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スタックリドリーの冒険  作者: 奥森 蛍
1章 ぺペットの村
4/16

4 聴こえない

 遠くの山景が鮮やかに姿を変えた。寒さの訪れた場所から順に黄色や赤に染まり、そして葉を落としていく。特に鮮やかなのがガビの木で、この木は凛と背高く薄白い幹も見栄えがいい。

 林道には冬ごもりの支度を始めた小動物の姿もあって、こういう景観が季節の移ろいを顕著に感じさせる。すべての生き物がやって来る冬を生きのびるための活動を始めるのだ。


 ただ秋が深まるこの時期になっても、スタックリドリーのズボンの丈は中途半端なまま。精霊の姿も見えないままだった。

 平凡な人生は唐突に変わらなければ、いじめられるという鬱屈した日常もまた変わらないのかもしれない。


 子供たちの嫌味な手拍子がガビの鮮やかな並木にこだまする。


「やーい、巻き毛のそばかす、スタックリドリー」

「お前のばあちゃん、精霊が見えるなんて嘘だろう」

「村人をだまして乞食をしているのさ」

「精霊なんているわけないのさ」

「乞食、乞食、乞食!」


 瞳を潤ませながらスタックリドリーはうつむいた。祖母のことまで馬鹿にされて悔しい、悔しいのにどうしていえないんだろう。殴られるから? 怖いから? 言葉が臆病に隠れて出てこないのだ。


 落ち葉をつかんでいると澄んだ声がした。


「本当のことをいって、リドリー」

「えっ?」


 こんなに透明感のある声は聴いたことがなかった。驚きのあまり声を漏らすと相対していたガキ大将が巻き毛をわしづかみにした。


「もう一度いってやるよ。乞食野郎、汚ったねえズボン履いてるな!」


 彼には先ほどの声がまるで聞こえなったようだ。あれほど鮮明だったというのに。

 精霊はもしかすると、協力してくれるということだろうか。でも。


「お前のばあちゃんのはな、教えてやろうか。妄言っていうんだぜ」

「リドリー勇気を出して」


 おかしい。確かに聞こえる。いるんだ、精霊が。

 目を白黒させているとガキ大将が巻き毛を引きちぎってスタックリドリーを後ろへ投げた。反動でしりもちをつく。尻をさすっているとまた声がした。


「人生を変えるんだ、リドリー」


 人生を変えるだって? スタックリドリーは目を見開いて問いかけた。


「いるのかい」


 しかし、返ってきたのは無音。誰もしゃべり出さない。

 こちらの焦った様子に相手の子たちが腹を抱えてせせら笑った。


「お前まで頭おかしくなったんじゃねえのか? 婆子で妄言やるのか」


 頭が混乱を始めていた。うん、いよいよおかしくなったのかもしれない、なんて認めたくなる。だめだ、だめだ。これじゃあ、いつもと変わらない。


「さあ、いってリドリー」


 また聞こえる。ささやきにこぶしを握った。いえよ、相手をのすような一言を。小さなあいつらが人生を変えろっていってるじゃないか。


「知ったばかりの言葉を使いたがるなんて馬鹿だ。顔に書いてある」

「何い」


 相手が目を剥いた。さらに勇気を突き出して、相手の鼻っ柱を折るようにこういった。


「精霊ってのはなあ、気まぐれでお前みたいな聞かん坊には会いに来ないんだぞ」

「お前だって見たことないくせに」


 スタックリドリーは、はっと鼻で笑って手を広げた。


「そんなに見たいんなら連れてきてやるよ。精霊を。1匹じゃないぜ、まとめて捕まえてきてやるよ。見れば文句なしに信じるだろう」


 ガキ大将は口をへの字に曲げてふんと応じた。


「ああ、いいさ。信じてやるよ。その代わり絶対連れて来いよな」

「見せたら嘘つき呼ばわりしたことを謝ってもらうからな。井戸の上から逆さに吊るしてやるよ。泣きわめくなよ」

「100万べんでも謝ってやるよ。ただし見せたらな」


 ガキ大将の腕を強気に振り払うといかり肩でずんずんと歩いてその場を立ち去った。

いった、とうとういってやったぞ。うそぶいたことに気持ちが高揚していた。でかいケツ抜かすなよ、びっくりするくらい連れてきてやるからな。




 青く茂った崖下の水田を眺望しながら走り、斜面を掘り込んだだけの土階段を駆け上がると、木戸を豪快に開けてこう叫んだ。


「おばあちゃん、網と虫かごあったよね!」


 自宅には祖母と占い客が一人いて、アドバイスを書きつけている最中だった。部屋には香木を焚いた匂いが充満している。


「お帰りリドリー、虫かごに捕まえようなんて冗談じゃないって精霊がいってるよ」


 祖母は天眼鏡片手に、羊皮紙に文字を書き連ねながらそういった。

 なんだよ、そんなことも分かってるのか。


「我慢しろっていってよ。捕まえなきゃならないんだ」

「友達をそんなことにするのかい」

「友達? 精霊が。冗談でしょう」


 祖母の口元は笑っていた。


「虫かごは納屋に置いてあるよ。網もある。でも、考えてごらん。精霊ってそういうものじゃないだろう」

「そういうものだよ。僕にとってはね」


 祖母が解せぬという顔をした。


「かわいそうじゃないか、嘆いてるよ。ごはんはいるのかい」

「見つけられるまでは戻らないよ。男にはやらなきゃいけない時があるんだ」


 スタックリドリーは勇み足で納屋に向かうと、虫かごと網を持って陽光の射す林へと向かった。


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