618 マナー賛否
「ダイアナ……熊の癖にカーチャンみたいな食い方してんな……」
「王城で見た、お姫様みたいな食べ方してる……」
「うむ、流石天界の姫である……!」
「お母様の躾が宜しいんですねえ……!」
『ぷ、ぷぃ……!』
リエラが何らかの感銘を受けたらしく、両手でぐちゃあと握っていたバナナを置いた。それから手を拭き、ダイアナをちらちら眺めながら見様見真似で出来る限り“おしとやか”に食べ始める。それを見てウルズスも両手に握り締めているりんごとおいものパンケーキを見た。
『あ……うあ……』
「ウルズス、無理はしなくていい……! リエラは兎も角、その手じゃ難しいよ……! 何かしたいならひとつ置く位にしなさい……!」
『だ、だって……ダイアナはできて……ぼくは……』
「よく見なさい、ダイアナは少し手の形が違うんだよ」
言われてみれば、神獣だからだろうか――ダイアナのおてては普通の熊より器用そうな形をしている。道理で花冠を作るのも上手だった。
『ぼ、ぼくだって人型になれば……!』
「そうだね、人型のマナーは少し練習したからね……! けど今はパンツが無いからそのまま食べなさい……!」
『う、うん……』
『……わたしの食べかた、なにかおかしいですか?』
知らず波紋を広げてしまい、ダイアナが不安そうに皆を見渡した。
「安心せい! ダイアナの嬢ちゃんは何も間違っとらん! 間違っとるのはマナーゼロの野郎共の方じゃわい! リエラとウルズスは動物じゃから宜しい!」
「タツも言うほど綺麗な食べ方じゃないですけどね」
「そうだぞ!」
「カイ殿とジスカール殿になら兎も角、ケン殿には言われとうない~! 王の中の王の癖にいつも山賊みたいな食い方しおってェ……!」
山賊風にブチィと肉を噛みちぎり、咀嚼しながら野次を飛ばしていたケンが『ぬう』という顔をした。
「俺はちゃんとしようと思えば出来る! だが普段はこういう食い方の方が美味いのだ! タツさんとて嫌いな野菜をほじくり返したりガンさんの皿に放ったりとお行儀悪いだろうが!」
「儂はガンナー殿に嫌いなおかずを食べて貰う約束しとるんじゃあ!」
「ま、まあまあ……! 二人ともその辺りで……!」
「リョウさんとて仲裁に入れる程のマナーではないからな!?」
「ちょ、飛び火ィ……!」
争いを止めようとしたリョウが逆に刺されて凄い顔をする。
「え、僕の食べ方おかしい!? カイさん!? ジスカールさん!?」
「ケンよりは綺麗ですよ。強いて言えば一口が大きいので、咀嚼中に話さざるをえないタイミングがある事と、パンを片手に持ったまま他を食べる辺りですか」
「ヒエーッ! 刺さるゥ……!」
「まあリョウの場合は勇者生活で染み付いた食べ方だろうし、そもそもマナーは国や文化で違いがあるから……! 一概には……!」
普段は食べ方の綺麗な女子組と混在してあまり目立っていなかったが、今は殆ど男ばかりの中――かつ、こぐまであるダイアナが人間達より綺麗に食べたという事で謎の気付きとざわつきが広がっていた。
「おい。ケンとリョウ、どうしてくれんだ」
「何だガンさん!」
「何!?」
「“赤ん坊”のおれはおまえらの食い方真似してきたんだぞ。って事はおれもマナーが悪いッて事じゃねえか」
クレームを入れるガンの食べ方は、確かにケンやリョウと大差ない。見て育ってきたから仕方のない事だった。
「そっ、それは気付きの問題であり……! 確かに初期は俺達が悪かったかもしれん! だがリエラを見ろ! たった今ダイアナを見て気付き自身で修正したではないか! 赤ん坊なのに!」
「そ、そうだよ! 後から食べ方綺麗な人増えたじゃん! そこで気付きを得なかったガンさんも悪いよ……!」
「クソッ、リエラは確かにおれより優秀だったよ……! けど今後赤ん坊が増えんだろ!? 全員がリエラみたいに賢いとは限らねえじゃねえか……!」
リエラが褒められ『フフーン』という顔をする。単純にダイアナを見て『そっちの食べ方の方がプリンセスっぽい!』と思っただけなのだが大変得意げである。
「すまないね、ダイアナ。来て早々醜い争いを見せてしまって……! けどこれはいつもの事で、皆仲が良いだけなんだよ……!」
『そ、そうだよ……!』
『ふふっ、だいじょうぶです』
ジスカールとウルズスが慌ててフォローをするが、ダイアナは可笑しそうに笑った。それからゆっくり卓上を見渡し、何かを探す。
『おかあさまは、わたしが外で恥をかかないようにいろいろおしえてくださいますが、おとうさまは違うことをおしえてくれるんです』
見付けたのは既にカットされたものではなく、丸ごとの林檎で両手を伸ばして手に取った。
『よそゆきとおうちはちがう。よそゆきはきちんとしないといけないけれど、場所によってしきたりが違うし、そもそもマナーとは相手を不快にさせないのが一番だいじだから、あまりむずかしく考えないようにと』
「オムニス……! 意外と良い事を言うではないか……!」
『それによそゆきだけでは疲れてしまうから、おうちではすきにしなさいと。村はみなさんのおうちだし、どの方もとってもおいしそうに食べていらっしゃるわ』
そう告げると、ダイアナが両手で持った林檎へ『あーん』と直接齧りつく。その仕草に皆が目を丸くした。小さな一口だったが、もぐもぐと咀嚼し飲み込む。
『……この食べかたも、おとうさまに教わったんです。一番おいしいからって。おかあさまには、内緒ですよ』
『ダイアナ……!』
『ねえね……!』
「ダイアナ……!」
「おお、ダイアナ……! おお……!」
ダイアナがニパッと笑い、その瞬間皆が感動の面持ちで打ち震えた。
「なんて、なんてよく出来たお嬢さんなんだ……! ウルズス……! 君の目は確かだよ……! ウッ、いいお嬢さん過ぎて泣きそう……!」
『へへー! でしょー!』
「郷に入ってはを体現し俺達のくだらん争いを収めつつ、自身の品位を落とさぬばかりか父母の株まで上げて来ただと……!? 何という手腕……ッ!」
「恥ずかしい……! 僕らが恥ずかしい……! もう醜い争いはやめよう……!」
お客様かつこぐまのダイアナにそんな事をされては、人間達も矛先をおさめ『良い子』になるしかなかった。
「おれもリエラとダイアナを見習ってお行儀良くするぜ……。今後はカイとかジスカールを参考にする……」
「僕も気を付けるよ。今はおうちだけど、いつよそゆきがあるか分かんないし……!」
「儂ゃ他所ではちゃんとしとるから無問題じゃあ!」
「俺もだぞ!」
二名ほど反省が無い者も居たが、続けて食べる仕草は多少行儀が良くなっている。本当に多少だが。
「移住してくる赤ん坊達は小人が育ててくれますし、必要なら私とジスカールでマナーの授業もしますから大丈夫ですよ」
「なら安心かあ……!」
「うむ、解決だ。時にダイアナ達は午後どうするのだ?」
『案内はごぜんにしたから、ごごはあそぶよ!』
『はい、ウルズスさまが水あそびや木のぼりをおしえてくださるんです』
「それは大変宜しい! 子供らしく沢山汚れて来るが良い!」
ワクワクしたダイアナの顔に頷き、皆昼食を終えるとまた思い思いに散っていく。午後は予告通り、おかあさまに内緒で沢山の遊びをウルズスに教えて貰った。ドレスを脱いで川に飛び込んだり、駆けっこしたり木のぼりをしたり、お相撲をとったり。全てが初めての体験で、朝来た時と比べてダイアナの顔はみるみる明るく健康になっていった。
『おとうさま! おかえりなさい!』
視察を終えてオムニス神が戻ったのは夕方頃。出迎えに駆け寄って来るダイアナを見ておとうさまは目を丸くし――それから爆笑した。何せ、あのダイアナが“裸ん坊”で元のシロクマの名残が見付けられない程に泥色をしていたのだから。
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