09 新しい名前
どきどきしながら一口目を運ぶ様子を見守る。ケンは嬉しげに豪快に、ガンは初めての事にそわそわしながら一口目を頬張り。
「~~~ッ……!」
「ッッッ――!」
二人が身震いした。
ケンは染み入るような至福の表情で。ガンは泣きそうに感動した顔で。
「!?」
「美味い、美味いぞ新入りさん! こんな美味しい物を食べたのはいつぶりだろう! 本当に美味い!美味いぞ……!」
「……美味い、美味すぎる……なんだよこれ…………毎日食いてえ……美味え……こんなの食った事ねえ……!」
口々に。
「えっあっ」
「幸せだなあ、ガンさん……!」
「ああ、今までで一番幸せかもしれん……」
がつがつと二人がむさぼり始める。暗闇に明かりを灯すよう、水にインクを零すよう、ぱっと広がる歓びの色が見えた。懐かしい、その色。
魔王を倒してからは徐々に見られなくなっていった、遠い遠い幸せの色。
思わず顔を覆った。
「………………………………っ」
「どうした新入り!?」
「新入りさん!? すまない行儀が悪かったか!?」
「………………………………や、ちが……ごめん、ちょっと泣きそうで」
いきなり泣いては二人も困るだろう。努めて堪えるが肩が震える。顔を覆った手が離せない。二人は手を止め、心配そうに見ているようだった。
「……僕が、次の魔王になってしまうと思った。だから、此処に来たんだ」
嗚咽を堪え、鼻を啜る。
「……白い世界で言われた。此処なら、強過ぎて差別されたり、力を巡って奪い合いをされる事も無いって」
二人が同じ言葉を言われたのかは分からない。だが白い世界が言った言葉は自分には正しかった。自分の苦痛はそれだった。
「この先どうか、望んだ安らぎが訪れますよう。そう言われた」
二人は言葉を挟まず聴いてくれている。
「……あるんだ、此処に、今。僕が欲しかった、望みが」
彼らの新しい名を聞いて、生まれ直すようだと思った。
何年ぶりの屈託ない出迎えを受けて、泣きそうなほど嬉しかった。
ケンが大切な事を思い出すのを見、彼も遠くに置いてきたのだと知った。
自分が新しい事を運んだと聞いて、ひどく胸がそわついた。
壊す事しか知らぬガンが物作りを喜ぶのを見、これからを思った。
二人が自分の料理を食べるのを見、己の望みにも気付いた。
「もう、嘗てを取り戻す事は出来ないほど遠くに来てしまった。……けど、」
むずむずとして言葉にならなかった気持ちがようやく形を結ぶ。
“はじまり”の自分は、実家を継ぐのが夢だった。素朴で温かい村の食堂。自分が作った料理で人を幸せに出来たらと思っていた。そんなささやかな夢を、穏やかで優しい暮らしを守る為、旅に出たのだ。
「新しくはじめたいと、思った。……あなた達が、居るから。そんな風に、僕の料理を食べてくれるから……っ」
それ以上は言葉にならない。
肩を震わせ嗚咽を堪えていると、ガンが立ち上がる気配。
「――――おら、」
つかつかと此方にまわると、両手を伸ばしてぎゅっと此方の頭を抱き抱える。覆った掌の中で目を見開いたが、動きはしなかった。
「……ケンとおれがはじめて会った時、おれはケンの望みを叶えると約束してやった。その代わりケンはおれと居る。順番だ。次はおまえがおれの望みを叶えろ」
聞いた事のない約束。対価。目は見開いたまま。
「おれは毎日おまえの飯が食いてえ。物作りも教えてくれ。普通の人間みたいに暮らしてえんだ。いいな? 約束しろ。死ぬまで居てやる」
腕は乱暴だが優しい。温かい。ぽんぽんと子供にするよう頭を叩かれる。
ぎゅっと目を瞑る。押し出された涙が目尻を濡らす。
「…………っ、……うん、する……約束……っ、する……!」
ぐ、と頷く。顔を覆った手を外し、代わりに抱きついた。拒まれはしない。
「――――新しく始めるなら、新しい名前が必要だな」
黙していたケンが立ち上がる気配。
不意に更に、大きい腕に二人ごと包まれる。強い力で。
「ばかケン!加減しろ!」
「ケンさん力強過ぎ!」
「わはは!俺も混ざりたい! それに新入りさんの新しい名前も考えたぞ! リョウだ! 料理が得意だからリョウさん!どうだろう!?」
「良いじゃねえか!どうだ新入り!」
「…………ッ、めちゃくちゃ、っ……気に入った……っ!」
「なら今からリョウさんだ!」
ごりごり骨までいわしていた抱擁が緩み、改めて慈しむような加減に変わる。
「ガンさん、リョウさん。新しく始めよう。皆で望みを出し合って、協力して、此処に新しい俺たちの楽天地を築くのはどうだ? 絶対楽しいぞ?」
にいっと笑ったのが窺えるケンの声音。
「ひひ、悪かねえなァ。賛成」
「……それは、良いな。すごく、良い。僕も賛成」
「うむ、では決まりだ!」
むさ苦しい押しくら饅頭が、楽しそうに笑って揺れる。
リョウの泣いていた顔も、気付けば満面の笑顔に変わっていた。
* * *
ややあり離れて食事の再開。再開後は、ただの昼餉ではなくこれからを相談する楽しい場となった。
「ガンさんは普通の人間みたいに暮らしたいんだったな。普通とは恐らく一番数が多いだろう、しもじもの民のような暮らしという事だな?」
「しもじも言うな王様この野郎。そうだよ。なんかこう……戦争しねえで都市に残ってたような、使えねえ非戦闘員みたいな暮らし」
「二人とも言い方どうかな? けど分かるよ。戦いを生業にせず、慎ましく日々の糧を得て穏やかに暮らす感じだよね?」
「そう、それだ。贅沢じゃなくて良い、普通がいい」
「ふうむ、分かった。リョウさんは?」
「僕もそうだな。ガンさんみたいに慎ましい暮らしで良いのだけど、色んな料理を作れたら嬉しいから設備や素材だとかは揃えていきたい感じだな」
「うむ、リョウさんの料理は絶品だからな。それなら今の規模では足りないだろう。もっと開拓して村を作るべきじゃないか」
ばくん!と雉のレバーを口に放り込んでケンが頷く。咀嚼しながらもやもやと空中にイメージをジェスチャーで描く。
「いずれになるだろうが家を建て、畑を作り、家畜を育て、そうそう水も引くべきだな…………」
「ああ、良いね……池とか作って……花も植えてさ……」
ケンのイメージにリョウも、もやもやとジェスチャーで情景を足していく。浮かんでいるのはのどかな村の風景だ。すごくいい。
「それって話の序盤で魔王に滅ぼされる田舎の村みてえな感じ?」
「あんまりな例えだけどそうだよ。ガンさんにも伝わって何よりです」
「おお、いいな。いいなァ。おれはそういうのが良いんだ」
ガンも雉肉を齧りながらにこにことしている。物語の知識しかないので発想がアレだが、悪気は無いのだ。
「ケンさんのやりたい事は?」
「俺か。俺は大きいものを作るのが好きだなあ、国とか!城とか!」
「国民三人しか居ねえが」
「ならまず村だ! 家や橋や道を作るのも好きだぞ!」
「あ、ならケンさん村長やる? 王様から村長って格下がりが凄いけど」
「村長か!いいな! では俺は村長を目指そう!」
村長を目指すらしいので、ひとまず当面の方針は「普通の暮らしが出来る村を作る」と決まった。村が無ければ村長も出来ないのだ。
食べ終え、食後のお茶を楽しみながら今後の相談もしていく。
「となると、まずは良い立地を探さないとな」
「そうだね、暫くは此処を拠点にして土地探しから……ああ、光の柱が立った時に、見える場所が良いよね」
「そうだな、その内次が来るかもしんねえし。土地見付けたらまずは家だな。この洞窟で四人は流石に狭い。主にケンがでかいせいで」
「ははは、でかくてすまない!」
「あっ」
「どうしたリョウ」
「ケンさんで思い出した。ほら、あの……さっきの」
「……ああ、あれな。おい、飲み終わったらとっとと片付けんぞ」
「はい」
「はい」
ケンを怒る仕事を思い出した為、三人は急いで片づけを始めた。
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