580 トー……チャン……
何となく自分もクリュソス神と和解出来たような気になって、それでつい頭をもたげてしまった。
「なあ」
「何だ」
「あんたに聞いていいのか分からんし、無理なら別にいいんだけどさ」
「……?」
「トーチャンの事が聞きたい」
クリュソス神が僅かに目を丸くした。二神の仲は天界でも腫物のように扱われて、直接聞いて来る者など居ない。
「それを私に聞く者は珍しい。何故聞きたい」
「もう今夜には村に帰るし、他に聞ける奴とは会えねえだろうなと思ッたんだ。天界でトーチャンには色々よくして貰ったけど、おれは実際トーチャンがどんな神なのかあんま知らねえから」
「そうか……」
少し目を閉じ迷うような間があった。ガンが『嫌なら別に』と言い掛ける前に目が開く。あまり感情は分からないが、不快とも取れない視線が此方を向いた。
「あれとは同じ刻同じ場所に生まれ、共に育った」
「双子なんだよな?」
「そう。先に母神の胎から出たのがあれだから、あちらが兄で私が弟という事になっている」
どうやら聞かせてくれるらしいので、感謝の眼差しと共に拝聴する。
二神は血筋組で、両親はどちらも高名な神らしい。それぞれ『機』属性と『霊』属性が強い神だったから、双子たちにもそれが反映されたのだという。同期にはオムニス神、一学年上にマギステル神、更に上にレメディウス神が居たそうだ。これらは丸付きを多く輩出した“黄金世代”とも言われている。
「昔は仲が悪くは無かった。といっても幼い頃だが」
「オムニス神を筆頭にすげえ悪戯してそう」
「オムニスはずっとあの性格だ。マキナも真面目と見せかけて、柔軟で何でも面白がる性質で――私はいつも巻き込まれていた」
「やっぱしてんじゃん……!」
昔のクリュソス神は引っ込み思案で大人しいタイプだったそうだ。活発でガキ大将気質のオムニス神と、優等生ながら悪ふざけにも付き合える社交的なマキナ神。竹馬の友である三神のバランスは取れており、昔はいつも三神で遊んでいたのだという。
「マキナも――マキナも昔と変わってはいない。おまえの父は大変に優秀で、性格も良く、皆に慕われる偉大な神だ。誇って良い」
「……あんたは変わったのか」
オムニス神とマキナ神は変わらず。クリュソス神だけが変わったと、そう聞こえた。問いにクリュソス神は難しい顔をしたが、白旗と共に息を吐く。
「……誰にも言わないでくれるか」
「言わねえよ。それにどうせ後数年で死ぬ。吐き出して楽になれるなら、丁度良い相手だと思うぜ」
父がどんな神かも気になるが、当然双子の確執だって気にはなる。無理に聞こうとは思わないが、クリュソス神からはずっと独りで抱えて来た重さを感じた。ガンという存在は丁度良かったのだろう、重い口がゆっくりと開いてゆく。
「最初は何も考えず、ただ慕っていた。私は堅物で要領が悪く、おまけに人見知りで人付き合いも下手だ。彼らが手を引き導いてくれたから、幼い頃は幸せに過ごせたのだと自覚している」
幼い頃は確かに、手を引かれ背を追う事がただ幸福だった。それに苦しさを感じ始めたのは、成長し神として学び始めてからだ。成績という目に見える形の序列。幼い頃より広がり複雑になった交友関係。色んな場面で、少しずつ引っ掛かる事が増えていった。
「例えば試験や実技で、最高評価は100点~95点の間で取れるとする。オムニスもマキナも私も全員最高評価を得るが、点数自体は私が一番低い」
「ああ……」
「一度や二度では気にしない。ただ続けばやはり気になってしまう」
双子とも最高評価の能力を持ち、大きな差など無い。だが小さな差は常に少しだけあった。
「周囲との付き合いもそうだ。マキナは気さくでいつも色んな神に囲まれていたが、私は近寄り難いそうで遠巻きにされる事が多かった」
「まあそれは分からんでもない……!」
クリュソス神の性格がどうのより、まず見た目が違うと思った。双子らしくフォルム自体は同じなのだが、マキナ神は異形混じりで美しいという印象は先に立たない。だがクリュソス神は怖い程に美しい。美醜に拘らないガンですらそう思うのだから、普通の神々であればそれ以上に決まっている。おまけに気さくさの無い堅物となれば、さもありなんといった感じだ。
というような事を出来る限りオブラートに包んで伝えると、その分析は既にオムニス神辺りにされていたらしく深い溜息と共に頷かれた。
「……私は自身を特別美しいと思った事は無いが、その辺りは既に指摘され、理解している。それに私の気性に問題があるだけで、マキナが悪い訳ではない。分かっている、分かっているのだ……」
「お、おう……けどなんかこう、分かんねえけど分かるよ……」
常にトップを走って来たガンは分からない側の人間だが、想像する事は出来る。常に少し劣り、自身の性格と見目の問題とはいえそんな感じでは気になるだろう。神は人間よりずっと長く生きるから、数年の話ではない。何百年何千年、あるいは何万年積み重ねられた劣等感だと思うと非常に重い。
「だが、それでも――あの時までは、兄を慕う気持ちの方が大きかった。劣等感は抱えたまま、けれど受け入れて生きて行こうと思っていたのだ……」
「な、何か決定的な事があッたんだな……!?」
「……ああ。あの日以降、私は兄と決別し超える事を誓った」
ガンが思わずごくりと唾を飲む。此処まではまだ、世間で語られている情報と照らし合わせても納得がいく内容だ。だが決定打は恐らく誰も知らない。これまで誰にも言った事の無い事を、クリュソス神は言おうとしている。
「…………アンドレイア。今は我が妻だが」
「……!? ……!」
予想外に女神の名が出てきたのでガンが滅茶苦茶表情を引き締める。アンドレイア神は人間に照らすと中学校からの同期で、三神とも親しく仲が良かったらしい。
「他にもクレスケンスルーナ――オムニスの妻だ、も交え学生時代は共に過ごす事が多かった。アンドレイアは物怖じしない性質で、私にもよく話し掛けてくれて……学生の頃から、私は彼女を愛していた」
「居ても全然おかしくはねえんだけど、皆案外ちゃっかり妻が居やがるな……!」
オムニス神は兎も角、クリュソス神に妻が居るのはちょっと驚きだった。
「私がアンドレイアに懸想している事は、オムニスとマキナは知っていた。知っていたのに……!」
「な、何があッたんだ……!」
「当時のマキナには恋人も居たのに……!」
「嫌な予感がする……!」
クリュソス神が顔を覆い、ガンは嫌な予感で青褪めた。
「私は見たのだ……! 木陰でマキナに覆い被さるアンドレイアの姿を……!」
「トーチャン……!?」
「手を、指を絡める姿を……!」
「トー……チャン……」
これまで誰にも言わず、当人達すら見られた事を知らない事実が明かされた。
「正直普段の言動からアンドレイアは私を好いてくれていると思っていた……! だが違った……! アンドレイアもやはり裏ではマキナを選んでいた……! 私は自分の道化ぷりを恥じ、心底打ちのめされた……!」
「け、けどさァ……! 今はあんたの妻なんだろ……!?」
「マキナは卒業と同時に当時付き合っていた恋人と結婚した。その直後にアンドレイアが私にプロポーズをしてきた……!」
「う、うわああァ……! これは何かそういうのに疎いおれでもきつい……!」
これはどう考えてもゴールイン出来なかったマキナ神の代わり、面影ある双子の弟へ求愛したのではないかと思ってしまう。当然クリュソス神だってそう考えた。
「な、何でプロポーズ受けたんだよ……!」
「アンドレイアを愛していたからだ……! 兄の代わりだとしても、傍に居て欲しかった……! いずれ兄を超え、本当に私を愛してくれればと……ッ!」
「う、うおおッ! こんな時なんて言ッてやればいいか分からんッ! とりあえずトーチャン……ッ! まじか……ッ!」
顔を覆って震えるクリュソス神を見ながら、ガンもおろおろと狼狽した。
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