577 お友達になれるかな
「わあ、それわたしが使っていた奴じゃないかい!? 久しぶりに見たな……!」
「でショうそうでショう!」
ファナティックが取り出したのは実に現代的なスマホとノートパソコンだった。現代機器自体は軍事基地などでも目にしていたが、今目の前にあるものは更に懐かしい。嘗て前の世界で自分が使っていたモデルである。
「見た目と使い方は、当時教授が使っていた物と同じです。とはいえ吾輩特製ですので、中身は最新通り越して超技術となっておりまァすっ!」
「超技術……!」
「マア神威の覇王が殴っても壊れなかったり充電が必要無かったり世界を跨いで吾輩と通信が出来る程度の超技術ですけどっ! これなら教授も使いやすいでショう!」
ファナティックがドヤ顔をする。ジスカールもこくこく頷いた。
「お気遣いをありがとう……! つまりオンライン授業になるんだね……?」
「座学は基本そうなりますねェっ! 授業の度に世界を行き来するのも大変ですのでっ! 後は文献が膨大ですので、データ化して中に収めてありますっ!」
「君は本当によく出来た男だよヴィクトル……! 壁紙は後で変えるね!」
嬉しい顔でノートパソコンを開いたら、壁紙が良い笑顔のヴィクトルのアップだったので秒で閉じた。
「ちなみに画面は他の方も見られますが、操作は教授しか出来ませんっ! あの世界は今ネットワークがアリませんのでネット検索も基本出来ませんっ! とはいえロボ太郎と接続してデータベースを検索する事は可能ですっ!」
「成る程なあ。スマホは何に使うんだい?」
「持ち歩きやすい端末も用意して差し上げたんですよォっ! この優しさ!」
「わあ優しい!」
スマホの方も確認したが、勿論待ち受けは略だった。後で変えようと決意しつつ、機能を確認してみる。使っていたのは大分前になるが、見覚えのあるアプリばかりだ。メッセージの遣り取りや音声ビデオ通話が出来るアプリを開いてみると、ファナティックが登録されていた。
「本当に昔使っていた感じだね。カメラに読書アプリ、音楽アプリに動画アプリ――……」
「ウフフ。ノーパソの方もそうですが、教授が前の世界で好きだった本や音楽や映画なども楽しめるようにしておいてあげました……」
「……!」
「御礼は毎日の自撮り送信でいいですよォっ!」
「分かった、毎日君に自撮りを送るよ……!」
ファナティックらしい気持ち悪い対価を求められたが、ジスカールなのであまり気にしなかった。ともあれ戻ってもスマホやノーパソで連絡が取れるようなので、今後の授業計画などはまた改めて相談する事にする。
「実験器具や工房もその内必要になるでショうが、それはまたおいおい。まだ頻繁に其方の世界へ行く事は難しいですが、その内緩和されると思いますので」
「緩和される予定があるのかい?」
「救出作戦で保護した生命達の行く先次第ですが、十中八九教授たちの世界へ移住する事になると思います」
「うん」
確定事項では無かったが、議会で議長がそのような事を言っていた気がする。
「検査で“無事”とはなっていますが、万が一長期の時間経過で何かがあっては困りますからねェ。白化現象の調査と研究は吾輩が担当しておりますからしてェっ! 移住が確定すれば吾輩も関係者として行きやすくなる次第ですっ!」
「成る程なあ。というか本当にあの世界は“水際”なんだね」
「そうですねェ~っ!」
万が一があった際は“水際作戦”をされるのだろう。凶兆戦の時も敗北したら世界ごと封印される可能性があったと聞いている。何となくげんなりした顔をすると、ファナティックが笑った。
「そういう意味では危うい世界ですけれど、逆に色々試せる世界でもアリますからっ! ダンジョンだってそうでショうっ! オムニス神が後見になりましたし、今後もっと面白い展開があるかもしれませんっ!」
「面白い展開か。まあ悪いようにはしないだろうし、楽しみにしていようかな」
オムニス神といえばソロル神を選出した事に対して苦情を入れ忘れたな、と思い出す。まあ知識も貰えた事だし今回は不問でいいかと引っ込めた。その後も暫く雑談や相談をし、弟子入りの準備をすっかり整えてから皆の元へ戻った。
* * *
ジラフはキトー神と共に、他の英雄達が面会をした交流会館に来ていた。
「悪いわネ、ごたごたで忙しいだろうに時間を取らせて」
「構わん。まだイーデム神は取り調べ中だし、本格的に忙しくなるのは数日後だ」
「あ、そ。良かった」
案内された部屋は水族館のような、壁が巨大水槽になっている場所だった。室内には優雅に泳ぐ不思議な魚達の影と、涼し気な青い光と水模様が落ちている。中央へ置かれたベンチにひとまず掛け、キトー神がジラフを見た。
「話とは?」
「話はふたつ。まずひとつ目ね。アンタはアタシを認めてくれたけど、アタシは返事が出来る状態じゃなかったから」
「……ああ」
キトー神が僅か驚いたように目を瞠るが、相槌のように頷く。
「アンタはアタシが思ってるよりまともだった。最初は気まずくて無い無いって思ってたけど、相互理解って大事ねェ……」
ジラフが肩を竦め、それからキトー神の方を見た。
「アンタが認めてくれて、正直嬉しかった。素直に御礼を言いたいわ。ありがとう。……それにアンタに対する見方も変わったわ」
「ああ」
まだ驚いたような顔のまま、キトー神が浅く頷く。
「アンタはちゃんと神だった。やり合った当時でも、アンタなりの信念を持って動いていたんだと――今なら思えるわ。人間側がどう受け止めるかは別としてね」
「……そうか」
「当時のアタシは完全に人間側だった。長い間今の仕事をして過ごして、アタシも変わったの。違う視点を知った以上、もう当時と同じ景色を見る事は出来ない」
小さく息を吐き、少し逡巡してから口を開く。
「アンタがアタシの母親を殺したこと。勿論複雑な気持ちだけど、水に流すわ」
「――……」
「アタシを認めてくれたように、アタシもアンタを認める。関係を修復して、前進したいってワケ」
「…………そうか」
キトー神が何度か瞬き、それから確りと頷く。ジラフの言葉を受け入れたという事だろう。
「で、ふたつめの話になるんだけど」
「ああ」
「今のところ、ユースティティア派の中ではアンタが一番信用出来る。だから力を貸して欲しい」
「……? 何をするつもりだ?」
途端にキトー神の眉間に皺が寄った。それを見てジラフがふっと表情を緩める。
「安心して、変な話じゃないわヨ。ほら、アタシってずっと仕事はしてきたけど天界の事をあんまり知らないじゃない? その辺りを教えて欲しいのよ」
「……成る程」
「他に頼めそうな神様って居ないし。ユースティティアのジジイは論外だし、議長はなーんか上手く誘導されそうだし、クリュソス神はほぼ面識が無いしッ」
「………………」
思い切り顔を顰められたのは恐らく『ジジイ』発言に対してだろう。『咎めるべきだろうか』と迷う間があり――それから結局盛大な溜息に変わる。
「何のために神格を上げたいのかって聞いた時、アンタは『天界とより善き世界の為』って答えたわ。アタシとも実際戦って、自分の目で見て判断して認めてくれた。アンタなら、派閥や誰かの思惑だとか、そういうの関係無くフラットに話をしてくれるんじゃないかって思ったワケ」
「そうか……そうだな……」
難しい顔のまま、キトー神が考え込んでいる。恐らく色んな事を考えているのだろう。その隣でとびきりの笑顔を作ってやった。そのまま待っていると、ややありもう一度キトー神が深い溜息を吐く。
「……いいだろう、協力してやる」
「ありがと~ッッッ!」
とびきりの満面で喜色たっぷり御礼を言うと、何故だか嫌な顔をされた。
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