565 村民として
「トルトゥーガさん! でかしたぞ!」
「トルトゥーガ殿~! 頑張ったの!」
『やあ……』
「十五芒星に勝っちゃうなんて凄いじゃない……!」
英雄側の控え席では、戻ったトルトゥーガが皆に労われていた。囲まれ褒められ、嬉しいのだが――自分だけの力ではない。
『やあ……ペルナ神が……勝ちを譲ってくれたんだよ……』
「どういう事です?」
『やあ……あの後……仕切り直されたらわたしに勝ち目はなくて……けど……この子らと共に歩みたいという気持ちを……汲んでくれて……』
「ペルナ様……!」
「ペルナさま……!」
トルトゥーガの言葉に、カピモット神が目を丸くする。ペルナ神はオムニス神を勝たせたかっただろうに。譲ってくれた有難さと、その気持ちを引き出してくれたトルトゥーガに思わず目が潤んだ。
『やあ……わたし達の……絆を引き裂いてまで……得る勝利ではないと……彼は……とても優しい……いい方だ……』
「はい……っ、そうなんです……! わがとも!」
「はい、我が友! 後でペルナ様に御礼を言いに行きましょうね……っ!」
優しい顔でトルトゥーガが幼い二神の頭を撫ぜる。二神も嬉しそうにぎゅーっと抱きついた。その様子に皆が目元を綻ばせたタイミングで、大将戦を開始するアナウンスが入る。
「む、ついに最終戦か。ジラフさん、頼んだぞ」
「ジラフ殿なら二十芒星相手でも楽勝じゃろて~!」
「ウフッ! 頑張っちゃうけどその前に!」
ジラフがゆっくりと立ち上がり、皆が口々紡ぐ応援に笑ってから。カピモット神の前に膝を付く。カピモット神はジラフの正体も村に来た目的も知らされているから、どういう顔をして良いか分からなくて――結局気遣うような顔で見上げた。
「カピバラちゃん、マーモットちゃん」
「はい」
「はいっ」
「アタシは“村民”として全力を尽くして戦って来るわ。それを許して貰える?」
「…………」
その言葉に驚いたような顔をしたのは三人。ジスカールとカピモット神だ。他の皆は意味が分からず怪訝にしたが、大人しく見守っている。
「……勿論です、ジラフ」
「はいっ! ジラフは、たいせつなむらのなかまですから!」
驚きに目は瞠ったものの、カピモット神はすぐに深く頷いた。村人として戦うという事は、半神としての本来の力は使えない・見せられないという宣言である。イコール、キトー神に勝てるかは分からないという示唆でもあった。が、理解した上で二神とも即座に返答し、ジラフにも飛びついてぎゅっと抱き締める。
「ジラフ、わたしたちはあなたがだいすきです」
「そうです。共に戦ってくれるだけで嬉しいのです。どのような結果になろうとも、私達は感謝していますし、あなたが大好きです」
「……ありがとう。アタシ、本当に全力で頑張って来るわネ」
ジラフも目を瞑り、ぎゅっと二神を抱き締め返す。その様子を見て、ジスカールが眉を下げ何とも言えない顔をした。オムニス神に恩を売る為か、あるいはジラフの忠誠を試す為か、理由自体は分からない。それでも他薦でキトー神を遣わしたという事は、ユースティティア神はオムニス神が世界を担当する事を望んでいる。
真の姿を明かせば恐らくキトー神には勝てるだろう。だが村の皆に正体が知れてしまうし、そうなれば依頼の事だって言わなくてはならなくなる。ユースティティア神の真意はどうあれ、どの道ジラフはこの一戦で試されてしまう。
あくまで村民として全力の最善を尽くすのが、カピモット神達にも誠実でジラフの立場を守る事にも繋がる。逆を言えばジラフはそれしか選べない。カピモット神もそう判断したのだろう。そんな事を考える内、ジラフが二神を離して立ち上がった。目が合うと、ニッと笑みを向けられる。
「ジラフ……」
「ジスカールちゃん、アタシは村民で皆の家族。そうでしょ?」
「――ああ、そうだよ。頑張っておいで」
覚悟が決まったようなすっきりした笑顔だったので、ジスカールも微笑み返した。笑い合った直後、ジラフが掌と拳を合わせて気合を入れる。
「よしッッッ! いってきますッッッ!」
「いってらっしゃい!」
『ジラフいってらっしゃい!』
『いってらっしゃーい!』
「いってらっしゃい!」
皆に見送られ、ジラフが光の橋を渡って闘技場へと歩いていく。その背を見送りながら、ケンがちらりとカピモット神を見た。
「俺達には言えない事だな?」
「はい、いまはひみつです」
「いずれ時が来たら、ジラフが自分で皆さんに伝えると思います」
「うむ、なら宜しい!」
それでケン始め全員が納得し、改めて応援に前を向く。秘密があるのはお互い様。そもそも秘密があろうが無かろうが、ジラフに限らず皆村の仲間で家族である事は変わらない――と、全員がそういう顔をしていた。それを見て、ジスカールだけが何だか嬉しそうにそっと目を伏せる。
一方、闘技場ではジラフとキトー神が既に対峙していた。
* * *
隠者がこれまでと同じ説明をし、二人の同意を得て開始を告げる。ジラフは“最強装備”のメタリックピンクの重鎧を纏い、手には大槍を握っている。対するキトー神は、他の神達と同じく鎧らしきは纏っておらず、美しい刺繍入りのクルタ風の装束を纏っていた。
「――アンタを寄越すなんて、アイツも意地が悪いわネ。それともアタシに負けた腹いせで復讐しにきたワケ?」
「ユースティティア様のお心は兎も角、これは復讐ではない」
「へえ?」
互いに好意の欠片も無い強い視線で睨み合っている。てっきり復讐だと思っていたが、キトー神の言葉に意外そうに片眉を上げた。
「過去貴様に負けた事は、単純に弱かった私が悪い。互いに全力で戦える状況なら、復讐心も芽生えただろう。だが今の貴様を倒した所で、私は満たされない」
「あっそ、そういうコト!」
リベンジしたい気持ち自体はあるが、真の力も出せない状態のジラフを倒した所で――という事だろう。軽く肩を竦めた直後に構えると、キトー神も虚空から光り輝く大槍を抜き出した。
「悪いけど、アタシは“村民”として全力出しちゃうから」
「好きにすればいい。手加減はしないから、精々死なぬように気を付けろ」
「こっちが“人間”だからってあんま舐めてんじゃないわヨッ!」
同時に双方強く“力場”が立ち昇る。天を貫くジラフの血色と、それ以上の規模で噴き上がるキトー神の真珠色。最初から二人とも全開であった。直後同時に踏み込み、目で追えない速度の応酬が始まる。
アイギスシステムのお陰で余波は外に洩れて来ないが、見ているだけで副将戦を超える攻撃力が交わされているのが理解出来る。時折振動が会場を揺らし、英雄側の控え席で何人かが立ち上がった。
「ジラフ……」
『ケンさんもやばかったけど、ジラフさんもほんとやばい……!』
『あれダンジョンで見た事あるぞ! 最初から全開過ぎんだろ……!』
「ふぅむ、技量自体は同等か……?」
ケンが双方の実力を測るように目を眇める。闘技場では既にダンジョンの巨大ロボ戦で見せた、ジラフの“他の武器”が現れて波状攻撃を行う“超必殺”と言っていた技が出されている。対するキトー神も幾つもの魔法陣を浮かばせ、あらゆる属性の魔法攻撃で迎え撃っていた。『神・星』属性であるキトー神は多くの属性と相性が良い。
ケンの目には単純な戦士としての技量はほぼ互角であるように見える。となると勝敗を分けてくるのはそれ以外の要素だ。そこまで考え、少し難しい顔でケンが唸った。キトー神にはまだ魔法などの余力があるように見えるし、これは分が悪いかもしれない。
お読み頂きありがとうございます!後程活動報告の方で詳細はあげますが、今後は更新日を『火・木・土』の固定にしていく予定です。他の曜日は余力があれば更新したり、他の短編などあげたりする形になるかと思います……!




