614 墓場パーティー
それはジスカールの一言が切っ掛けだった。
急遽結婚式の日取りが確定し、来月には赤子達の受け入れが決まり、村はにわかに騒がしくなった。日々の仕事をこなしつつも準備に余念は無く、皆の表情は明るい。食卓での話題も結婚式の打ち合わせが主で、皆で当日を楽しみにしていた。
「そういえば、バチェラー・パーティーはやるのかな?」
「何だそれは」
15日、結婚式の一週間前。ツリーハウスの食堂にはケンとジスカールが居た。ジスカールは卓上で以前集めた時計達を直しており――活動拠点が増えるので、どの土地に居ても時差が確認出来るようにと修復を急いでいる、と。ケンは結婚式の為、大きな紙を広げて設営図面を描いている所だ。
「バチェラー・パーティー。バチェロレッテ・パーティー。ブライダルシャワー。国や新郎新婦の違いで色んな呼び方はあるけれど、結婚前夜に新郎新婦それぞれが同性の友人達と独身最後を祝うパーティーの事だよ」
「ああ! 墓場パーティーの事か!」
「ケンの世界ではそう呼ばれていたんだね」
恐らく結婚を人生の墓場とかけた冗談的な名づけであろう。擦り合わせてみると、内容自体は大差ない。結婚式前夜、もしくは数日前に新郎は男友達と。新婦は女友達と。独身最後を祝うパーティーだ。新郎新婦は式の準備で忙しいので、幹事は友人達が行う事も多いとか何とか。
「ふむ、準備に追われて失念していたな。でかしたぞジスカールさん……!」
「いや、忙しいなら無理にやらなくても良いと思うのだけれど」
「何を言う! この機を逃せばリョウさんはもう二度と出来ぬのだぞ!」
「それはまあ、リョウが主役の回は出来ないだろうね……」
何の気なしに言ったのだが、ケンが思った以上に乗り気でやってしまったかもしれない。先程まで図面とにらめっこしていた顔が、今やニヤニヤと“悪だくみ”に満ちているのだから。
「そうか、そうだな……! 寧ろ丁度良いではないか……?」
「ケン……?」
「ジスカールさん、オムニスを呼ぼうぞ」
「……!」
「男子会も墓場パーティーもさして変わるまい。うむ、考えれば考える程このタイミングの方が宜しい。奴から祝儀もふんだくれるかもしれんし……!」
ケンの言葉を聞いて、ジスカールもふっと笑った。眼鏡を外し、眉間を揉み、また掛ける。それからゆっくりと頷いた。
「それは名案だ。そういう事ならわたしも賛成せざるをえない」
ジスカールのオムニス神への恨みはまだ晴らされていないのだ。がっちりと握手を交わし、急遽予定に墓場パーティーが追加された。そこに珈琲を淹れに来たジラフと、昼食の用意をしようとリョウが現れたので早速伝える。
「えっ、墓場パーティー……!?」
「アラッ良いじゃない! 早速ベルちゃん達に伝えるわッ! 明日ちょうど皆で海上都市にエステを受けに行くのヨッ! そのままお泊りで――が良いわネッ!」
「流石ジラフさん! 話が早いぞ!」
「幹事はケンがしてくれるそうだけど、リョウの予定はどうかな?」
ジラフも即同意してくれて、女子側は問題無さそうだ。問われたリョウは考え込み、悩ましく唸る。
「そうだな……20日におしどり花が咲くから、そこからは花冠を作らなきゃならないし、豚の丸焼きも焼かないといけないから20日より前が良いな……!」
「豚の丸焼きは相当時間が掛かるものネ……!」
「後はえーと、オムニス神呼ぶんだよね……!?」
「うむ、日取りが決まった時点で打診しようと思う!」
「じゃあ、出来る限り早めでお願いします。女子組みたいに明日とか明後日レベルで……!」
何故か悲愴に覚悟を決めた顔でリョウが頷いた。ケンが首を傾げる。
「リョウさん、その心は?」
「ケンさんが幹事でオムニス神が来るとなったら、絶対に僕らもただでは済まない。ダメージが残ったまま式を迎えるのは嫌なので早めにお願いします……!」
「成る程な! その覚悟や潔し! ではオムニスに打診してくる!」
納得したケンが、どすどす二階の集会所へ上って行った。すぐにカピモット人形越しに相談している声が聞こえて、リョウが深い溜息を吐く。
「賛成したわたしが言うのも何だけれど、大丈夫かいリョウ」
「や、大丈夫だよ……! 祝ってくれるのは素直に嬉しいし、死なばもろともだと思ってるし。ほら、ちょっと覚悟が要るだけでさ。毎回苦しむのは確かなんだけれど、終わると結構良い思い出になるしさ。決して嫌じゃないよ……!」
「そう、良かった。わたしも君と一緒にちゃんと死ぬから安心して欲しい……!」
「ジスカールちゃんの捨て身の復讐、アタシ応援してますからネッ!」
誰も無傷で済むと思っていない所がもの悲しいが、新郎も納得しての決行なのでよしとする。そうこうしていると、再び足音を鳴らしケンが戻って来た。
「話がついたぞ! 男子の墓場パーティーは明後日だ。ただオムニスは明日から来る。二泊するらしいから、部屋を用意してやってくれ」
「え、前乗り意外なんだけど……!」
「これから携わる世界の現地視察も兼ねているのかな?」
「それがなあ……」
ケンが半笑いでジスカールを見る。何故見られたか分からず首を傾げると、堪え切れずにケンがプスーッと噴き出した。
「え、何だい……!?」
「あれ以来ダイアナの元気が無いらしい」
「ダイアナってあの……!?」
「そうだ、ウルズス初恋のダイアナだ」
それで此方を見たのかと理解はするが、ダイアナの元気が無い事で笑う理由が分からない。
「明らかに元気が無くなり、夜も眠れず食も細くなり――クレスケンスルーナ神が心配で話を聞いたところ、『ウルズスさまに会いたい』と言われたそうでな?」
「ヤダッ! それってまさか……!?」
「そう、恋煩いだ! ジスカールさんが恨んだように、クレスケンスルーナ神もオムニスに激怒したらしくてな! 酷い目に遭ったらしいぞ! ああ可笑しい!」
「ケンさんの笑いどころそこかーッ!」
「キャーッ! ウルズスちゃんッ! 両想いじゃないッ!」
リョウが納得し、ジラフも頬を押さえて黄色い声をあげる。ジスカールは目を丸くし呆然としていた。
「……と、いう事は……ダイアナも来るのかい?」
「うむ、そうだ。今回はオムニスの眷属扱いで同行するらしい。故の二泊三日だ」
「よくクレスケンスルーナ神が許したね……!?」
「苦渋の決断だったそうだぞ。遠くへ遣りたくはないが、ウルズスに会えねば元気が戻らぬからな」
「そうか……」
墓場パーティーを男女同日に行ってしまうと、村に見守り役の人間が居なくなってしまう為、翌日にしたそうだ。つまり苦渋の思いで送り出すものの、ダイアナに何かあったら許さないという事だ。
「クレスケンスルーナ神からは、万が一ダイアナに何かあったらオムニス神は元よりカピモット神も酷い目に遭わせる。それによりこの世界にも影響が出ようから英雄達は丁重にもてなしダイアナに元気を出させろ、だそうだ! わはは!」
「脅しが過激ィ……!」
「わあ……! 急に爆弾ぶち込んで来るゥ……!」
「わたしの復讐心など可愛いものだったなあ……!」
復讐する気満々だったのに、クレスケンスルーナ神が既に酷い目に遭わせたらしいので寧ろやや同情心が湧き上がってしまった。ともあれもう、来る事は確定しているし予定は変えられない。
「ウルズスは喜ぶだろうな。リエラは――この間納得していたようだから、大丈夫だとは思うけれど……」
「ああ、例の嫉妬……」
「その辺りは人間達が配慮しましょうネッ!」
「うむ! どの道いずれ訪れる試練である!」
早いか遅いかで避けては通れない道なのだ。当初の予定より話が大きくなってしまったが、皆頷き合うとそれぞれ準備に動き始めた。
お読み頂きありがとうございます!
次回更新は火曜日です!




