72 完成式 中編
「まず村の完成を祝い、乾杯といきたいがその前に。皆へ問いたい」
一同着席。上座にケンが一人で座り、そこからこの世界に来た順番にガンとリョウ、カイと“五人目”の空席、それからベルが左右を埋めた。そこから続く残りの席は小人達が欠けることなく埋めている。
「このまま俺が村長になって構わないか? 異議がある者は今此処で申し出よ。嫌な者が居るのに、無理矢理なるものではないからな!」
「ついに王から村長に格下がりする時が来たか……おれは構わねえよ」
「僕も。ケンさん村長やりたがってたしね!」
「ケンであれば、よき村長となるでしょう。賛成です」
「わたくしも賛成。ケン様が相応しいわ」
「モイッモイ~!」
満場一致。自然とケンへ拍手が沸き起こった。皆がケンを村長と認めている。
「うむ、嬉しいぞ! 感謝する! では一同立つが良い! 乾杯だ!」
「はあい!」
皆がそれぞれワインのグラスやミルクのゴブレットを持って立ち上がる。
「では! 村長権限で決めた村の掟を此処で発表する。喜べ、たった3つだ!」
「おい急な独裁始まったぞ」
「おっと」
「ケン様ったら……!」
「まあまあ、謀反を起こすかどうかは聞いてからです」
「モイ……!」
ケンなのでどんな掟が飛び出すか分からない。一同やや緊張するが、どこ吹く風の晴れやかな顔でケンが宣言する。
「ひとつ、村民は仲間である。互いを尊重し、互いの幸福に努めよ。種族や過去による差別はせぬこと。差別が無ければ不仲だろうが喧嘩をしようが自由だ!」
「まともだ……!」
「あら素敵」
「ふたつ、村民は家族である。平時でも有事でも、不幸な時も幸福な時も助け合い、皆で相談し分かち合い乗り越えること!」
「家族……」
「嗚呼……」
「みっつ、村長による独裁は許されない。だが、村民が惑わぬよう率い、守る役目を持つ。また次の村長を指名する権限も持つ事とする。以上だ! 異存無くば杯を掲げよ!」
並べられる3つの掟。最初は小声で感想を漏らしていた面々も、最後を聞く頃には満足そうな顔をする。一人も欠けず、全員が盃を掲げた。遅れてケンが一同を見渡し、満足そうに盃を掲げる。
「では、これで“始まりの村”の完成とする! 乾杯!」
いつ名前が決まったのか、始まりの村と聞こえて何人かが目を瞠った。が、他の世界から送り込まれて新たな名で生まれ直し、全てをやり直す“始まり”ならば――この上無い名だとすぐに思う。
「始まりの村に!」
「始まりの村に」
「始まりの村に……!」
「始まりの村に」
「モモイモモモイッ!」
賑やかに盃がぶつかる音。一息に飲み干して顔を上げた全員が笑顔だった。それから一斉に拍手が沸き起こる。
「うむ、うむ! 今日は祝いだ! 皆楽しみ、よく食べよく踊れ! 今日という善き日を忘れぬようにな!」
はしゃいだ気持ちが抑えられなくなった小人が数人、広場に飛び出し楽器を手に奏で始める。もう数人の小人が賑やかに踊り出した。他の小人達もわいわい騒ぎながら料理に手を出し始める。今日の料理も小人用と人間用に分かれているが、どちらも宴に相応しい豪華で美しい料理が所狭しとテーブルに用意されていた。
「ふふ、可愛らしいですねえ。私達も頂きましょうか」
「どうぞどうぞ、おかわりは幾らでもあるからねえ……!」
「うむ! 頂こうか!」
「ちょっと、ガンナー! 今でしょう……!」
「……ええ、今か……?」
「どうした?」
人間達も食べ始めようとした矢先、ベルがガンに目配せをする。ガンが実に決まり悪そうに、ベルを見返す。
「どう考えても今でしょう!」
「何々どうしたの?」
「何かあるのですか?」
「わ、分かったよ……!」
渋々とガンが席を立つ。ケンの方を向いた。
「ケン、立て」
「おお? 何だ?」
「これはそのだな……ええと……急に恥ずかしくなってきた。逃げていい?」
「何故だ!?」
「駄目よ! 絶対喜ぶのだから!」
ベルの叱咤に、眉を垂らしたガンがもぞもぞとポケットを探る。
「ケン、屈め」
「うむ」
「これは……その……小人に手伝って貰って、ベルに魔法掛けて貰った。日用品とかは今までも作ってたけど、そういうんじゃなくて……その……生まれて初めて人に何か遣る……」
「……!」
屈んだケンに、ガンがポケットから取り出した布らしき――幅広の襷のようなリボンを掛けてやった。王族や軍人がよく正装で身に着けている、階級や役割を表すサッシュだ。
「ガンさんが生まれて初めて人に贈るプレゼントだって……!?」
「リョウ、そうやって明確に言葉にするとまたガンナーが恥ずかしくなりますから!」
「おまえらどっこいだよ! ばか!」
「うふふ……!」
リョウもカイもベルもそれはもう笑顔になる。掛けられて身体を起こしたケンが、しげしげとサッシュを見た。村が在る土地を思わせるような深い緑の絹地に、慎ましくも豊かな暮らしを表すように、豪華というより丁寧な金糸の縁取りと細やかな刺繍。家畜や麦、花、生活に根付いた色んな形――それに“六人”の人型と、小人が手を取り合う形が描かれていた。
「ガンさんこれは……」
「……村長の証だ。おれの世界では、偉い奴がそれを付けてた。ベルが魔法掛けてくれたから、傷まないし、ずっともつ。村長なら、こういうの要るかなッて……」
「ガンさん……!」
「!?」
だから珍しくベルと話し込んでいたのか、と先日の疑問が氷解する。あまりに嬉しくて、気付くとガンを抱きしめていた。感激をぶつけるように、きつくきつく。
「ああ、ガンさん……! 嬉しいぞ、とても嬉しい……! ありがとう、大切にしよう……! これは末代の村長まで受け継ぎ、永遠に村長の証となるだろう……!」
「……! ……!」
「待ってケンさん! ガンさん呼吸できてないし圧死直前だけど!?」
「嬉しいのは分かりますが緩めて下さい! ガンナーが死んでしまいます!」
「うふふ……! 素敵ねえ……!」
「おお、すまん!」
「ぶェア……ッ!」
死にそうだったガンが息を吹き返した。ケンが一応すまなそうに骨が折れた箇所など無いか確かめ、乱れた着衣も直してやる。
「マジで死ぬかと思った……!」
「すまんな、嬉しくてつい……! ……千年以上生きて、今までで一番嬉しい贈り物だ。ガンさん」
「…………ふん、なら仕方ねえな。許してやる」
互いにニッと笑い合う。見ていた三人と小人達も、それはもうにこにこが止まらない。
「おまえらもうその顔やめろ! 恥ずかしいから! ほら飯食うぞ!」
「だってぇ……! これはもう仕方ないでしょ……!」
「そうですよ……!」
「わはは! 恥ずかしがる事ではあるまい! ベル嬢も小人達もありがとう!」
「モイー!」
「ふふ、手を貸した甲斐があったわね! さ、ガンナーが恥ずか死しちゃう前に頂きましょうか!」
賑やかに笑いが巻き起こり、今度こそ料理を楽しんでゆく。彫刻された野菜や果実、立派な家畜の丸焼きや手の込んだパイやケーキ。時間を掛けた透き通るコンソメスープや色んな煮込み料理、焼き料理、蒸し料理、各種デザート。どれも素晴らしい味だった。思い思いに好きなだけ、ベルですら今日は体重を気にせず食べている。
「食べたら踊るわよ。勿論最初にダンスを申し込んで下さるわね? カイ」
「……! は、はい……! 勿論……!」
「女性がベルさん一人だから、夜まで踊る事になりそうだね……!」
「当たり前じゃない! 夜まで踊るわよ! それに性別なんか関係無いわ。お祭りなのだから、男同士でも小人とでも踊れば良いの!」
「その通りだ! 全員で歌い踊り楽しむのが祭りである!」
「確かに、その方が楽しそう!」
「余興もあるしなァ」
余興の言葉に、全員がハッとして一斉にカイを見る。
「ちょ……! い、一応、昼用と夜用、二種を用意してあります……!」
「んま! じゃあダンスは後で良いから、食べ終わったら昼の余興にしましょうよ!」
「うむ! そうするか!」
「いいねいいね!」
「カイ先生の余興に期待だなァ……!」
「モイィ~!」
「ちょ、ハードル上げないでください……!」
カイがあたふたする様子を見て、全員可笑しそうにした。
今はひとまず美味しい料理と会話を楽しみ、その後で余興と洒落込もう。
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次話は明日アップ予定です!




