57 秘密のお茶会
『あなた達が既に見た場所では未開拓と言えないわ。わたくしとあなたしか知らない、はじめての場所へ連れて行って』
そう魔女が囁いたので、カイは自分しか知らないとっておきの場所へ彼女を連れて行く事にした。ゲートを繋ぎ、潜り――覗かれていた事など元より気付いてはいないが、ケン達三人の目が完全に届かない場所へと降り立った。
「此方です、マダム」
「まあ……!」
真っ直ぐな樹がまばらに生える丘だった。周囲を見渡せば、青々とした森が周囲を囲んでいる。森の中の飛び地のよう、ひそやかに拓けた秘密の場所だ。
丘の一面に、丸く大きな白い花が群生している。一面の花の白と葉の緑の絨毯。それは見事な花畑だった。
「美しいこと……」
「此処は私の秘密の場所です。私と、貴女しか知りませんよ」
「秘密なのに連れてきてくれたの?」
「秘密というか、他の三人はあまり花に興味が無かったので報告せずにおりました。貴女のやりたい事を聞いて、最初に浮かんだ場所です」
手近の花をカイが示す。高価なフリルのように、小さな花が連なって丸い花房を作っている。紫陽花に似た花だ。
「ドレスのフリルのようでしょう。それに、貴女の髪の色にもよく似ています。なので、喜んで頂けるかと思ったのですが……如何でしょう?」
昼の眩しさに照らされる花は、白に陽光を薄く刷いたよう少しだけ色味がかって、確かに魔女の髪に近い色をしている。
魔女が瞬き、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「……凄く気に入ったわ」
「嗚呼、良かったです」
カイが安堵したように息を吐く。それから、花畑の深さに気付いて歩き回るのもな……と考える間があった。そうする内に、魔女の方がカイの腕を軽く引く。
「ねえ、此処でお茶会をしましょう」
「お茶会ですか? ですが何も――」
「呪われていたって魔女は魔女よ。この位は嗜みだわ」
魔女が袖から細い杖を出し一振り。その場に優美な猫脚のティーテーブルとチェア、日除けのパラソルまでがぽんッと呼び出された。卓上にはアンティークな茶器と茶菓子の乗ったティースタンドまで用意されている。
「おや、これは素晴らしい……!」
「ふふっ! これは小人に作らせた最後の在庫を呼び出しているだけだから、わたくしが作った訳では無いし、次回からは空のポットとスタンドになるわよ」
「成る程、お茶と茶菓子は補充式なのですね」
「ええ、そうよ。さあどうぞ」
カイが先に椅子を引いて魔女を座らせ、それから自分も着席する。給仕が居なくとも、魔法の力でティーポットが浮き、カップへと豊かな香りの紅茶を注いでいった。
「貴重な最後の在庫を私などが頂いてしまって宜しいのですか?」
「構わないわ。魔女はお茶会をするものだし――……そうね、こんな素敵な場所に連れてきてくれたのだから、お礼という事にしましょう」
「それは光栄です」
魔女は何だか澄ましている。カイは普通に嬉しそうにした。
「……マダム、ありがとうございます」
「……何がよ」
紅茶に口を付けようとして、謎の礼に魔女の片眉が上がる。
「正直な所……初めてお会いした時のインパクトとリョウの結果を見た後では、少し構えざるを得なかったのですが――こうして案内をしていると思いのほか普通に接して下さるので、安心しました。それが嬉しくて」
「ああ……そういうこと。最初は正直ケン様に気を取られてあなたの事は下男Bくらいに思っていたし、あのエロ小僧は当然の結果よ。今は、そうね、あなたは礼儀を持って接してくれているし――怒ったり殴ったりする要素がひとまず無いだけ」
「下男B……! リョ、リョウも本当はとても良い子なのですよ……!」
「謝らないわよ」
高慢に魔女が紅茶を飲む。カイも何か言いたげにしたが、遅れて口を付けた。それから感心したように目を瞠る。
「素晴らしい香りと風味です。いつでも、魔女に頂く紅茶は美味しいものですね」
「それは良かった。小人が喜ぶわね」
「貴女のおもてなしも含めて嬉しいと思っておりますよ、マダム」
カイがにこにことしている。魔女がなんともいえない顔をして、結局溜息を吐いた。
「調子が狂うわ。お世辞ではないのでしょうね」
「世辞ではありません。技術提供の為に貴女を喜ばせたとて、私が貴女を好ましく思えなければ呪いは解けない。装えるほど器用でもありません」
「それはそうね。わたくしをおだてるメリットは何も無いもの」
「ですから私は真摯に貴女に向き合っておりますし、知ろうと思っておりますよ」
「…………」
数秒、見つめ合う間。先に視線を外したのは魔女だった。
「……わたくしから話すべきなのでしょうけど、後出しの有利が欲しいわ。先にわたくしにあなたを教えて頂戴」
「分かりました。何をお話しましょうか」
「そうね……あなたがこの世界に来る前のこと。来てから今までのこと。もう説明して貰った、皆に今まで起きた事じゃないわ。あなたという人が分かる事を聞かせてちょうだい」
カイが瞬き、少し考えてから頷く。
「……お耳汚しになるかもしれませんが、分かりました。貴女にも、呪いを解く者を選ぶ権利がある筈です」
「そ――」
そんな権利があるものか。此方は呪いさえ解ければ良くて、最早選択肢はないのだと――そう言いかけたが、言った所で目の前の男は権利はあると重ねそうな気がした。だから魔女は口を噤んで、先を促す。
そうしてカイは語り始めた。いつかリョウにも語った、己がこの世界に来るまでの経緯を。それから、己がどのように今の仲間達に迎えられ、得難き約束と終生の友を得たかを。どうやって新しい人生を始めたかを。
長い話だった。けれど偽りなく、全てきちんと魔女へと語った。魔女は口を挟まず、時折頷くだけで黙って聞いていた。
* * *
「――……これで私の話は全てです」
長い話を終え、すっかり冷めてしまった紅茶を一口。どんな感想を持たれるかは分からないが、彼女が求めたから、自分も必要だと思ったから、隠さず全てを語る事にした。一息を吐いてから魔女を見る。
「……あなたは」
「はい」
魔女は考え込むような静かな面持ちをしていた。
「……勇者もだけれど、あなたは……やり直そうとしたのね」
「ええ、そうです」
「……やり直せたと思う?」
魔女は過去の事には言及しない。質問はシンプルだった。
問われたカイは、少し考えるように視線を流し顎を傾ける。
「直せた、と言い切って良いかは分かりません。この先また過ちを犯してしまうかもしれません。だから言い切れはしませんが――」
そこまで告げて、魔女を見る。
「……今の暮らしに幸福と安らぎを感じています。やり直し続けようと思えていますよ」
穏やかな顔だった。言葉も確りとしていた。
魔女は瞬き、今度は彼女の方が少し考えるように視線を流す。
「…………そう、じゃあ――次はわたくしの番ね」
一度目を閉じ、開く。すぐに“しな”を作って性悪な魔女らしく微笑んでみせた。
「――今から殿方の同情を引く為の、可哀相なわたくしの身の上話をするわ。聞いた上で、あなたがわたくしを哀れんで、愛してくれると良いのだけれど」
「……っふ、……ケンがあなたを愛らしいと感じる理由が少し分かりましたよ。そんな前置きをわざわざなさるなんて」
「うふふ、でしょう?」
カイが息を零して笑う。魔女も得意げに笑った。
「そうねえ、どうやって始めようかしら」
首を傾げ、すぐに思いついたように戻して頷く。
「やっぱりこれね。“昔々あるところに――――”」
そうして、魔女はゆっくりと身の上話を語り始める。
お読み頂きありがとうございました!
次話は明日アップ予定です!




