610 受け入れ進捗
周年祭から一ヶ月ほど。村は穏やかに発展を続けていた。
農場と牧場の拡大は順調で、“五人目”との戦い跡地を中心に広がっている。まだまだ今居る人数で世話をしきれる範囲だが、今後人が増えればもっと拡張されて行く見込みだ。
近いとまでは言えないが、跡地からそう離れていない所に良い古城も見つかった。ジスカールが土地を調べ、ベルが城を調べ、どちらも問題無いとの事で現在は工房化作業が進められている。
世界の浄化や調査もそれぞれ続けられていた。夏はガブリエラ騒動に始まりファナティック来訪からの上天界訪問等々色々あったが、それに比べると秋は今の所ずっと穏やかだ。平穏に感謝しつつ、今日もメイは日課の神棚への祈りと報告をしていた。
「――でな、そろそろおしどり花が咲くんです」
『わあ! さいたらけっこんしきができますねっ!』
「へぇ……!」
上天界で共に戦ってから、神達とは更に親しくなった。少し前までは挨拶と、簡単な日常報告をしてから仕事へ――というのが定番だったが、最近は雑談に花を咲かせる事も多くなっている。今まさに、メイとマーモット神がしているのがそうだ。
「それで、あのう……」
『どうしましたか?』
「神どん達の方はどんな感じだろか? まだまだお忙しいかな……?」
ツリーハウスの集会所。声ばかりは元気そうに聞こえるが、話し相手は神棚のカピモット人形相手なので表情などは窺えない。
『いそがしいですけど、わたしたちげんきですよ! オムニスさまもいろいろおしえてくださるんです!』
「良かったぁ……! お辛い目には遭っとらんですか?」
『はい! あれからほんとうにみなさんよくしてくださいます! ウンブラさまも、きにかけてよくあいにきてくれるんですよ!』
「わぁ、それはカイどんも喜ぶでしょう……!」
元気そうなのも良くして貰っているのも安心した。ただ忙しそうだなとは思う。それで次を言い出せなくて、もじついていると――神の方からは此方の様子が見えるのか、不思議そうな声が聞こえた。
『メイ……なにかありますか? えんりょせずいってくださいね?』
「はっ、あのう、そのう……! えっと、お忙しいところ恐縮なんだども……!」
『はいっ!』
「もし、もし……ご都合が良ければ、なんだども……!」
『はいっ!』
マーモット神の声はどんとこい! という頼もしさに満ちている。それでメイも腹を括った。
「おしどり花次第だもんで、まだ細かい日時は――なんだどもっ、もし、もし神どん達の御都合がその時良かったら……っ!」
『はい……っ!』
「おら達の結婚式、神どん達も来てくれねえだろか……!?」
『きゃあ! いきます! ぜったいいきます! うれしいです! だいじなメイのけっこんしきですもの! おこられてもいきますっ! わたしひとりでもぜったいにいきますっ!』
「やったああああ……!」
怒られてもという不穏なワードはあったが、物凄い勢いでマーモット神が食いついてくれたのでメイも手放しで喜ぶ。
『わがともにもきいてみますね! ちょっとまってくださいね!』
「へぇ……! ありがとうごぜえます!」
カピモット人形越し、軽くて小さな足音が遠ざかって微かに話し合うような声が聞こえた。揉めているという程でもないが、スムーズでもない気配があったので思わず人形に頭を近付け耳を澄ませる。
『え、えー! どうしよう、困ったな、いつですか……!?』
『おはながさいたらですよ!』
『いつ咲くんですか!?』
『それはおはなにきいてみないと』
『早急に聞いてみてください。結婚式の正確な日時が欲しいです……!』
何やらカピモット神が困っている。何か都合が悪いのだろうかとメイが首を傾げ、様子を窺う内にまた足音が近付いてきた。今度は二神分だ。
『メイ、お待たせしてすみません。まずはご結婚おめでとうございます!』
「わぁ、ありがとうごぜえます! え、ええと、そのう……」
『私も是非参加させて貰いたいのですが、ちょっと色々というか――ううん、その辺りも含めて一度皆さんとお話した方が良いかもしれないなあ』
「い、色々……!」
『詳しい話は直接お会いした時にしましょう。今日の夜にでも、ケン達を集めて貰えますか?』
その言葉に目を丸くした。神達が直接来る時は、新入りが来たりだとかの大体“大ごと”である。メイの顔が明らか不安そうに見えたのだろう、慌ててカピモット神が言葉を続ける。
『あの、あれです! 救出作戦の! 保護した生命達の受け入れ進捗をですね……! 大丈夫です戦いになるとかそういう話ではないです……!』
「あ、ああ……! 良かった……! じゃあ今夜、夕食後にでも集会所に集まって貰いますっ!」
『分かりました。お願いしますね』
『メイ! またよるあいましょうね!』
安堵しながらひとまず交信を切り、これは早めに伝えておかねばとメイも腰を上げた。歩き始めて一歩、ふと思う。
「…………や、いやぁ、戦いが無えだけの大ごとだな?」
* * *
そして夕食後。英雄達と小人の長老が集会所に集まった。トルトゥーガだけは急に来られなかったが、念話でタツが中継を繋いでくれるとの事だ。
「受け入れ進捗というからには受け入れの方向性なのだろうなあ」
「本当にあの子達ったら次から次へと面倒を持ち込んで来るわねッ!」
「まあ、前々から一応の打診はされてましたしねえ」
「時期が悪いッ! メイの結婚式準備と工房化で忙しいのよわたくしは!」
本気で怒っている訳ではないが、ひとまず文句を言いたいだけの“いつもの”を聞かされつつ。どこ吹く風でジラフが幸せそうに笑った。
「ウフッ! 今のアタシは無敵だから何でも頑張れちゃうわあッ!」
「指輪を得てからのジラフ氏の働きは凄まじいでござるからな!」
「そのバフいつまで続くんじゃ? もう一月近く経つけども!?」
「馬鹿ねェ! 永続バフに決まってんじゃない……ッ!」
笑顔の絶えないジラフの左手の薬指には指輪が嵌まっている。ジスカールも揃いの指輪を嵌めている。このアイテムを得てからのジラフの労働意欲は凄まじく、これまでも十分働いていたのに今は作業が倍の速度で進む程度のバフを得ていた。
「ジラフさんもだけど、カグヤさんも最近調子良いよねえ」
「ドゥフゥ! 周年祭が楽しかったからでござるな! 拙者もやる気に満ちておりまするぞ……!」
「よく分からんけど作業が進んで良い事だぜ」
ジラフは兎も角、最近は何故かカグヤもやる気に満ちている。理由は分からないが良い事だ――とわいわい雑談していると、不意に空中に光が生まれた。
「おお、来たか」
『皆さん、お待たせしました』
『おまたせしましたっ』
光が二人分の人型を形作り、輝きが治まると同時に二神が姿を現す。見慣れた幼い姿に全員が視線を遣り――遣って一度『ンッ?』となってから、三度見位する。
「神どん達……っ!」
「ねえ! 二人ともちょっと成長してない!?」
『はいっ! そうなのです!』
『えへへ、背も少しですけど伸びました……!』
以前はカピバラ神は十歳位の男児、マーモット神の方は六歳位の女児に見えていたものだが少し成長していた。今は12歳と8歳位に見える。
『オムニスさまからおしえをうけるようになったおかげです! みもこころもせいちょうするというやつです!』
「そういう成長の仕方なんだ……!?」
『私達は同期に比べて幼い方でしたので、やっと適正に追いついて来たという感じですかね……! じゃなくって、本題です……!』
久々に直接会えたのが嬉しくて、思わず会話を弾ませそうになったが。思い出して本題を先に済ませる事にする。皆がやや緊張の面持ちを浮かべる中、カピバラ神が厳かに懐から巻物を取り出して広げた。
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