589 痛みし学び
「流石ガンナーちゃん……! 女子相手でも一切容赦無し……ッ!」
「LV9999の性別に何の意味がある。そりゃ非戦闘員のもんだぜ」
ガンの世界では性別による兵士の性能差など無い。そもそもカグヤなど非戦闘員の成人男性の何百倍以上強いのである。女子だからといって手加減する理由は何ひとつ無かった。
「く、くおォ……ッ! だが然しそれでこそガンナー氏ィ……!」
「オラッさっさと起きろ。続けるぞ」
「はひぃ……!」
地面で悶えていたカグヤが慌てて起き上がる。鬼軍曹の顔とヘマをしたら投げ飛ばされる事で、異性と向き合いダンスの練習をしているという認識は最早無い。逆にダンスではないと思えるから上達は早かった。程なく要求水準を満たし、ついに本来の基本姿勢をとっての練習にまで辿り着く。
「じゃあ次はちゃんとホールドしてみましょうッ!」
「分かッた」
「ヒイ~ッ! ガンナー氏と手を繋いでしまうゥ~ッ!」
「煩い喧しいさッさと姿勢をとれ」
恥じらう間も無くガンが近付き、右手を握られ背に腕が回った。
「ヒャッ、オッ……ッ!」
「ほら、おまえも手回せよ」
「……!」
ホールド姿勢をとった途端、カグヤがボッと耳まで赤く染めてフリーズした。これまでに無い反応にジラフがハッとする。
「これは……ッ、トルトゥーガちゃんやタッちゃん相手では無かった反応……! ガンナーちゃんだからなの……!?」
「あん?」
「アアァ……、アアアァ……! か、顔がァ……! ガンナー氏背低いから顔が近いィ……! こんな身体の前面がくっ付きそうな距離でェ……!」
「喧嘩売ってんのかおまえはよ……!」
タツもトルトゥーガも2m前後あるので、確かにカグヤと組んだ時は顔が遠かった。ガンは170cm、カグヤは161cmなのでこれまでに比べて明らかに顔が近い。ホールドもこれまでになくフィットして丁度良いサイズだった。
「言われてみれば確かに……ッ! カグヤちゃん大丈夫!? 耐えられそう!?」
「かかか嘗てない最推しとの接近に心臓が爆発しそうでござるゥ~!」
「煩えなァ。おい、カグヤ」
「はひぃ!?」
「訓練自体はさッきと同じだ。今度は投げねえ」
「えっ」
失敗したら投げられるというプレッシャーでこれまで戦って来たのに、とカグヤが目を剥いた。その顔を間近に、ガンが血も涙も無い顔で告げる。
「次は腕を極める。滅茶苦茶痛えぞ」
「アヒイィ~! 頑張ります頑張ります故それは何卒ォ……ッ!」
「流石ガンナーちゃん……! カグヤちゃんの恥じらいが吹き飛んだッ!」
戦場では恥じらいなんか持った奴から死ぬとばかり、容赦無く練習が再開された。とはいえ先程より距離が近く、どうしても羞恥が擡げて一度失敗してしまい広場にカグヤの悲鳴が響き渡る。
その後一時間程して、手の空いたジスカールが呼ばれた。
* * *
「カグヤの練習が難航してるんだって? わたしで手伝えるかどうか――」
「いいえ、もう難航は解決したわ! もう大分ガンナーちゃんは慣れたから、最後にジスカールちゃんで仕上げをしようかと思って!」
「ああ、そうなんだね」
カグヤの方を見遣ると憔悴しきり肩で息をしていた。
「え、大丈夫かいカグヤ……!?」
「だ、大丈夫でござる……! 三度しか失敗しなかったでござる……ッ! もうガンナー氏には慣れたでござる……ッ!」
「可愛そうに……よっぽど痛かったのネ……」
「ジスカール、大丈夫だ。もうこいつに基本の動きは全て叩き込んである」
哀れむジラフの隣で、ガンが『完璧な仕事をした』とばかりに頷いている。
「そ、そう……所で仕上げって?」
「ガンナーちゃんは恐怖で制御して動きを叩き込んだのよネ。だからガンナーちゃん相手はもう大丈夫なんだけど、他で活かせるかっていう……」
「ジスカール氏はガンナー氏と我が現人神に次ぐ拙者の推しでござるのでェ……! ジスカール氏が克服出来れば誰とでも踊れるのでござるゥ……!」
「な、成る程……ああ、じゃあ曲も流してみようか」
ジスカールがポケットからスマホを取り出し適当に曲を流す。それからカグヤの前に歩み寄り、手を差し出した。ジラフとガンはそれを見守っている。
「ジスカールちゃんはガンナーちゃんに比べて『ダンス』感が強い……! しかもカグヤちゃんの上位の推し……ッ! 此処が正念場よ……ッ!」
「染み付かせた“運動”をダンスに流用出来るかどうかだな……!」
手を差し出す時点でもう、ガンとは雰囲気や情緒が違い過ぎた。昨日練習したトルトゥーガやタツよりも『ダンス』感が強い。カグヤは一瞬怯んだが、すぐに唇を引き結んでジスカールの手を取る。互いに身を寄せ合い、それぞれ腕が背と二の腕に回り、見事なホールド姿勢が作られた。
「フスーッ! フスーッ!」
「何だ。鼻息は荒いけれど様になってるじゃないか、カグヤ」
「ジスカール氏のよき匂いを堪能し何とか心の安定を図っておりまする……!」
「そ、そう……! 三拍子だよ、まずはナチュラル・ターン。出来るかな?」
目は血走り鼻息は荒いが、ジスカールのリードで最初のターンは普通にこなせた。ジラフとガンがぐっと拳を握る。そのまま問題無くスピン・ターン。相手をしているジスカールも感心したように微笑んだ。
「上手だよ。ちゃんと出来てる。次はリバース――ウィスク、シャッセ。何だ、完璧じゃないか」
「フオォ……ッ! 優しい! ジスカール氏の優しさが染みる……ッ!」
「おれが優しくなかったみてえな言い方しやがる」
「良い指導だったけど、確かに優しくは無かったわよ。優しくはネ……」
相手の違いと優しさを噛み締めながら、そつなく一周する事が出来た。
「カグヤ、動きは完璧だから次は楽しむ事を考えようか」
「た、楽しむでござるか……!?」
「そう、ダンスは楽しむ為にするものなんだ。君なら、そうだな――」
二周目、ジスカールが新たな課題を与えた。
「踊りながら相手の素敵な所を見付けるだとか、君らしい楽しみ方をしても良いし。村では始めてのお祭りだろう? おめかしに素敵な音楽、色んな事に胸をときめかせたっていい。動きはもう身体が勝手にやってくれるから、心に余裕を持って色んな所に目を向けたら楽しめるんじゃないかな」
「お、おお……! 確かに……! では早速……!」
素敵な音楽はあれど今は本番じゃないしおめかしも無いので、目の前のジスカールを楽しませて貰う事にした。ガンの時と同様、推しの観察と思えば思ったより緊張しない事も確信した。
「ハァ! ジスカール氏ィ! 霊薬を得てから更に若々しく美しくなられましたなっ! とはいえ大人の魅力は少しも失われておらずゥ!」
「えっあっうん、あ、ありがとう……!」
「眼鏡も最高にお似合いでェ! その鎖骨が見えるか見えないか位のシャツボタンの外し具合もエッチ過ぎずほど良き色香で制御具のネックレスがまた――」
カグヤらしい楽しみ方を始めた瞬間に、ジスカールの表情が『ウッ』となったがジラフとガンは『おおっ』と身を乗り出した。ちゃんと踊りながら楽しいを追及出来ている。これは完全に合格点だ。
確り一曲分、完全に踊り終えてもカグヤは楽しそうだった。相手をしていたジスカールは若干のダメージを食らっていたが。
「カ、カグヤはこれでいけるんじゃないかな……!? 個性的な楽しみ方ではあるけれど、楽しそうだったし……!」
「そうネ、バッチリよ! ありがとうジスカールちゃん! ガンナーちゃんも!」
「おう、良かったな」
「皆様本当にありがとうございまする……! これで皆さんと一緒にダンスを楽しめるでござるよォ……!」
カグヤが深々と頭を下げ、感謝を伝えるとジラフが小さく笑った。
「ちなみにネ」
「はい?」
「当日は“おめかし”するから、今日より皆破壊力が凄いと思うわ。アタシもおめかしジスカールちゃんを見て無事で済むかは分からない――」
「……ヒィ!」
「だから、当日まで頑張って練習しましょうネッッッ!」
「はい――ッッッ!」
こうして、カグヤのダンス練習は当日まで熱心に続けられるのだった。
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