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スタックリドリーの冒険  作者: 奥森 蛍
3章 幻惑の森
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1 森に惑う

 コーン、コーン……

 薄白い森に鳥が樹皮を打つ音が消えた。どこにいるかも分からなければ、どんな見てくれの鳥かも分からない。この奥深い森にも精霊はいるのだろうか。およそ独りな気もするが。ほとんど見たことのない植物ばかりで、智見はある方だと思っていたが小さな村で蓄えた知識などたかが知れていた。 


 おっかなびっくりのこの調子が森に入って二時間続いている。無邪気な精霊がいればからかうのだろうが、どうやらそういう様子でもない。

 深淵の森には迷い込んだ生き物を飲み込んでしまうようなのっそりとした気配があった。どこまで続くのだろう、先の見えないことに気持ちが削がれて不安がこみ上げる。


 怖い、恐怖、怖くない、恐怖、やっぱり怖い。


 がさっと音がして身をすくめて握りしめていた小枝を振り上げた。がくがくと震える。


「誰かいるんですかあ!」



——誰かいるんですかあ、誰かいるんですかあ、誰かいるんですかあ……



 揺さぶられる声に応答するものはない。すでに蚤の精神は限界に来ていた。


「やっぱり戻ろう」


 そう思って潔く振り返れば、後ろもまさかの同じ景色に愕然とする。


「ここどこなんだよ!」



——ここどこなんだよ、ここどこなんだよ、ここどこなんだよ……



 スタックリドリーは完全に迷ってしまった。






 夜になり、頼りがいのある巨木を見つけると寄り添った。星さえ見えない鬱蒼としたこの景色の中で、安堵できるのはこの木の傍だけかもしれない。人の言葉を発するわけではないが、安心して眠りなさいといわれている気がした。

 周囲の枝をかき集めて火打ち石で火を熾した。周囲は身を震わすくらい寒かった。


 手をこすり合わせて薄い毛布を被り、暖を取る。途中拾ったキノコは食べるか食べまいか迷ったが、背に腹は代えられずあぶって食べた。


 こうして質素な食事をしていると祖母の料理を思い出す。彩のある野菜、およそ子供向けでない素朴なものばかりだったがあたり前に思っていたすべてに温もりがあった。

 小さな木の実を噛んでいても今はどこか味気なく、一人になるってこういうことなんだとにわかに涙した。


 寂しさを読書で埋めようとノーブルにもらった手記の続きを読んだ。日中歩いて夜毎に読み進めることを繰り返してきたが一向に進まない。与えられた知識をすべて咀嚼しようとしているとひどく時間がかかるのだ。


 昨日は序章まで読んだ。書いてあるからそうなんだろうが、そもそも手記の序章って何だよと思いながらほくそ笑む。


 薪の爆ぜる音に気持ちを休めながらページをめくった。


 ノーブルの故郷の自宅には使い古された暖炉があった。

 夏場はあまり手入れなどしないが、冬はよく使う家族の憩いの場所だ。


 家族は会話を楽しみながら安いワインで夕食をともにし、眠りにつく。


 当然暖炉は消したはずだけれど、夜中に起きだすとなぜか暖かい。思わず目を見開いた。小さな炎が暖炉に灯っているのだ。誰がつけたのだろう、問うても家族じゃない。そういうことが数日続いて、ノーブルはついに彼の正体を見る。

 彼の生き物は緑色の手足をしたドワーフでトレードマークの赤い帽子をかぶっていた。ノーブルはそいつを赤帽子と呼んだ。


 家族の寝静まった時間にリビングにやってきて必ず部屋を暖めておいてくれる。ああ、これが精霊なのか。何と優しい不思議な生き物なんだろう。


 ノーブルは感銘してある日、赤帽子にこっそり焼き菓子を贈った。ささやかなお礼のつもりだった。リビングのテーブルの上に置いておいてそっと見守る。

 するとどうだろう、贈り物に気づいた赤帽子は地団太を踏んだあとぷつりと姿を消してしまった。それ以降家には寄り付いていない。


 後年に精霊学を学ぶようになってから知ったことだが、精霊のなかには人間に親切にするくせに、存在を認められ褒美など与えられた日には気を悪くしてどこかへ去ってしまうものが少なくない。赤帽子もその一種で、精霊というのは大半があまのじゃくな性質を持つとノーブルは記していた。


「精霊ってまるで子供なんだな」


 どこかそういう気質に嬉しくなり、親近感が湧いてくる。

 自身が今まで出会ってきた精霊もそうなのだろうかと考えてふと思い至る。そうか、僕が仲良くしなかったから精霊たちはそれを好んで去らなかったのか。


 でもな、こういうことを知っていると試したくなる。むしろ親友になれるんじゃないかってね。


 夜空に火の粉が飛んだ。合掌に組んだ薪が崩れる。草葉の陰の生き物たちもとうに眠りについた頃だろう。

 夜も遅い、明日に備えて寝よう。


 手記を閉じようとした反動でぐるりと視界が回転して混乱した。まるで酔いどれのように景色が揺れる。手記に目を落すと文字の一つ一つが紙面から浮き上がって宙に散らばった。


「何だい、どうなってるんだ」


 張り上げた大声が鼓膜に反響して、きんきんと騒ぐ。


(ああ、そうかこれは)


 地面に投げ出されたように崩れ落ちる。頬に触れた冷たさに神経が研ぎ澄まされた。


「スタックリドリー」


 誰かが呼んでいる。


「誰だい」


 声が耳にこもっている。ちゃんと喋れているかも怪しかった。


「こっちを向いてごらんよ」


 顔を引きつるように上げると、冴え冴えとした月光のなかに透けるような生き物が立っていた。


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