイド長しか勝手が許されない袋戸棚を開けると、ガサゴソと両手を突っ込んで中を漁っていた。
「はぁ……やってらんないわ。これからはフィフィーに仕えなきゃなんて。どこが公爵家令嬢よ。オドオドしてみすぼらしくて、気品のかけらもない」
リーマは目的の物を見つけたらしく、「あった」と声を弾ませ、袋戸棚から両手サイズの缶を取り出しテーブルに置いた。
缶の中に入っているのは、メイド長が管理している、お茶の時間に出される使用人用のクッキーだ。
リーマは蓋を開けると、頬杖をつきながらクッキーを頬張る。
クッキーの数が少なくなっていても、誰かの新品のメイド服が着古されたメイド服にすり替わっていても、今までは誰もリーマ達に文句を言わなかった。メイド長でさえも。
それは偏に、リーマがロザリアに気に入られていたから。
皆、自分のことまでフィフィーのようにあることないこと奥様に報告されては困ると、彼女達の行いには目をつぶっていた。
しかし――。
「フィフィーもいけ好かないけど、奥様――あの女も腹が立つわ。なんなのよっ、いきなり」
「けど、リーマ。クビはさすがに困るわよ。次の働き口がなくなっちゃう」
貴族家の使用人は上級貴族の場合、総じて紹介状が必要になる。その紹介状は大抵、以前働いていた貴族家の主人や、信頼と地位のある使用人がしたためたものだ。
それがないと、上級貴族家の使用人にはなれない。
下級貴族であれば、飛び入りの面接でも雇うところもあるが、給与面でも待遇面でも天と地ほどの差がある。
「貴族達って噂話好きだしねえ。クビなんて烙印押されたら、どこにも雇ってもらえなくなるよ。しばらくは大人しくしてましょうよ」
紹介状なしで放り出されたというのは、何かしら問題があったと公言しているに等しい。
「ふんっ。こんな家、潰れたらいいのに……」
リーマは腹立たしそうにクッキーを鷲づかむと、品もへったくれもなく、口に押し込んでボリボリと貪った。
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