表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/24

勘弁してくれ!

 深夜。病室に響く一定間隔で刻まれる、「ピッ……ピッ……」という電子音が耳にうるさい。

 どうやら私もそろそろ終わりらしい。


「お母さんしっかりして……!」


 最後まで看病してくれていた娘が必死に呼びかけてくるが、もう目を開ける気力もない。


「お母さん、まだ生きてよ……っ」


 いいえ。もう私は充分生きたわ。老衰で、しかも可愛い娘に看取られて逝くんだから幸せよ。

 ああ……もう何も思い残すことなんて……。


 ………………。


(いや! めちゃくちゃあるわね……!?)


 遠のきはじめていた意識が、急激に覚醒する。


「お母さん!?」


 思わず、一瞬だが、開く気のなかった瞼まで開いてしまった。

 娘も孫も可愛い。それはいい。それは問題ない。

 問題があったとするのなら、嫁いだ家が悪かった……。


(ああ……っ! 今思い出しても腹立たしいことこの上ないわ!)


 当時は結婚したら同居が当たり前で、嫁は嫁いだ家の『物』として扱われる。朝は誰より早くに起きて、夜は一番遅く布団に入らなければならない。


 姑にはよく分からない理由でいびられ、夫も舅も女のことにも子育てにも無関心。


(普通に考えたら夫は嫁の味方をするもんでしょう!? お前が選んだ嫁なんだよ! 何が『君を一生愛する。僕に守らせてほしい』だ。お前が何から守ったよ! 闘牛士のマントみたいにヒラッヒラな防御力しよって! 紫外線から守ってくれる日焼け止めのほうが百万倍有能だわ、このマザコン野郎!)


 ああ、思い出しただけではらわたが煮えくり返る。動悸が止まらないわ。


「先生! なんだかわからないですけど、母のバイタルが乱高下してるんですが!?」

「バイタル異常ですね」

「冷静過ぎません!?」


 そう、異常だったのよ。あの環境って。

 あまりに辛くて、一度夫に相談したけど、「母さんも昔は苦労してきたからわかってあげてよ」って返ってきて……。


(わ! か! る! か! ばかたれぇぇぇぇぇッ!!)


 自分がされて嫌なことは他人にはしないって、小学生の時に習わなかった!? 習わなかったとしても、普通人として、道徳として持ち合わせるべき心じゃないの!? 


 男の子が産めなかったからって、姑は死ぬ間際までグチグチ嫌みを言うし、子供が可愛いこと以外良いことなかったわ。そしてやっぱり夫はまったく守ってくれないし……! 男の子が産めなかったのは、お前のY染色体のせいだろが! 頑張りなさいよ、Y!


「先生、本当に母は死にかけなんですか!? まだ生きる人の波形ですよね!?」

「今夜が山だと思ったんですけどね」

「冷静ッ!」


 え、待って。

 これでやっと全てから解放されると思ったけど、冷静に考えると、姑や舅、夫が待つあの世に今から行くってことにならない? 勘弁してよ。無理無理無理無理、思い出しただけでもイライラが止まらないんだもの。


 神様、どうして死んでまで私は苦しまなきゃいけないんですか? 彼らには二度と会いたくありません。


(私ならあんなマザコン息子には育てないし、そんな嫁いびりをする性悪姑にはならないのに――っ!!!!)


 あ……しまった。


 残りの気力を一気に使いすぎたようだ。

 潮が引くように、急激に意識が遠のいて、身体も岩が乗ったように重くなる。


(ああ……神様、これだけ頑張って耐えてきた私の願いを聞いてくださるのなら、どうか私を姑も夫もいない場所に飛ばしてください。天国なんて贅沢は言いません。地獄でもかまいませんから……)


 可愛い娘の「え、お母さんっ!?」と叫ぶ声と、医者の「やっぱり山でしたね」という冷静な声と、「ピー」という電子音を最期に、私は意識を手放した。





        ◆






「しっかりしてください、母様!」


 いや、だからもう私は死んだのよ。


「母様っ」


 ふふ、どうしてそんな気取った言い方してるのよ。まるで貴族にでもなったような気分だわ。でもね、もう私は死んだの。無理なものは無理なん……。


(ん? 娘の声と違う気がするんだけど……)


面白い、続きが読みたいと思ってくだされば、ブクマや下部から★をつけていただけるととても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
人生のクライマックスがここ← 医者の冷静さに同じ様な患者(の死に目)に何回か遭遇してる?
主人公の限界拒否っぷりに初手様子見のつもりが思わず即★MAX押したわぁ!✨www(゜∀゜)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ