68 準備フォー
完成式まで残り三日。
準備中でもリョウの修行は毎日きちんと行われていた。
「わはは! 最近元気が良いなリョウさん!」
「つい先日ケンさん許すまじという出来事があったのでぇ~!」
「何だそれは!」
最近では頑張った甲斐があり、そうそう打ち合っていても吹き飛ばされる事は無くなったし、言葉を交わす余裕も出てきている。激しく打ち合う余波が大地を抉り、いつも練習場にしている死の土地は辺り一面削れまくっていた。
「勇者の勇者が大冒険にお心当たりはぁ~!?」
「簡単なクイズだ! それはリョウさんの下半身の別名である!」
「そうじゃなくて! ベルさんに話したでしょう!?」
「勇者の勇者が大冒険した様をか! 確かに話したな! 良くなかったか!?」
「良くなかったよ! 僕は滅茶苦茶恥ずかしかったよ……!」
「ははは! それはすまない!」
「朗らかな謝罪ィ……ッ!」
クッソ! という気持ちが高まり、渾身の一撃を放つ。簡単に受け止められてしまうが、少しばかりケンが感嘆の表情をした。
「今のは良い一撃だったぞ、リョウさん!」
「えっほんと!? 簡単に受け止められてるけど……!?」
「それは仕方あるまい! だが今までで一番良い! そろそろ段階を上げて良いやもしれぬなあ!」
「ちょッッ――ぉお……ッッ!」
笑顔でケンが無慈悲でえげつない一打を放つ。吹き飛ばされこそしないものの、受け――止めきれずにリョウの剣が宙を舞った。
「…………これ以上逞しくなるとベルさんに怒られるので、完成式の後からお願いします……!」
「ああ、そうだな! 俺もベル嬢にも釘を刺されたのだった!」
手がびりびりと痺れている。まだ上げる段階があるという事に舌打ちしたい気持ちもあるが、上げても良い段階に届いた事は嬉しい。何とも複雑な気持ちで、地面に座り込んだ。毎日一時間休みなく打ち合うという修行だったが、丁度終わる頃合いだ。
「…………ケンさんてさ、どうしてそんなに強いの?」
「うん?」
こちとら汗だくだというのに、大して汗も掻かずに鞘へと刃を収める様を見上げて思わず。リョウの方も腕を伸ばして弾かれた自分の剣を掴んで鞘へと収める。
「や、千年剣を振るってきたからっていうのは分かるんだけど。もうちょっと細かい来歴をですね……別に来歴が違うんだから今届かないのは仕方ないとか自分を慰めたい訳じゃなくてね……! ただの興味でね……!」
「成る程、慰めが欲しいか」
「じゃないって言ってるじゃん……!」
「わはは! たまには話すのも良かろう!」
戻る前に、と。愉快そうにしてケンがリョウの隣へ座り込む。
「……俺にはどうしようもなく才能があったんだ。運も良かった。恵まれた体躯に稀有の才能、それに幼い頃から学ぶ環境も整っていた」
「自慢じゃなくて只の事実なんでしょうねそれェ……王子様だから環境良かったの?」
スタートからして違うが、まあ妬んだり羨む事ではないなとは思う。それぞれ違うのは当たり前だからだ。
「王子だが、然程裕福では無かったぞ。小さい国だと言ったろう。だが乳母が良かったな。彼女が俺の才を見出し、学び育てる環境を何処からともなく用意した」
「薔薇の魔女……ベルさんのお師匠様だっけ。何か凄そう……」
「うむ、十歳頃にはドラゴンの群れと戦わせられたりしておった! 中々だぞ!」
「英才教育が過ぎるよ薔薇の魔女さん……!」
世界を渡る規格外の魔女。暇潰しだとしても、千年も傍にあって“育てた”というならば、それはケンの見込みが凄かったのだろうと思う。
「俺には天命があったのだそうだ。世界を纏め上げ、過去未来と比べても比類なき、平和な時代を築くという天命が。若い頃はそんな事があるかと笑っていたのだが、その通りになってしまったからなあ」
「いや、今のケンさんからは想像付かないけど、それが実現出来ていたなら本当に凄いと思うよ。……だって千年でしょ。千年平和が続いた世界なんて僕は聞いた事も無い」
「わはは! だが纏めるまでには相当の血を流したぞ。千年の治世と比べれば盛大に釣りは出るだろうが、一番俺を強くしたのがその血を流した時期だ」
ケンが思い出すように目を閉じた。ケンは物忘れが多いが、それでも魔女の事や戦時中の記憶はすんなり取り出せているように見える。平和な千年の治世より、戦いの記憶の方が鮮烈なのかもしれない、と思う。
「――……ふぅむ、思い返すとあらゆるものと戦ったな。戦わない日は無かった。単身でも、軍を率いてでも。人間や竜種に獣人を始めとする異種族、果ては巨人や神とも戦った。あれらが一番良い修行だったのは間違いない」
「神とも!?」
「俺の世界は神と人が共存していたからな。最高神レベルは滅多にお目に掛からないが、それ以外の神は遭遇するし意見が対立すれば戦いもする。リョウさんとて、神の啓示で色々試練をこなしただろうに」
「や、啓示はあったし姿を見た事はあるけどさ――戦った事は無いよ」
啓示はそれこそ夢枕や使者を通して行われていたし、直接まともに姿を見たのは、この世界に送られる為――いや、我が身を滅ぼして貰おうと謁見した時位だ。
「ふむ、世界の違いだろうかな。俺が持つ祝福達は、そうやって戦った上で手に入れたものだ。勝者への褒賞として、あるいは俺への隷属の証として、天命への期待と応援として、俺を愛する証として、理由は様々だがな」
「成る程、だから年齢に比例してとんでもない数の祝福が……」
「後期は最早芋づる式だったしな! という訳で今のリョウさんでは届かぬ程、俺はとんでもなく強い訳だ! 納得したか!?」
「僕のくだり必要だった!? 分かったけどさ!」
今までふんわりとしてた部分が鮮明になって、納得は出来た。世界も成り行きも違うが、結局は自分と同じく強くならざるを得ない環境だった訳だ。
自分とて、魔王が出続けて戦い続けて、千歳になったならケンと同じ位の化け物になったかもしれない――とは、思える。千年も自分の精神がもつとは思えなかったが。
「………………」
そこまで考えて、瞠目する。戦慄した。呆気に取られた顔でケンを見る。
「どうした?」
「…………ケンさん凄いね。今初めてちゃんと尊敬したかも」
「今までの俺は尊敬されていなかった……!?」
「いやまあ、今まではそれなりに……」
褒められているのかディスられているのか分からない顔をケンがする。そこはちょっとリョウも濁した。
「……千年も僕は、そんな“重荷”を背負えないよ。本当に凄いと思う」
「ふは」
愉快げにケンが笑う。
「もう然程重くは無いさ。放り出して来たからな!」
「えっ、待って! ケンさんて追い出されたパターンじゃなくて放り出して来たパターンなの……!? 前の世界大丈夫!?」
「わはは! 秘密だ! 次は俺から一本取れたら教えてやろう!」
「教える気が無い奴ゥ……!」
「今は無理でも、将来的には無理ではなかろう?」
「ぐぬゥ……! そりゃそうだけど……!」
ニッと笑ってケンが立ち上がる。リョウも顔を顰めて立ち上がった。
「……然程って事は、まだ少しは重いんだね」
「うむ、祝福が消えた訳では無いからな。まさかコピーされてしまうとは!」
「成る程……」
複製とはいえ、完全なコピーだ。前の世界の期待が肩に負わされているような状態なのかと思うが、真意は聞けていないので分からない。
「ハーッ、じゃあ……肩も凝るだろうし、仕方がないからケンさんの我儘と傍若無人は、少しは許してあげようかな……」
「おお、俺はリョウさんに対し無制限で自由になるのか……!?」
「少しだよ! 無制限何処から来たの!? ひとまず今回の事は許すってだけだよ!? 次は分からないよ!? いいですか!?」
「なあんだ、そうか! だが許されたようで良かった!」
悪びれずケンが笑って歩き出す。修行の後は完成式の準備があるのだ。リョウも同じくなので同じように歩き出す。
「ケンさん会場の具合はどう?」
「うむ、形になってきたぞ! 最初は天幕にしようと思ったが、結局茅葺き屋根にした! その方が今後も長く使えるからな!」
「ああ、雨でも外の広い場所で何か出来ると思うといいねえ……!」
「だろう、宴会料理の調子はどうだ?」
「小人さん達と頑張ってるよ。宴会用の見た目重視の料理ってあんまり作った事無いからさ、凄く勉強になる……!」
「おお、それは楽しみだな……! それはもう沢山食べよう!」
少し理解が深まった後は、完成式の話をしながら歩き出す。
やはりわくわくするものだ。
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