590 前途多難
「――ねえ、ベルちゃん」
「なあにジラフ」
「まだ確信では無いのだけどネ……聞いてくれる?」
「あら、どうしたの?」
魔女の屋敷、仕立ての相談や採寸の為の部屋。室内にはベルとジラフだけが居て、二人で村完成式一周年の衣装相談をしていた。既に卓上には何枚かのデザイン画と、生地見本などが散らばっている。途中まではノリノリで自分の衣装を相談していたジラフだが、ふとしたタイミング。悩ましい顔でベルを見る。
「その、えっと、アタシの杞憂かもしれないんだけど……」
「歯切れが悪いわね。何なの?」
「カグヤちゃん、ガンナーちゃんの事好きじゃない……?」
「何ですって……!?」
新たなデザイン画を描いていたベルが、衝撃発言にペンを取り落とした。拾う間もなく身を乗り出す。
「何があったの? 経緯は……!?」
「ほらアタシ今、皆にダンス教えてるでしょ。カグヤちゃんはタッちゃんともトルトゥーガちゃんともガンナーちゃんともジスカールちゃんとも組んで練習したのよ。けど、こう……」
「こう!?」
「不慣れだから全員に緊張はするんだけど、ガンナーちゃんと組んだ時だけカグヤちゃん耳まで赤くなってたわ。一番厳しい特訓されたっていうのに……」
まだ漢女の勘でしかないのだが、どうにも引っ掛かっている。
「耳まで赤く……わたくしカグヤが殿方に邪な興奮はしても、そんな風に赤面した所は見た事が無いわよ……」
「でしょう……!?」
「けれどあの子、壁になりたいという話ではなかった……!? 男同士がイチャつくのを見るのが幸せではなかった……!?」
「基本はそうだけどホラッ! 子供の頃はちゃんと好きな子居たじゃない!?」
女子会の時のカグヤの話を思い返す。流石に幼稚園や小学校低学年の頃には好きな男子は居た。以降はオタク趣味にのめり込み、何も生まれなかった見合いと合コンを少々経験しただけで他にそれらしいエピソードは無い。
基本的に趣味の楽しさを上回らないなら恋愛など面倒というタイプだが、『老後だとかを考えると結婚はした方が良いのか……?』と悩む程度に意識はしていた。だがオタク向け婚活などをする前に死亡し転生、現在はその悩み自体が成立しない世界に来ているので『自由に妄想だけ出来る!』と解き放たれている。
「面倒な行為と認識しているから積極的にしようと思わないだけで、ちゃんと人を好きになる感情は持っている……」
「ええ、意図せずとも予想外の恋に落ちてしまう可能性は――ある……」
「ガンナー……あの子は罪作りだから、十分あり得るわね……」
「ガンナーちゃんは本当にネ、ずるいわよ。急にドキッとさせてくるから……」
二人とも黙った。ガンは『そういう所だぞ』の常習犯だ。恋愛経験の少ないカグヤなどイチコロであろうとも思ってしまった。
「これがジスカールちゃんにも赤面していたなら、アタシも流せたわ。けどジスカールちゃんに対しては妄想材料としての興奮だった……」
「妄想材料としてはどちらも大好物だものね。異性としての意識が入っているから、ガンナーには違う反応が出てしまったように思う……」
「ガンナーちゃんは歳も近いのよ。リョウちゃんでも赤面するかしら……」
「ムッシューもリョウも“人の物”だから最初から認識外という可能性もあるわね」
また二人とも黙った。これはまだ『ひょっとしたら』レベルの“おばちゃん達の邪推話”でしかない。だが双方とも邪推だろうと心配してしまう理由があった。
「救出作戦の時に何かあったのかしら……」
「その線が一番強いわネ……」
「恋するのは自由だから、もしそれが本当だったとしても、わたくし達が口を出す話ではないけれど……」
「ええ、それはそうなんだけど……」
再三黙り、ややあり互いに目を合わせた。
「……ケン様に消されるかもしれないわね」
「アタシもそれが心配で……ッ!」
恋は自由だ。だが村でガンに恋をするのは物理的に生命の危機を伴う危険性がある。他にも理由はあった。女子会でいえばベル達はカグヤを応援する立場になるだろう。しかし“三人会議”ではケンを応援する立場になってしまう。
カグヤ自身の無事は勿論、二人としても立ち位置に迷う繊細で難しい問題なのだ。それだけではない。お互い知っている事は知らないし口にも出せないが、ベルもジラフも『ガンの寿命があと数年』という事を理解している。
杞憂であればいい。だがもし本当なら、カグヤにとっては前途多難、しかもリミット付きの辛い恋になるだろう。だからといって止められる事ではないが、“おばちゃん”達としては気に掛かるし心配になってしまう。
「――ジラフ、この件は慎重に。わたくし達だけの秘密にしましょう。ケン様から言って来ない限り、三人会議でも言わないこと」
「ええ、分かってる。杞憂なら良いんだけど、本当だったら色んな意味でサポートしてあげなきゃ……。二人で確り観察しておきましょう」
「そうね。もし本当なら、完成式典で何かしら反応がある筈……」
互いに頷き、ベルがふと卓上のデザイン画に目を留めた。カグヤに着せる予定のドレスだ。それを手に取り、しげしげと眺める。
「……少し、変えてあげようかしら」
「アラッ、どんな風に?」
「ケン様とカイ、リョウとガンナーの礼装はもう去年作ってあるの。メイのドレスはリョウとお揃いになるように、白とシャンパンゴールドを基調にしたわ。ガンナーは赤と黒が主体なのよ」
「成る程……」
ベルの手元にあるデザイン画には、スミレ色のカラードレスが描かれていた。これを赤と黒にする位なら、今からでも間に合うし仕立てられる。
「ねえ、素敵な思い出は多い方が良いと思わない?」
「……そうネ、アタシもそう思うわ」
ベルが眉を下げて問うと、同じ表情でジラフも頷いた。
* * *
ツリーハウスの厨房には、良い匂いが漂っていた。リョウとメイ、ジスカールが宴会料理の作り置きをしている最中である。
「いやあ、今年は皆が手伝ってくれるから随分楽だねえ!」
「モイモイッモイ~!」
「去年はリョウと厨房小人だけで作ったのかい?」
「そうだよ。宴会料理は不慣れだったし、材料も今より限られていたから結構大変だった……!」
「料理の出来る方は本当に尊敬するでござる! 有難いですなぁ……!」
厨房から食堂を挟んで隣のリビング。其方ではカグヤが洗濯物を畳み、その傍らではウルズスが集めて来たモザイク用の石を選別しており、更にその近くでロボ太郎とリエラが遊んでいる。
『えんかいりょうりって、いつもとちがうの?』
「いつもより豪華で種類が多いと思ってくれればいいかな!」
『わあ、たのしみー!』
「ふふっ、ウルズスどんとリエラどんが食べやすい料理も沢山作るからなぁ!」
『あいー!』
和気藹々、皆宴が楽しみでわくわくと作業をしている。その途中、ふとカグヤが気付いた。
「ウルズス氏、今回の石は白いのばかりでござるな?」
『えへへ……うん。ちょっとその……ダイアナをつくろうかとおもって……』
「ンギュイィ……! 尊いィ……! 恋してるゥ~!」
白い石ばかりを集めて選別していたウルズスが、てれてれとはにかむ。それを見てカグヤが悶絶した。ジスカールはやや複雑な顔をする。
「わたしもまだそのお嬢さんの姿を見た事が無いから、是非見てみたいね……!」
「シロクマの赤ちゃんを想像したら近いでござる! ダイアナ氏は本当に愛らしく麗しのこぐまプリンセスでして……!」
『ぷぃ……?』
プリンセスという響きにリエラが敏感に反応した。ロボ太郎と遊ぶのをやめてカグヤによじのぼってくる。
『ぷぃーえす! あたち!』
「ンギュウホオォ! リエラ氏もソーキュート! 村のプリンセスでござるよ~! ベル氏が素敵なドレスを今作ってくれておりますからな!」
『あい~!』
ソーキュートを貰って満足顔のリエラが、次は『にいに』に飛びついた。
『にいに!』
『なあに、リエラ』
『こぃ……?』
リエラとしては純粋に『恋』という初めて聞く言葉を問うただけであった。だがその瞬間、ジスカールが戦慄する。
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