573 終わり良ければ
「英雄達の世界を担当したいという要望の代わり、我がこの子らを引き取り師となろう。世界の担当は変わらずこの二神だ」
思いがけない要望変更に全員が目を丸くする。
「そして不当な評価はたった今改められたとはいえ、この子らが学びと成長の機会を奪われ未熟であるのは事実。その為我が『監視・相談役』として彼らの世界運営を見守り補助する――という形ではどうか。それなら皆も安心であろう」
「それは……そんな……いいのですか……?」
「オムニス様……」
「議長の許可が出ればこれで行きたい。どうだ、マギステル」
カピモット神が驚き過ぎて目を白黒させている。その傍ら、問われた議長が小さく溜息を吐いた。
「正式には議会を通さねばなりませんが、まあ皆さんの様子を見る限り問題無く通るでしょう。其方の二神、後は英雄達が構わないなら明日の議会で早速承認を」
殆どの者が概ね納得出来る要望だった。カピモット神は不当な評価を覆した上、強力な師と庇護を得た状態で世界運営を続けられる。彼らの未熟を案じる神々もオムニス神が監督するなら不安は消えるだろう。見渡す限りの観客達も『それなら宜しい』という顔ばかりだ。
ユースティティア派としては優秀と発覚した二神をオムニス神に取られるのは痛いが、起きた事を思えば致し方ない。カピモット神もこのまま留まるよりはオムニス派に移った方が過ごしやすいだろう。
「あ、あの……わ、私達は……それは……願っても無い事なのですが……」
「オムニスさまは……本当にそれでいいのですか……?」
「うん?」
短時間の間に感情が揺れ動き過ぎて、最早目をぐるぐるさせながらカピモット神がそれでも聞いた。千年の完璧なる世界を維持した上での要望だ。オムニス神は英雄達の世界を担当したい筈なのに。色んな事が起きたから、自分達への同情や他の色んな配慮で要望を変えてくれたのではと。どうしても気になってしまう。
そんな気遣いを察してオムニス神が笑った。幼い神達の前に膝を付き、視線の高さを合わせる。
「気遣いは不要だ。だがありがとう。我が自身を高めたいのは、ひいては天界の為である。今回発覚した問題を皮切りに、調査をすればもっと色んな課題が出て来るだろう。それらを置き、我だけが好き勝手に走る訳にはいかぬからな」
「で、でも……」
「今は未熟だが、将来有望な弟子を育てるのは我の為でもある。それに監督・相談役の立場であれば英雄達の世界にも関われる。両得だぞ」
嘘には見えない――というか、そもそもまだ足元には偽証封じの魔法陣が敷かれていた。それに気付いて漸くカピモット神も納得する。
「……はい、ありがとうございます! よろしくおねがいします!」
「ありがとうございます。宜しくお願いします……!」
「それでいい。我の弟子は中々大変だと思うが頑張ってくれ」
漸く微かに笑顔が浮かび、二神とも確り頭を下げた。満足そうにオムニス神が頷くと、立ち上がり英雄達を見る。
「――という事だが、君らは異存ないか?」
そのタイミングで漸く言葉が発せるようになる。目が合って、ケンが偉そうに鼻を鳴らした。
「ふん、此方にとっても両得だ。異存ない!」
「ははは! 宜しい! この子らを通して色々してやろう!」
「わはは! 強請り甲斐が増えたな!」
オムニス神とケンが笑い合い、周囲が若干のうんざり顔をしたが――ともあれ話は纏まった。隠者と議長が会場にアナウンスし、これで決闘裁判は終了となる。
「もう少ししたら救出組とも合流出来る筈だ。後で観光案内はするから、それまでは休んでいてくれ」
「ああ、分かった」
「諸々の正式な取り決めは明日になる。君らは帰ってしまうだろうから、またこの子らから報告させよう」
「うむ、それで良い」
「では後ほど」
観客達が帰りゆく中、この後の取り決めをしてオムニス神が踵を返す。同様にクリュソス神も歩き出し――ふと思い出したよう振り返る。その視線はカピモット神を向いていた。目が合って二神がビクッと跳ねる。
「クッ、クリュソスさま、さきほどは……ありがとうございました……!」
「お召し物を、よごしていないと良いのですが……!」
「いや、構わぬ」
普段は怖くて苦手な格上過ぎる神だが、先程は自分達を抱き締め謝罪までしてくれた。思わず泣き縋ってしまったのは記憶に新しいので、若干ばつが悪そうに二神とももごもごする。クリュソス神の方は感情が読めない。
「――慰めになるかは分からぬが。預かった魂は、他と変わらず全て我が子として慈しんでいる。他の神もそうだろう」
「……!」
「……ッ!」
クリュソス神の言葉に、カピモット神が目を見開いた。それから、顔をくしゃくしゃにして噛み締めるよう俯く。
「それだけだ。心身ともにもまだ辛かろう。確りと治すよう」
「……はい、……はいっ……ありがとう、ございます……っ」
「……ッ、よろしく、お願いします……っ」
それだけ告げて歩いてゆく背を、深く頭を下げて見送った。
カピモット神の最初の世界は滅んでしまったが、救済により魂達は英雄達の世界と他の神々の世界に振り分けられている。カピバラ神の世界の魂の半数を引き受けたのはクリュソス神だ。
他にも引き受けてくれたのは、“水槽”が大きく余力のある高名な神達ばかりだった。この手で幸せにしてやる事は出来なかったが、次なる神達は絶対幸せにしてくれる。それは救いであり慰めだった。深く深く頭を下げたまま、丸付き達の背が見えなくなるまで動かず――気配が途絶えてから漸く顔を上げる。
「……我が友」
「……はい」
「正直、まだ頭がぐちゃぐちゃです。けど、けど――……」
「はい、わたしもです。けど、いまはなくよりよろこびたい。そうですよね?」
隣に並んだマーモット神が、ちょっと笑ってカピバラ神の手を握った。それでカピバラ神も息を吐くように笑って頷く。
「はい、そうです。共に戦ってくださった皆さんと一緒に、この結果を喜びたいです。後は御礼も言いたいです」
「わたしもです。そうしましょう」
「はいっ」
目元はまだ二神とも赤いが、一度顔を見合わせて笑み合うと同じタイミングで振り返り、揃って英雄達に飛びついていった。英雄達も笑顔で迎え、思い切り抱き締めてくれる。
色んな事が起きたし、良い事も悲しい事もあったが、皆が繋いでくれて此処まで共に戦わねば届かない結末だった。だから、今は何も考えずにそれを喜ぶ事にする。歓声は暫く続き、完全に決闘裁判は終わりを迎えた。
* * *
その後は全員で宿泊所に戻り、リョウ達救出組も合流した。ファナティックの検査や経過観察は何も問題が無かったらしい。再会を喜び合い、互いの頑張りを讃え――まだ静養が必要な者も多いので休みつつだが、何となく久しぶりに感じる全員での団欒を過ごしていると『使い』が訪れた。
「おお、観光の迎えか! 行くぞウルズスとカグヤさん!」
「はいッッ! 楽しみでござるッッ!」
『わーい! いってくるね!』
「ちょ待てェ! 儂の迎えかもしれんじゃろ!」
残る消化予定はケン達の観光とタツの面会位のものだ。ノック音に三人と一匹が扉に向かうが、何やら様子がおかしい。
「……何だァ?」
「どうしたんだろ……?」
何やら話し込む気配があって、ケンだけがリビングへ戻って来た。
「他にも迎えが来ておる」
「あん?」
「ガンさんとジスカールさんとジラフさんにも迎えが来ておる」
「あ、アタシそうヨ! キトー神と約束してたんだったワ!」
心当たりのあったジラフが最初に腰を浮かせる。
「わたしは――……ああ、ヴィクトルの弟子入りの件かな。行って来るよ」
ジスカールも遅れて心当たりに思い至り、ソファから立ち上がる。
「おれは何も心当たりが無えんだが……」
「話がしたいらしい。もう俺は和解したから大丈夫だと思うぞ」
「何が……?」
ケンが何を言っているか全然分からないが、迎えが来ているのは確からしいのでガンも首を捻りながら立ち上がる。扉の前に行くと、確かに迎えが大勢居た。
オムニス神とキトー神とファナティックと――使いの天使が来ているかと思ったのに、神達が直接迎えに来てんのかよ! とは思ったが、この辺りは心当たりがあるらしいからまあ良い。タツの姿は無いからとっくに彼女の所に向かったのだろう。問題はガンの“迎え”である。
「……………………」
「………………」
見上げる視線と見下ろす視線がかち合う。目を丸くしたガンの視線の先には、感情の読めない幽玄の眸があった。どう見てもクリュソス神である。
「……少し、話がしたい。構わぬだろうか」
「…………お、おう……い、いいよ……」
これまた感情のさっぱり分からない声音で問われ、思わず頷いてしまった。
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