66 準備ワンツー
「ガンさん! 何処だ!」
完成式まであと六日。各々準備をする中――昼過ぎ、ケンがガンを探し回っていた。
「リョウさん! ガンさんを見ておらぬか!」
「えっ、昼食の時は居たじゃない。午後も一緒に会場設営だったんじゃないの?」
ツリーハウスの厨房で小人達と一緒に宴会用のフルーツや野菜の彫刻をしていたリョウが不思議そうにする。早めに作っておいても、時間が止まる倉庫に保管しておけば良いのでとても便利だ。
「いや、午後は設営前にダンスの練習をすると言っておいたのだがなあ」
「ひょっとして逃げた……?」
「何故だ!?」
「明らかにダンスなんてガンさん苦手そうじゃない……」
「踊った事も無いのに苦手も得意もあるまい!?」
「いやまあそれはそうなんだけど! 苦手そう……みたいな?」
「……?」
ケンがまったく理解出来ない顔をする。リョウもケンがまったく理解出来ない顔をする。
「時にリョウさんはダンスは大丈夫か?」
「やめて! 急に僕を巻き込まないで! 一応……一応、村祭りとか、姫様と婚約してた時に少し習った事はあるから、まあ多分大丈夫だよ……!」
「ふぅむ、ならば良かろう……」
「その、ガンさんが嫌がるなら無理に踊らなくても良くなぁい……? いや、まだ逃げたかは分からないけど……!」
「未体験なのに嫌がる理由が全然解らんのだが。折角だから色々な体験をさせてやりたいではないか!」
「成る程、親心のような……一度は体験させてやりたいと…………」
「あと俺が全員で踊りたい! 折角の完成式なので! 全員で!」
「本音はちょっと隠しておいて貰っていいですかね!?」
結局厨房周辺にガンは居なかったので、ケンは他を探す事にした。
魔女の屋敷。職人小人達の工房へ行くと、丁度カイが裁縫小人達に細かな採寸やら衣装合わせをされている所だった。
「カイさん! ガンさんを見ておらぬか!」
「いえ、昼食後は見ていませんが……御一緒だったのでは?」
「今の所、ダンスの練習が嫌で逃げ出したという嫌疑が掛かっている!」
「嫌疑……! 約束したのに逃げ出すタイプには思えませんが……」
「ふぅむ、それもそうだな……?」
「約束を破ってでも逃げる程ダンスの練習が嫌だったとか……?」
「何故だ!?」
「私も余興係からは逃げだしたいですけどね……!?」
「何故だ……!?」
「まあ、逃げませんけど……! きっと昼食でお腹が膨れて、そこらでお昼寝でもしてしまっているのではありませんか?」
「成る程!」
逃げたよりは寝てしまっている方がしっくりと来る。
流石にベルの所で昼寝はしないと思ったので、ケンは他の場所を探し始めた。
ツリーハウスや倉庫、村の設備を全て探す。居ない。ゲートの向こうの牧場農場スパ、海に至るまで探すが居ない。そもそも木札が村に居る事を示している。ブラフでなければゲートの向こうには居ないのだ。
「まさか本当に逃げたのか……!?」
あまりの居なさに呆然とした。よかれと思って提案したダンスの練習がそんなに嫌だったのかと、流石のケンですらややほんの少し不安になって来る。
そこに普通に魔女の屋敷からガンが出てきた。
「おう、ケン」
「ガンさん! 探したぞ! 何処に隠れていたのだ!?」
「……? 別に隠れてねえけど……ああそうか、練習するんだったな。悪い、ベルとちょっと話してて、結構時間食っちまった」
「ベル嬢と!? ガンさんが!?」
「煩えな。たまにゃ話くらいするんだよ」
「それは盲点であったなあ……」
ガンとベルが二人で談笑している様子は中々想像出来ない。変な顔をするケンを、ガンが顎で促す。
「で、何処で練習するんだ」
「……ガンさん、練習は嫌ではないか?」
「……? おまえが言い出したんだが?」
「リョウさんやカイさんから、ガンさんはダンスの練習が嫌で逃げ出したのでは? と言われてな。一応確認を……」
「ああ」
ガンがやっと理解した顔をする。
「苦手そうな予感はしてッけど、やったことねえからな。嫌かどうかは練習してから決める」
「そうか」
「それにおまえどうせ、全員で踊りたいんだろ?」
「うむ!」
「なら頑張るよ」
「っはは、流石ガンさんであるなあ……!」
「何だそりゃ」
ケンがにっこにこで先導するように歩き出す。今度はガンが変な顔をしたが、大人しく後をついていった。
* * *
完成式まであと五日。リョウは細かな採寸や衣装合わせの為に小人工房へ呼び出されていた。
「あなたね、ここ数か月で体型変わり過ぎなのよ! サイズの合わない晴れ着なんて許されないのだから! 今日はきちんと隅々まで測るわよ!」
「ひい、だって毎日ケンさんと修行してるからあ……! 体型も変わっちゃうんですう……!」
監督役のベルに叱られながら、裁縫小人に細かく採寸をされてゆく。
「時に、ベルさん……」
「なあに?」
「カイさんとの仲は最近どうでしょうか……?」
「ばっ、何をいきなり……!」
「だってぇ……! カイさんに聞いても教えてくれないしぃ……!」
「別に……! 普通よ! 良いお友達!」
やや頬を赤くしたベルがビンタの姿勢に入って警戒するが、採寸中なので繰り出されはしなかった。心拍をあげながら、意を決してリョウが切り込んでいく。
「まだ深い仲ではないという事ですか……!?」
「当たり前じゃないの!」
ベルが少女のようにぷんぷんとしている。どうしても最初のイメージで性に奔放で手の早いイメージがあったのだが、どうやら本当に未だらしい。
「そ、そうなんだ……ちょっと意外というか……いえすみません殴らないで……!」
「採寸中じゃなかったら殴っていたわよ! 本当に下品で失礼な小僧ね! どうせ来た瞬間ケン様としけこもうとしていた女なのだからとっくでしょ!? とでも思ったのでしょう!?」
「わぁん! だって僕しかそういうの聞く人居ないじゃない……!」
「確かにそうね! エロゴシップ大好き小僧! 人のゴシップならわたくしも嫌いじゃなくてよ!」
「酷い言われよう! そして酷い同意!」
この二人のあけすけな会話はいつもの事なので、小人達は生温かい顔をして採寸を続けている。
「大体ね、エロが最終地点と思うのが愚かなのよ! 寧ろ逆! エロなんていつでも手に入るの! 欲しければ今この瞬間にあなたに魅了魔法を掛けるだけで手に入るワケ! お分かり!? 勇者の勇者が大冒険さん!」
「ちょっと待ってそのワード何処から仕入れたの!? ねえ!?」
「ケン様に決まっているでしょう!」
「ケンさん絶対許さないいいいい」
「お黙り! だから、呪いが解けた今、別にわたくしは性急にエロを求めていないのよ。普通にお友達から始めるという素敵な時間を楽しんでいるの。とーっても高尚なんだから! 分かった?」
「はい……はい……僕が下品で俗物でしたぁ……大変失礼致しましたぁ……」
「ふん、分かれば良いわよ!」
「そうか……そうかぁ……えー、それってなんか素敵じゃない……?」
それはそれで、とリョウが急に夢想するようなうっとり顔になる。
「あら、エロ要素が無くても楽しみに出来るのあなた?」
「僕がいつでもエロいみたいな言い方やめてくれない!? だって親友と大事な仲間の小さな恋の花でしょう……素敵じゃない……? 滅茶苦茶見守りたいし応援したい……二人とも幸せになって欲しい……!」
「ハッ、そうかあなた……悲恋ばかりだったからそういうのにも憧れがあるのね……? いいわ、見守らせてあげる……!」
「だからケンさんは何処まで話したというの? 絶対許さないからあの人……!」
ケンへのヘイトがめきめき上がりながら、採寸が終了する。後は色んな布やらタイやらを当てられ吟味された後に解放された。
「今日はこれで良いわ。これ以上完成式までに体型が変わったらビンタじゃ済まないわよ。分かった?」
「さ、流石に大丈夫だと思うけど……! 筋肉に言い聞かせておきます……」
「そうなさい」
「いやーけど、おめかし? なんて本当久々だからドキドキしちゃうな……ベルさんも小人さん達もありがとうね……!」
「うふ……! こんな機会滅多に無いもの! 飾り立てるわよ……!」
何だかんだでリョウもベルも、とてもわくわくとしていた。暫し談笑した後、小人達にも礼を言って、工房を後にする。
準備は着々と進み、三日目に突入する。
お読み頂きありがとうございました!
次話は明日アップ予定です!




