辺境に情報が伝わるのが遅いのよ!!
とあるところでなろう系は友人はいないよねと書かれてあったのでつい。
辺境。
常に隣国と小競り合い、たまに出てくる魔物を討伐。そんな感じで常に戦場に身を置いている辺境伯令嬢イシュタルは親友から届いた手紙をやっと討伐完了してウキウキの気分のところで開封した。
「あれっ? これ、ルトファさんの手紙じゃない……。ルトファさんの弟さん……?」
どういうことかと首を傾げて手紙を読んでいくうちにうきうきとした気分は消えていき、先ほどまでの戦闘中のような殺気がただ漏れだと側近に怯えさせるほどの覇気を放っていたらしい。
「どうした。大蛇は討伐終わっただろう」
娘の覇気にも平然としている辺境伯が声を掛けると、
「お父さまっ!! 至急王都に行かせてください!!」
怒りのあまり破り掛けた手紙を必死に破らないように慎重に渡すと手紙を読み終えた父が同じように覇気を放ち――その際小物の魔物達が恐れをなして逃げて行ったと見張り塔の兵から報告があった。
「すぐにでも向かえ。なんなら移動に飛竜を使っても構わん」
「ありがとうございます。後、我儘な注文ですが、テトラ兄さまを連れて行きます」
噂をするとなんとやら、フェンリルを引き摺るように三男のテトラが現れる。
「イシュタル。父上。いったい何が……」
テトラの問い掛けに無言で手紙を差し出す。
あっという間に手紙は四散して、飛竜に乗ってテトラとイシュタルは王都に向かった。
ちなみに魔物との戦闘で返り血をびっしりつけた状態で。
その数日後。王都は荒れた。
「第一王子殿下。突然の訪問申し訳ありません」
王都に突如嵐が襲い掛かり、雷をバックに飛竜に跨った男女が姿を現したのだ。
「へ……辺境伯令息と令嬢……」
第一王子は腰を抜かしていた。その二人のちっとも申し訳ないと思っていない覇気でいつ気を失ってもおかしくないほど震えあがっていたが、二人は気絶という形で現実から逃がすわけにはいかないので覇気を放つが限界ぎりぎりまで調整するという離れ業を行っているのだ。
「いきなり来て無礼だぞ!! そっ、それに、我は第一王子ではあるが、王太子だ。言い方を間違えるな!!」
何とか言い返すが、声は震えて威厳の威の字もない。そんな相手にイシュタルはますます覇気を放つ。
「いやはや、辺境は遠く情報が届くのに時間が掛かりまして、第一王子殿下が王太子になるなんて話も初めて知りました。ああ、そういえば、先日の婚約式の招待状も期日が過ぎてから届きましてね。慌ててお祝いに駆け付けまして。ああ、そうそう。わたくしの聞いていたところでは、ルトファ・マルチネス公爵令嬢と婚約していたと思っていたのですが、いつの間に婚約者が変更になったのでしょう。あの方が次期王妃になるのはほぼ内定だと聞いていたのであの方以外が婚約者だったら王太子などまず無理ですよね」
口を開けば殺意を放ちそうなテトラに代わり、イシュタルが問いかける。
「ああ。間違えました。確か、学園祭でしたっけ? 学園祭の後夜祭が婚約式だったとか。不参加で申し訳ありません。我がクロティオン辺境伯家は魔獣暴走で忙しくて参加できないと気を遣われたのでしょうね」
にこやかにイシュタルは笑いながら、それでも目は笑っておらず、覇気は放ち続けている。
「それにしてもおかしいですよね。我が辺境伯に緊急の通達がある場合は、我が領地で育成が成功した天馬やグリフォンで連絡をするために王城に数頭お貸ししてありましたのに婚約者交代の報告も婚約式……いえ、学園祭の開催も普通に早馬だったとか。早馬では間に合わないのは周知の事実で」
どういうことでしょうと問い詰め続けていたら、やっと異常事態に気付いたのか連絡が届いたのか慌てたように王と王妃が現れる。
「クロティオン辺境伯令息。及び令嬢。飛竜で来るほどの一大事だが、せめて飛竜は庭にでも停めてほしかったな」
慌てていたが、それでも言葉は冷静だ。
「それとそなたらと行き違いになったが、此度の騒動の話は天馬を使って書面で辺境伯に報告済みだ」
「まあ、行き違いになったのですね」
辺境伯領に向かって行く天馬を見かけて、王の使者の証である旗を下げていたので呼び留めなかったからその件かもしれないと思っていた。
「そうですか。では、辺境伯と王都は遠いので行き違いになっても仕方ありませんね」
「では、父から頼まれた伝言も用はなさないかもしれませんね」
陛下達が現れたので殺気を何とか鎮めたテトラが口を開く。
「それを聞く前に辺境伯に文で伝えたのをここで言わせてもらう。まだ、現状を理解していない馬鹿息子にもう一度聞かせる意味でも」
一度言葉を切り、
「第一王子であったクリストファーを除籍、放逐。まあ、後々の遺恨になるので生殖機能を失わせて。それで勘弁してほしい」
「だから、なんでですか、父上!!」
婚約破棄にしては処罰が重い気がするなと首を傾げるイシュタルに、
「この馬鹿は、辺境伯領と王都貴族の仲介に力を尽くしたマルチネス公爵令嬢の行いを無駄にするだけでは飽き足らず、辺境伯領の大変さを理解せずにその利益を欲して策を練っておってな。何よりも、辺境伯家に認められない者は次期王になれないという決まりを破ろうとする始末よ」
そういえば、弟君の手紙に書かれていた。
辺境伯領は魔窟だ。常に魔物の襲撃に備え、隣国との小競り合いも悲しいがあり、常に武装していないといけない環境。だが、その分武勲も立てやすく、魔物素材もたくさん手に入りやすい宝の宝庫――もっともそれに伴う実力が無ければそんなことも言っていられないが、イシュタルもテトラもその辺境伯家の令息令嬢であるが、見た目は騎士団よりも鍛えていないように見える。その外見で魔窟と言われても誰も信じず、こんな軟弱な体つきで魔物素材が手に入りやすいというのはよほどの場所だと勘違いした輩が王都貴族にちょくちょくいてあの手この手で魔物素材を奪おうとしてきたのだ。
それを何とか防いでくれたのはルトファさんの実家である公爵家。ルトファさん自身がわざわざ辺境伯家に来て、その過酷さを目の当たりにした結果公爵家を動かしてくれて、王都貴族との間の緩衝材になってくれたのだ。
そして、辺境伯家に気に入られた存在は国をまとめる力があると辺境伯が判断すると王族なら王に、貴族令嬢ならば王妃になれるのだ。
そんな特権があるから余計辺境伯の地位を求める輩が湧いてくるのだ。
(テトラ兄さんが落ち込んでいたのよね)
最初は怖がらせてしまうだろうと距離を置いていたのに気が付くとよく話をして楽しそうな雰囲気を作っていた二人。王家が横槍を入れなければこっちが婚約を申し込んだのに。
それなのに、その王太子になれるかもしれない第一王子はルトファさんを嫌って冷遇したとか。その理由の一つに自分の派閥に王都貴族が多く、王都貴族は辺境の地を狙っていてそれを妨害されたから恨んでないことないこと囁き続けたとか。
「辺境伯に謀反を起こされる一歩前だったんだぞ!!」
「そんな、こんなやせっぽっちの者たちに騎士団が負けると思えません!!」
「――では、相手をしましょうか」
こんな輩はいくらでも湧いてくる。クロティオン辺境伯家を勘違いする輩にする手段は一つだけ。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!」
テトラの明確な殺意を王太子だけに向けて放つ。我が一族は見た目で油断するが、その戦闘力は身体強化の魔術とその気になれば覇気だけで建物を壊せる絶対支配の特殊能力によって代々辺境伯領を守ってきた。
「相変わらず凄まじいな。そう思うだろう」
「ええ。本当に」
王と王妃は全く動じず。
「すまんな。こやつを王太子にしたいとする一派が喧しくてな」
「どうりで、我が辺境伯領に来ていないのに王太子を名乗っていると思いましたよ」
すっかり煽てられて王太子になった気がしたのだろう。
歴代の王は辺境伯家の覇気をまるで涼風とばかりに流してきたのに怯えてる時点で資格なしだ。
ましてや、覇気に当てられて気絶とは情けない。
「鍛え方が足りないですね。――陛下。これが我が父。辺境伯からの手紙です」
陛下の処罰も聞いたが、父の意見も一応伝えておこうと思って懐から手紙を取り出すと、
「ああ。――その方がいいが負担にならないか?」
「使えると自称しているのならいただきたいというのが本音ですね。辺境は人手が少ないので」
追放するのなら貰って行きますと言外に伝えると、それなら好きに使ってくれとしっかり認めてもらったのでやらかした王子をあっという間に肩で担いで飛竜に載せる。
乗せるではない、載せる。荷物扱いで十分だ。
「では、テトラ兄さま。きちんと口説いて返事をもらって来るまで帰ってこないでくださいね」
にっこり微笑むと飛竜であっという間に飛んでいく。
飛んでいる途中で気絶していた王子が目を覚まし、またすぐに気絶するのはまあお約束ということで。
とんとん
真っ暗な自室でずっと何もすることなく座っていたルトファはその音に反応する。
何がいけなかったのだろうか。どうしてこうなったのだろうと自分を責め続けて誰も入ってこないでと言ってから何時間たったのかももはや思い出せないが、まだ誰にも来てもらいたくなかった。
「ここに来るなと命じたはずでしょう」
「…………っ」
ドアの向こうで声を呑む音。
「…………先ぶれもなく無礼を承知で来ました」
迷うように聞こえたのは男性の声。
「………………テトラさま?」
聞いたことがある声だと思いだして、ここに居るはずがないと思って名前を呼ぶのに時間が掛かった。
「はい」
真っすぐな声。
「お久しぶりですね」
ドア越しに声を掛ける。
「はい。……今日はルトファ嬢に会いたくて来てしまいました。入っても……」
迷う声。
「………わたくしを笑いにでも来たんですか」
「違います!! 求婚しに来ました!!」
辛そうなささやかな声で答えると、間髪を容れずそんな言葉が返ってきた。
本人の前で言うつもりだったのが、ドア越しになってしまったと頭を抱えている様を離れたところで様子を窺っていたメイドたちがしっかり見ていて、それを後に教えてくれたがまあ、それは今は関係ないだろう。
「………すみません。本当はもっとしっかり格好よく決めたかったですが……」
ドア越しでは見えないが表情は予想できる。辺境で何度も自分の行いが間違っていないかと不安げにしていたのを見てきたから。
「…………今は」
それをずっと微笑ましいと思っていたのだが、それを言わずに、
「今はそれに答える心の余裕はありません」
どうしてこんな結末になったのか。何が悪かったのか。そんな風に自分を責め続けていて、誰かの手を取ることが出来ないし、そこで手を取ってしまったらそんな移り気があることが王子にばれていたので婚約が破棄されたのではないかと変な思考に陥る。
「――ならば」
迷うような声。
「ならば、毎日何か贈り物を届けていいですか。貴方の心が晴れるまで」
優しく待つとも言わずわたくしの心を気遣う声。
「…………………好きにしてください」
そんな彼に掛ける言葉はそれだけだった。
「ヘタレ」
兄は告白したけど、保留になったそうだ。弱い心に付け込めばいいのにと思ったが、まあ、兄らしいと諦めた。
兄の恋愛はともかく。ルトファさんの以前のような笑顔が再び見れるといいと思いつつ、ポンコツ王子を鍛えるのであった。
恋愛は保留