第4章
【第四章】
須哩による、巴蜀完全制覇は着実に進みつつあった。
そんなある日、ちょっとした事件が起こる。
巴郡の郡都である江州城攻略は、いつものように司令官・昇の指揮の元、いつものように進んでいた。駐城部隊の排除はあっという間。しかし、耐久値の高さから、攻略まで時間を要していた。
この攻略と並行して、江東州と荊楚州では、州都攻略が進行していた。どの州もその地に拠点を置く複数の同盟が猛攻をかけていた。その一つが、城を陥落させる。伝令が昇の幕舎に駆け込む。
「申しあげます。◯◯城、落ちました。」
幕舎外のざわめきが伝令の声を一部かき消した。須哩諸将の成長を確信していた昇。その油断から、他の書類整理にも手をつけていた彼は、注意力が散漫した。
「よし、任務完了だ。兵を引かせよ。」
幕舎に控えていた伝令達は、昇の深謀遠慮を毎日のように目の当たりにしていたので、『江州はまだ落ちていないのに』と思いながらも深い思惑があるのだろうと、意見することなく各隊へ攻撃中止、撤退の指示を伝えた。
驚いたのは愛弟子・瓊である。惹州公の側に控えていた瓊は、師匠の勘違いに気づいた。もちろん惹州公も。
「あ、爺や、間違えたね。」
笑いを堪えながら惹州公が呟く。瞬時に事態を把握した瓊が、一目散に昇の幕舎に駆け込む。
「師父!落ちたのは建業です。江州はあと少し!兵をお戻しください。」
「な、なにぃ?!しまった、やらかした!で、伝令!各隊の早馬!攻城継続、攻城継続じゃぁ!」
今までに見たこともないような慌てぶりの昇。それはそうである。100を超える部隊を指揮して、江州落城の目前で、己の勘違いで失敗させるわけにはいかぬ。
幸い、諸将は矛を下ろしたものの、兵を引いてはいなかった。修正の伝令を受けて、
「御意。」
と、攻城を再開した。
江州は、無事に陥落した。あとは綿虎と州都・成都を残すばかりである。
「注意力が散り、耳も遠くなり、勘違いもするようになった。あぁ。本当に老化が進んでおるのか。ともすると老害と呼ばれる列に並ぶ日も遠くないかも知れぬ。」
珍しく愚痴愚痴と自分を責める昇。
その背中に瓊が声をかける。
「大丈夫でございます、師父。師父のこれまでの指揮は、鮮やか。諸将の士気を上手に高めて開戦の瞬間に最高潮へ導く手腕は、皆が認め敬服しております。今日のことなど、箸休めの様なもの。お気になさいますな。」
愛弟子に慰められ、気をとりなおす昇。
「うむ。切り替えよう。失敗は成長の糧。天が、まだまだ成長せよと、儂に言っているのだ。瓊よ、次は綿虎じゃ。兵を整えよ。」
「御意」
この師弟が、君主の熱い思いを受け止めながらも、着実に須哩を率いている。
【章末】