62 生きる楽しみ
「ちょっと! あなた達どうしたの……!?」
「モ、モイ……」
主の声にしおっしおに燃え尽きていた小人の一人が顔を上げ、ベルを見ると涙を浮かべた。
「モイ……モイィ……」
「何なのよ……!」
厨房小人はよろよろ近付くと、ベルのドレスの裾に縋って泣き出してしまった。遅れて気付いた小人達も、ベルを見ると泣き出して同じよう縋りついていく。
「何だこれ。厨房小人だけ達成不可能な生産目標課したりしてたのか?」
「そんな事する筈ないでしょう!」
「いや、これはベルに会えて喜んでいるような……」
「長らく主人に会えなかったワンちゃんが再会を喜んでいるような……」
「ふぅむ、ひょっとして会うのは久しぶりか?」
縋りつかれて困惑した様子のベルが、ケンに問われて考える。
「そうね、呪われている間は呼び出せなかったから――久しぶりといえば久しぶりなのだけれど……」
「モイッ、モイィッ……!」
「はいはい、なあに?」
小人達の涙の訴えに耳を傾ける。モイモイ言っているようにしか聞こえないが、ベルには理解出来るらしい。
「あ、ああ……」
「モイィィ……!」
「分かった、分かったわよ。そういう事ね。それは悪い事をしたわ」
やっと理解出来たよう、ベルが頷き小人達を撫でる。
「原因が解ったか?」
「ええ。わたくしが呪われている間、働く事が出来なくて、生きる楽しみが奪われてしまっていたのが原因だわ……」
「生きる楽しみ……」
「働くの本当好きなんだな……」
「ですが、他の小人達は変わりなく働いていたようですが……」
「ドレスや靴、調度品だとかはすぐにわたくしが使わなくても作る事が出来るでしょう? 植物の世話もそう。料理はほら、食べる人が居ないと作る意味も無いから……」
「ああー……」
「他の小人の食事を作って楽しむ事は出来なかったのか?」
「小人とわたくし達が食べる料理は少し違うから……この子達、人が食べるような料理を作るのが楽しみなのよ……」
「ああ……」
厨房小人達は、やっと料理を食べてくれる主人が戻って来てくれて、今までの辛さが溢れ出したように泣いている。
「ウッ、もらい泣きしてしまいそう……!」
「リョウもお料理が好きですものね。気持ちがよく分かるのでしょう……」
「大丈夫よあなた達! これからはまた料理が作れるし、それにほら御覧なさい!」
ベルが小人達に男達を示す。
「わたくし以外にも、料理を食べてくれる人が増えたわよ!」
「モ、モイ……!」
小人達が一斉に男達を見る。やはりケンとカイには怯えたような顔をしたが、続けてリョウとガンを見ると、パッと表情が明るくなった。
「ぼ、僕も、僕も小人さん達と一緒に作りたいかも……!」
「小人の料理って食った事ねえな。食ってみてえ~」
「モイ……!」
「モイィ……!」
聞こえた言葉に小人達が飛び上がり、リョウとガンを囲んでぽふぽふする。とても嬉しそうだ。
「おお、リョウさんまでぽふられているぞ……!」
「料理が好きな者同士、気持ちが通じたのかもしれませんね……!」
「良かったわ。まさかこんな事になっているなんて……」
厨房小人が元気を取り戻したので、ベルも安堵の息を吐く。
「そうだ、ベル――この厨房と、村のツリーハウスの厨房を繋ぐ事は出来ませんか?」
「そうね、あちらにも扉があれば繋げられると思うけど」
「でしたら繋いでしまいましょう。今後はリョウと小人達が一緒に料理をして、あちらで皆で食べられるようにしたら良いのでは?」
「あら、良いわね」
「扉か、すぐ作ってやろう!」
「おお、じゃあおれも手伝う」
「では私とベルが空間を繋ぐ作業をしますので、ケンとガンナーはあちらに扉作りをお願いします」
「あ、えっと、僕は……」
「リョウは小人達と料理の相談や、交流を深めましょう」
良い感じに予定が決まり、それぞれ動いていった。
リョウは小人に手を引かれて、魔女の屋敷の貯蔵庫や今ある食材を見せて貰う。まだ村では入手出来ていない調味料や素材があり、大興奮した。
ただ呪われている間に外から補給が出来なかったからか、長期保存が出来る食材以外は心許ない。逆にそちらは村の方で手に入るので、互いを補い合えそうだった。
「これは……合わせたら良い感じだね」
「モイモイモイ」
「村の方の食材も見せようか。結構色んな種類の肉や魚があるよ」
「モイ!」
「ワニ肉とかもあるんだよ! あんまり調理した事無いでしょう!」
「モ、モイ……!?」
言葉は通じないが、何となくコミュニケーションが成立している。未知の食材に興奮する小人達を引き連れて、村へと出てゆく。
まずは畑や牧場を見て貰い、それから村の方で干したり加工中の干物や燻製を見せる。後はケンの倉庫に保存してある肉や魚を見せるべく、ツリーハウスの厨房の方へと戻ったのだが。
「ケンさん、ガンさん、調子どう?」
「おお、もう扉が出来る所だぞ!」
「やだ何それ可愛い」
ツリーハウスの中央の樹部分に張り付けるよう一枚の扉が作られていた。此処と魔女の屋敷の厨房を繋げば、小人達もリョウも自由に出入りが出来るという寸法だ。その扉なのだが、魔女の家にデザインを合わせたのか、丸みを帯びてとても可愛らしい。
「あれ、蝶番とか取っ手付いてる! 金属じゃん……!」
「これな、職人小人が手伝ってくれたんだ」
「へええ……!」
リョウに厨房小人が纏わりつくよう、ガンの方にも数人の職人小人が纏わりついてやり遂げた顔をしていた。
「何かな、ほら、肉だけ使って処理してねえ皮が倉庫に余ってたじゃん。あれひとまず預けとこって思ったら何人かついてきてよ。外にもすげえ興味津々で……」
「おお、じゃあ村の方のあれそれも手伝ってくれそうな感じなんだ……!」
「うむ! 俺にはさっぱり近寄ってくれんが、よき仕事をしてくれそうだぞ」
よく見ると、村の色んな場所を小人がうろついて仕事が出来そうな所を探していた。今まで呪いで屋敷に閉じ込められていた分、外の未開発の土地は魅力的に映るのだろう。どの小人も楽しそうに活き活きとしている。
「……何だか急に賑やかになったね。村って感じがしてきたよ」
「うむ、完成も近いな」
「完成したらどうするんだ?」
「まずは完成式だろう。そこで俺が村長に就任するのだ……!」
「ついに王から村長に格下がりすんのか……」
「格下がりなのほんと面白いんだよな……あ、そうそう。ケンさん、倉庫から食材を出して欲しいんだけど」
ケンの倉庫から肉やら魚やらを出して貰い、小人達に披露する。厨房小人達は目を輝かせ、作ってみたい料理を身振り手振りで早速リョウに教え始めた。
そうこうする内、カイとベルが戻ってきて――扉が完成しているのを見ると、ふたつの厨房の空間を繋いでくれる。ツリーハウス側の扉を開くと、魔女の屋敷の厨房に繋がるようになり、これで行き来が容易になった。
「これは……今までにない素敵な料理が作れそうだね……!」
「モイィ……!」
リョウと厨房小人達が高まっている。
「今日はベルさんと小人さん達の仲間入りを祝して、ちょっと贅沢に御馳走を作りたいんだけど良いかな……!?」
「おお、素晴らしいな!」
「わあ、楽しみです……!」
「いつもより贅沢な飯……!?」
「それは厨房小人達もすごく楽しめると思うわ。良いわね」
急に賑やかになった事だし、宴にも相応しいだろう――という事で全員から快諾を得る。喜び勇んでリョウと小人達は宴の御馳走を作り始める事にした。
残った面々も、折角の宴なのだからと食堂を飾り付けたり、小人達も楽しめるよう小人の食べられる物を採りに行ったりと、あれこれ準備をする事にする。
日が傾く夕方頃、すっかり準備が整って宴が始まった。
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