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シュトルム・ウント・ドラング
ボクの予測では、役所退職後は一定のアルバイトさえすれば、悠々自適とは程遠いが、そこそこ普通の生活が送れるはずだった。○○義塾で主として中学生に英語をメインに社会と国語も教えた。月々の稼ぎは6万円程度だったが、足りない分は退職金を切り崩して暮らしていた。1年程経った頃、もっと高度なことを教えたいと言う欲望にかられた。惜しまれながら、かつ塾長から貴重なフレンドリーアドバイスをもらいながら、退職し、新しくアカデミー個別進学塾に籍を移した。この塾は、講師もキビキビとした行動が必要だった。その時、ボクは50歳手前だったから、きつさを感じながらも、何とかこなしていた。アカデミーの時給は義塾よりは、良かったから、少し、ボクの懐具合はよくなった。
そんな時にまさに、うろ覚えのドイツ語でいうところのシュトルム・ウント・ドラングな状況がボクを襲った。持病の治療のために長年飲んでいた、とある薬の中毒症状で、路上に行き倒れになってしまったのだ。幸か不幸か退職金で購入した平成2年築のボロマンションの近くだった。