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スタックリドリーの冒険  作者: 奥森 蛍
3章 幻惑の森
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3 天使の輪

 相変わらずの森は続いていた。きのこはもう食べない、そう誓いながら木の実を拾う。木の実だってもしかすると怪しいかもしれないし、はたまたさっき食べた果実も思えば変な味がした。

 幻覚を見たあとというのに気持ちはすっきりとしていて、原因のキノコを胃に残さなかったのが効いたのかもしれない。


 しかし、木の実で腹は膨れない。細身でも育ちざかりだからそれなりに食う。

 かりぽりとかみ砕きながら、拾った余剰を革袋に入れては歩いた。


 それにしてもこの森は驚くほどに深い。進めば進むほど迷い込むような感覚がある。まっすぐ貫けばいずれ抜けると思っていたが、薄白い景色は変わることなくどこまでも続いていた。


 落葉を踏んで、白く吐息すると小鳥が鳴いた。ティルルル、ティルルル、釣鐘のような音が静謐のなかに鳴り渡る。

 たぶん死ぬならこの森の中、外国の地を踏まずに絶えるのか。静かな雨垂れが頬を打った。見上げると食虫植物の中で虫が必死にもがいていた。


「ここは幻惑の森なんだな」


 迷い込んだものを懐柔するその景色に畏怖しながらも惹かれていた。水彩で塗ったように淡く儚い。触れれば氷の結晶のように溶けるのではないだろうか。

 生物は近づいてこない。鳴き声や気配はしているし、潜んでいるのかもしれないが姿を見せなかった。


 行く手は行き止まりになり、呼吸を一つ飲む。静かに縦空間が空に抜けていた。

 蔦が絡まり創り上げた円筒型のその場所にだけは唯一陽光が集積している。


「神様に魅入られているのか、この森は」


 見えた幻も、静かに失われていく命も、すべてを内包する懐の大きさにため息しか出てこなかった。

 精霊はいる? いない? 呼びかけてみようか。


「スタックリドリー、大きな声で呼んでごらん」


 ほらやっぱりいた。

 振り向くと例外なく姿はなくて、声は近いけれどどこに存在しているのかも分からなかった。


「呼んでやらないよ、お前たちに用なんてないんだ」


 優しくしてやるもんか、優しくすればどうせお前たちはむくれるんだろう。


「正直に迷ったっていいなよ」

「方向音痴なんだね」

「博識じゃないのさ」


 次々と輪廻のように繰り返される。どこまで馬鹿にしているんだ。


「森くらい抜けてやるさ」


 ふんぞり返っていうとけらけらと笑い声がたくさん聞こえた。


「知っているかいスタックリドリー? キミはどこにもたどり着いていない」

「えっ」


 驚いて周囲を見渡すが視界には見えている以上のものは映らない。


「お前たちはからかって遊んでいるんだろう、知ってるぞ」

「僕たちとゲームをしよう。勝てたら抜ける方法を教えてあげるよ」


 姿の見えない精霊は乾いた口調で愉快そうに笑った。



          *   *   *



 姿の見えないいたずら好きの精霊とゲームをする。すれば森の抜け方を教えてもらえる。まるで奇妙に思える提案だが、それに気付けるのは思考が冷静であればの話。およそ遭難者のこの状況で冷静な判断など出来たはずがない。


「乗るの、乗らないの」

「乗らない!」


 叫んで否定すると精霊がけらけらと笑い声を立てた。


「うっそだー」


 どこまで馬鹿にしているんだろう。精霊の笑いは尻まで叩く勢いだ。僕はぺペット村のスタックリドリーなんだぞ。あのスタックリドリーなんだぞ。


「ようし、そこまでいうなら遊んでやるよ。その代わり退屈をしのげるような面白い遊びだぞ。知恵がないなら振り絞れよ」

「馬鹿にしてるな」

「馬鹿にしてるぞ」

「リドリーのくせに生意気だ」


 ふんと胡坐を掻いて、草の上に座る。冬の寒さなんて忘却の彼方だった。

 宙から幼い声がする。


「わたしはどこにいるのでしょう?」

「えっ」


 思ってもみない問いかけに目を見開いた。

 どこにって。決まってるじゃないか。隠れてこちらを見張っているんだろう。

疑って、突き出した枝葉のもとから先までをじっとにらみつけるが不審なものはない。こういう場合むしろ。


「そもそも、いないんじゃないのか!」


 斜め上な思考を叫んでみると馬鹿にしたような回答があった。


「それじゃあ、ゲームにならない」


 至極まともなことをいう精霊だ。


(探せってことか)


 スタックリドリーは立ち上がると茂る木の陰に身を突っ込んだ。


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