566 満身創痍
互いに練り上げた攻撃が激突。再び会場を激震が揺らした。
「――ッく……!」
「人の身でそこまで高めた事は見事」
槍の穂先同士がぶつかり、お互いを衝撃が駆け抜けた直後。攻撃力自体は同等で相殺。だがその余波を受けるか受けぬかで差が現れていた。キトー神の方は無傷、ジラフの方は力場の多くを攻撃に回したせいで余波をまともに受けかしこから血が滴っている。
「だが限界がある。理解している筈だ。十分英雄達への義理も果たしただろう」
「降参しろって? 冗談!」
この肉体の限界はジラフとて理解している。キトー神に勝つのは分が悪い賭けだとも。だが降参を言外勧める言葉にハッと笑った。
「アタシはネッ! これでもアンタに勝つつもりで来てんのッ!」
「限りなく難しいと理解している筈だが?」
「それが諦める理由になると思ったら大間違い」
「――……」
キトー神が瞬いた。
「勘違いしないでよ。アイツの依頼は受けてるけど、アタシはまだ“ユースティティア派”じゃないの。真の姿にならないのは、依頼と父さんの為だけ」
「ああ」
「今のアタシは人間で、“村民”よ。全力でアンタを倒す為に此処に居る」
「…………そうか」
同陣営とて考えが違う事はある。ましてやジラフはまだ完全な同陣営ではない。真の姿を出さない程度には思慮深く、ユースティティア神の意向に添っているのかと思っていたが――こうしてジラフの立ち位置を自ら聞くのは初めてだ。
「依頼を全て終えた後は、どうする?」
問いながら、絡んでいた穂先を離して大きく振るった。神の文字での強化。常時纏わせた攻守一体魔法陣。更に先程の詠唱によってキトー神の力は跳ね上がっている。ジラフが咄嗟に受け止めるが、その瞬間に力場の防備の薄い位置を他の魔法陣が撃ち抜いた。
「……ッッ、確定じゃ……ないけどね……ッ!」
撃ち抜いた筈なのにまだジラフは動く。怪訝に思い目を凝らすと、その“正体”が見えた。ジラフの力場はケン達とは性質が少し違う。依頼者の想いを受け取り、その力を活用する事が出来る。
「ひとまずアタシの“家族達”に一番良いようにするわヨッ!」
只の人間ではありえない、神の防御式が淡くジラフを取り巻いていた。キトー神から見れば拙く、下位芒星の術式に見える。防御用の力場を薄めた分、依頼者の力を活用しているのだろう。僅かにキトー神が目を瞠り、一瞬英雄側控え席の方を見る。其処には、必死でジラフの勝利を願う幼い二神の姿があった。
「依頼を請けたのか?」
「いいえ。共に戦うって約束はしたけど、ネッ!」
今度はジラフが思い切り大槍を撃ち込んだ。キトー神の防御を貫く程ではないが、勢いに僅か圧される。共に戦って欲しいという願いを受け入れる事は、ある意味依頼を請けた事になるのだろう。納得しながら、キトー神も強く踏み堪える。
「家族“達”と言ったな。両立できると思うのか」
「分からない。けどどちらもッ、諦める気は――無いッ!」
強い視線と言葉と共に、ジラフの力場が強さを増した。今度こそキトー神の槍が打ち払われ、驚きに瞠目する。たった今、ジラフは只の人の身で――確かに此方に傷を付けた。それを自覚し、キトー神が目を伏せ笑う。
「良いだろう。手加減はしないと言ったが、本気も出してはいない。貴様の見上げた根性に応え、私も本気を出そう」
それからは、“両者”全力の戦いが始まった。
* * *
「ジラフ……ッ!」
英雄達が席から腰を浮かせ、苦しい表情で戦いを見守る。目の前ではクリュソス神と力を奪われたケンの時のような激しい戦いが繰り広げられていた。全てを駆使して持ち堪えているが、じわりじわりと押されていく。そんな戦いだ。
「ああ、ジラフ……!」
『ジラフ……』
皆がジラフの名を呼ぶが、どう続けて良いかが分からない。『頑張れ』なのか『もういい』なのか。ケン達の戦いと違うのは、キトー神もそれなり傷を負っている事だ。そうした丸付きと二十芒星の違いと共に、もうひとつ。逆に相手が二十芒星だからこそ、決着までが長引いていた。
ケンは圧倒的な力の差で、粘ったものの早い内に手足をもがれ決着した。二十芒星相手では、圧倒的な差が無いからこそ泥めいている。既にジラフの全身は真っ赤に染まり満身創痍。隠者が決着を告げないのが不思議な位だ。
「……良く保たせている。とうに限界は超えているだろうに」
ケンが目を細め呟く。その傍らで、カピバラ神とマーモット神が泣きそうな顔をしていた。
「ジ、ジラフ……ああ、どうしよう……」
「もう、もうじゅうぶんです……! おねがい、しなないで……!」
二神からそんな言葉が零れる程、ジラフは傷んで劣勢に陥っている。だが絶対に倒れなかった。先鋒戦のケンのよう、ぎらついた目で――ケンのように楽しげな雰囲気は無かった。ただ自分が負ければ全てが終わってしまうとでもいうように、あまりにも強い覚悟が見える。
『ああっ、ジラフどん……!』
「此方側から中断させられないの……!?」
視界の先、大輪の花のように大きな血飛沫が咲いた。ついにキトー神の槍がジラフの胴を貫き捉えた。だが、まだ倒れない。歯を剥き出し、貫いた槍を握り締める姿が見える。それを見てメイから悲鳴が上がり、急いたようにベルが叫ぶ。
「――中断なんて許されない。ジラフは全力を尽くしているんだから」
その騒ぎに、ずっと黙っていたジスカールが口を開いて皆の視線が向いた。いつもなら真っ先に青褪めたりおろつくだろうに、大将戦が始まってからはずっと厳しい顔で戦いを見守っている。
「どんな結果になろうとも、ジラフは家族を守る為に戦っているんだ。村民だから。あんな状態でも諦めずに全力を尽くして。君達と共に戦うと決めたから」
「ムッシュー……」
『ジスカールどん……』
「心配は仕方ないよ。けれどジラフより先にわたし達が諦めるのだけは、侮辱的だからやめてくれ。わたし達がするべきは、応援だよ」
毅然とした言葉に、数人の英雄が顔を見合わせる。数拍、唇を引き結んだ英雄と二神は――ジラフの方を見、精一杯の応援の声を張り上げ始めた。
* * *
「が、――は……ッ」
「……貴様を見直した」
胴をキトー神の光り輝く大槍が貫いている。血を吐きながらそれ以上を防ぐ為に握り締めるが、追撃の動きはなく代わりに静かな声が聞こえた。まともな返答が出せないから、視線だけをぎらりと向ける。
「不利な身で此処まで粘るとは。本当にあれらは貴様の家族なんだな」
「…………ッ、げほ、…………そうヨ……ッ!」
満身創痍を通り越して、死ぬ手前。隠者が決着を告げぬのはジラフがまだ『戦闘不能』と判断されていないからだろう。事実肉体は兎も角、ジラフのメンタルは一切衰えていない。彼をこうまでさせるのが、あくまで依頼で擬態し溶け込んだ先の英雄達なのだから。若く未熟で幼い神達なのだから。恐れ入る。
血混じりの即答に、キトー神が目を閉じた。次に何を言おうか、行おうか。僅かの躊躇いと共に。
「……これが試合に勝って勝負に負けたという気持ちか。貴様はきっと、レメディウス様の元にあっても同じように戦うのだろうな」
「――……」
その言葉にジラフが僅かに目を瞠る。どころか次に見えた表情に更に目を瞠った。場違いに、否、人違いかと思うように微笑んでいたからだ。
「――私は貴様を認める。其方の心情はどうあれ歓迎しよう。早く依頼を終えて神となれ」
その言葉と共に、貫いたままの槍から防ぎきれない強烈な雷撃が放出された。一瞬で目の前が白く染まり、全身が強張り引き攣り、ぶすぶすと煙を上げる。
「か――――……ッ」
意識を失っていたのは短い間だったと思う。けれど意識を取り戻した時には、隠者により決着が告げられていた。
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