71 完成式 前編
完成式当日。早朝からよく晴れて素晴らしい天気だ。
「うむ、うむ! 良き朝である!」
パンイチのケンが個室のバルコニーで仁王立ち、天気を確認すると満足そうに踵を返した。ガン、リョウ、カイ。全員の個室を回って叩き起こしてゆく。
「皆起きろ! 今日はめかしこむからな! まずは風呂だ!」
全員でまずは風呂に入り、その後で小人達が用意してくれた朝食を食べる。午前は最終準備と着付けなどをして、完成式は昼食から始まる予定だ。
「ガンナーの髪は、後で衣装に合わせて結いましょうか」
「おー」
「そうそう。小人さんが、朝食終わったらベルさんの家まで来るようにって」
「おまえ小人語分かるようになったのか?」
「や、完全には分からないけど何となくは分かるよ」
「すげえ」
昼から御馳走が待っている為、朝食はパンとヨーグルト、フルーツに蜂蜜とバター付き。後はミルクかお茶だけとシンプルだ。食べながら最後の打ち合わせもする。
「リョウさんは完成式の間は動けるのか? それとも厨房に?」
「折角の晴れ着だし、仕上げとか配膳とかは小人さん達が全部やってくれるって。料理自体はもう用意出来てるしね」
「おお、良かったですね」
「カイは余興の準備大丈夫か?」
「はい、私なりに頑張りましたよ……!」
打ち合わせを終えると、全員で魔女の屋敷へと向かう。入るとすぐ、召使小人が着付け用の部屋へと案内してくれた。そこで初めて互いの衣装を知る。
「ウワーッ、皆めちゃくちゃ恰好良いんだけど……!」
「ほう、揃いのようでいて少しずつ違うのだな!」
「それぞれの個性を出して下さっているのでしょうか。素敵ですねえ」
「落ち着かねえ~!」
「モモイモイ! モイモイモイモイモイ! モーイモモモッモイ~!」
「うお、めっちゃ喋るじゃん。頑張ってくれたんだよな、ありがとな……!」
着付けをしてくれた召使小人が得意げに、『本来昼と夜で装いを変えるべきですが、そこまで堅苦しくなくても良いだろうという主の意向で、最近では昼にも用いられる準礼装のタキシードで統一しております! また格式よりも宴における遊び心を重視してタイや小物、色なども各人に合わせてあります!』と説明している。が、勿論男達は小人語が分からない。ひとまず得意げなので自信作なのだと勝手に理解した。
「ケンさんとカイさんは二人とも黒だけど、細かい所が違うんだね。大人っぽい~!」
「へえ、ちょっとした事で変わるもんだな」
早速最強装備と同じく、順番に装いを見ていく事にする。
年長組は同じ黒のジャケットで、光沢ある拝絹襟が付いているがそれぞれ形が違った。ジャケットの下は二人とも胸にプリーツが付いた白いシャツ、ケンの方は腰帯を巻いていて、カイの方はベストを着用している。
ネクタイは二人とも同じ形の蝶ネクタイなのだが、カイは黒で統一、ケンは腰帯と同じく深紅の柄絹が使われていた。ポケットチーフはケンは蝶ネクタイと同じ布地で慎ましい形、カイの方は唯一の差し色のよう、ロイヤルブルーのチーフが花のようにふわりと捩じられ収められていた。カフスボタンもルビーが嵌まった金細工だったり、片や白蝶貝と銀の細工だったり、それぞれの個性に合わせたように細やかだ。
「モモッモモイモイ! モイモイモイ! モイモモッモーイ!」
小人が『年上のお二人はどちらかといえば正統派、同伴した女性を引き立たせるようなデザインとなっております! 年下のお二人はカジュアル寄りで個性を出したファンシータキシードのイメージで作っておりますよ!』と熱心に説明しているが勿論まったく通じていない。
「小人がほんと何言ってるか全然分からんけど、すげえ細かくてベルのこだわりを感じるな……」
「そうだね。あと僕の世界の正装とは全然違うんだけど、シンプルでかっこいい……」
「わはは! 後で髪もセットするからな! より恰好よくなってしまうぞ!」
「あなた達もすごく素敵ですよ、リョウ、ガンナー」
熱心な小人をぽふってやりつつ、今度は年少組の装いを見ていく。
「ふぅむ、リョウさんは王子か貴族のようだし、こんな華やかなガンさんを見るのも初めてだな……!」
「色味は全然違いますが、タイやラインだとかが合わせてあるのですねえ」
年少組はまずベースの色からして違った。ジャケットは、リョウは白を基調として、襟やベストやポケットのラインが華やかなシャンパンゴールドだ。ガンの方は深みのある赤を主体にして、二枚仕立ての襟やポケットに黒い縁取りが入っており、ベストも暗色で柄が入っている。シャツも年長組と同じく胸元にプリーツが入ったものだが、リョウは白でガンは黒、タイは蝶ネクタイではなくアスコットタイだ。リョウは襟と同色、ガンは黒で揃えてある。ポケットチーフの色や形、カフスの方も年長組と同じくそれぞれの個性に合わせてあった。
「軍服以外の礼装なんて着た事ねえから落ち着かねえけど、意外と着心地は良い」
「なにせきっちり採寸した上でのオーダー品だからね……! 超贅沢!」
「モイモイモイ!」
「よし、次は髪をセットするぞ!」
「はあい」
「おー」
小人の促しとケンの号令で、カイ以外は並んで座った。カイはガンの真後ろに陣取った。こんなおめかしの機会は滅多に無いので、当然髪を弄らせて貰うつもりなのである。
「モイ……!」
「おや、これはご丁寧に。ありがとうございます……!」
カイに小人がベルが指図したであろう髪型の指定画と、タイやチーフと同色の赤と黒のリボンを渡す。恭しく受け取った。
「……おまえは、自分のセットしなくていいのか……?」
「私は七三がオールバックになるだけですから。すぐ終わりますのでね!」
「流石カイさん、滅多に無い機会で性癖を満たす事を忘れない逃さない……!」
「髪結いとなるとカイさんは本当に強火である……!」
ガン以外は小人達が踏み台に乗って、きちんとセットしてくれた。多少の個性はそれぞれ出ているが、全員フォーマルさを感じる額を出したオールバックだ。ガンの方も額を出して、衣装と同色のリボンを編み込んだハーフアップで落ち着いた。
「そろそろ良い時間だな。全員整ったら始めるか!」
「色々本当にありがとうね……! 小人さん達も準備してきて良いよ!」
「モイッモイィ!」
「じゃあおれ達は先に会場行って用意しとくか」
「そうだね」
「カイさんはベル嬢を呼んできてくれ!」
「はい……!」
それぞれ散って最後の準備を始める。
ケンとガンは会場の最終チェック。リョウは小人達と料理の確認と直前の仕上げ。カイはベルを迎えにゆき、ややあり可愛らしい正装に着替えた小人達も続々と集まり――昼の開始時間が近付いた。
「うむ! 後はベル嬢が来れば――」
「お待たせしたわね!」
「今丁度来ましたよ」
全ての用意が整い、広場の長テーブルにカイとベルを除いた皆が集まった。そこに丁度、カイにエスコートされてベルが現れる。
「わ、すごい! ベルさん綺麗……!」
「何だあれすげえ……!」
「流石ベル嬢! 美しいぞ……!」
「モイッモイ~!」
一同が騒ぎ立てるほど、ベルの装いは華やかだった。
目が覚めるようなロイヤルブルー、ロココ調の夢のようなドレス。パニエで膨らんだスカート、豪奢な袖、繊細で透き通るたっぷりとしたレースの重なり、溜息が出るほど美しいドレープにリボン。派手過ぎず、けれど銀糸の刺繍が上品な華やかさを出している。普段はきわどい程に強調している胸元も、今日はデコルテの美を強調するように慎ましやかだ。
自慢の白金髪は、真珠を散りばめ高く結い上げた盛り髪で、宴の賑やかさに相応しく、瑞々しい花と羽根まで飾られていた。
「うふふ、ありがとう! どの殿方と踊っても映えるようにしたのよ!」
「とても美しいですよ、ベル」
「ほう……!」
「はっ……!」
ベルのドレスとカイのポケットチーフが同じ色で、密かにケンとリョウだけが気付いてほっこりする。ガンは今までにこんな華やかな装いを見た事が無いので、目を丸くしたままだ。
「あなた達もよく似合っておいでだわ。わたくしの見立ては間違っていなかったわね」
「うむ! よき仕事をしてくれたぞ! ベル嬢!」
「素敵な衣装をありがとうベルさん!」
「着慣れねえけど、嫌いじゃねえ……さんきゅ」
「それぞれの個性が出ていて本当に素敵です。ありがとうございます……!」
男達の仕上がりを見て、ベルが満足そうにする。男達も感謝を述べ、そうして全ての準備が整った。
「よし、では村の完成式を始める事とする――!」
ケンの宣言で、いざ完成式が始まった。
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