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『巴蜀戦記』  作者: 昇龍翁
5/18

第5章

【第五章】

 ビュン ビュン ビュン ビュン ビュン


 演習場の片隅から絶え間なく聞こえる音。そこでは老年の武将が一人黙々と剣を奮っていた。踏み込み、左右へ体を交わし、一歩引き。その動きと合わせてひたすら剣を振るっている。

「相変わらずだなぁ。」壮年の部隊指揮官がいう。

 水瓶を運んできた従者がその言葉に足を止める。

「殿は以前から、あのように?」

「うむ。二十年前、私は彼の方の指揮下で鍛錬を積んだ時期がある。我らが鍛錬所に集まる頃には、殿はびっしょりと汗で濡れていた。どうやら、二刻も前から自ら鍛錬をされていたようだ。当時、殿の愛用された剣の名前は『羅結斗』。細い剣であったが、どのような大剣や槌で斬りかかろうと、弾かれるか流される。殿に一撃も当てることが叶わなかった。」

 部隊指揮官は懐かしそうに思い出を語る。

 そこへもう一人の従者がやってくる。書類担当官であった。

「殿に決裁の依頼か?」先の従者が聞く。

「いや、それはもう済んでいる。昨夜、我らが仕上げた書類。昨夜のうちに殿の机上に置いたのだが、どうやら未明のうちから処理をされていたようで、私が庁舎へ行った時に、全て決裁済みであった。いったい殿はいつ寝られておるのか。」

「ということは、早朝に書類仕事をした上で、あのように鍛錬をしておられるのか?」

「そのようだ。」

 従者たちの話を聞きながら、部隊指揮官が笑う。

「そういえば、私も昔、殿に叱られた。仕事が終わらず夕刻から夜にかけて仕事をしていたら、『そのような疲れた頭で仕事をするな。終わらぬならとっとと帰り、早起きして爽やかな朝の頭で、効率よく終わらせよ!』とな。殿は、自らそれを実践されている。」


 ひたすら剣を振るう、老将・昇の足元は、一面しっとりと濡れている。全て昇の汗である。齢60に迫ろうかという彼は、既に二刻は剣を振り続けている。


 剣を止めたのをきっかけに、後から来た従者が声をかける。

「殿、各所の鍛錬の様子がこちらに。」

数枚の書類を渡す。

 

 攻城のない今日、須哩の諸将はそれぞれに鍛錬を重ねていた。殲滅部隊を仕上げるもの、兵器部隊を鍛えるもの。戦法を練り直すもの。中には休むものも。

「よし、彼はしっかりと休んでおるな。休むことも次へ向けた立派な鍛錬じゃ。」

昇がいう。

「ほう。さすが惹州公殿。他州の武者と手合わせまでするとは。あの方は、先の先を読んでおられる。頼もしいものだ。」

嬉しそうに昇が笑顔になる。

「よし、各隊へ伝えよ。時は迫りつつある。それぞれ自らの成すべき事をなし、明日に備えよ。と。」

 昇の檄文を携え、従者が下がる。昇は、再び剣を振り始める。


【章末】


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