561 残り二戦
「なぁに? そんなに面白い事があったの!? 見たかったわ……!」
残るは副将戦と大将戦を残すのみ。少し早めの昼休憩を兼ね、再開まで少し時間が取られた。眠っていたベルも目を覚まし、既に戦った者達もシャワーを浴びて身なりを整え、全員が控室に集まっている。
マネージャーであるマーモット神が皆にせっせと弁当を配る中、寝ている間の顛末を聞いたベルが悔しそうにした。愛しのカイの応援だってしたかったし、タツの本気だって見たかったし、ジスカールの前の女房達とソロル神による痴態なんか絶対面白かったに決まっている。
『惜しかったでござるなベル氏ィ……っ! 拙者達がしかと見届けましたのでまた後程たっぷりお聞かせするでござるよっ!』
『えへえへ、ジスカールどんとジラフどんのキッス素敵だったぞベルどん……っ! 見てたおらにまでキュンの余韻がまだ残っとります……!』
「くう……ッ! 見たかった……ッ! 特にそれが見たかった……ッッ!」
救出組も昼食にしているらしく、タブレット越しに何か食べながら熱心に語っている。ベルが思い切り悔しがる傍らで、タツが呆然としていた。
「あんだけ他の女とイチャ付いといてこの着地出来たの剛腕過ぎるじゃろ……! ジスカール殿を見る目変わるて……!」
「やめてくれ、ちゃんと事情と行動理由を説明しただけだよ……!」
「そうヨッ! ちゃあんと全部説明してくれたから許せちゃったわッ! あのクソ女は許さないけどッッ!」
キスした時に『どういう事情と理由でああいう風になっていた』のかも細かにジラフに流した為、ソロル神に対する怒り以外は免れた。今のジラフは大変機嫌良さそうに――というか幾つも周囲にハートマークを浮かべてジスカールとウルズスの世話を焼いている。初めての愛情たっぷりキッスの効果は絶大なのだ。
「ウルズスちゃんも偉かったわネッ! 中々出来る事じゃないわヨッ!」
『えへへ、ぼくも大人になったでしょー!』
「ウルズスが居なかったら無理だったな。本当に頼りになったよ、ありがとう」
『えへ、えへへ……それほどでも……!』
もうこぐま段階に戻ったウルズスが照れながら蒸かし芋を齧っている。それを画面越しに見つつ、リョウがしみじみ呟いた。
『勝敗は兎も角、全部の対戦で何らかの結果や影響が出てるの凄いなあ。勝ち数も並んだし、次からが本当の正念場だね』
「そうですね。ケンもクリュソス神と和解出来ましたし、ベルも天界の男神達に激震を走らせ――いえ、師匠である薔薇の魔女の勢力拡大に貢献出来ましたし。私もウンブラ神には加護を頂戴しましたし」
「カイは私達にも頼りになる味方を齎してくれましたしね」
「はいっ! ウンブラさまがおともだちになってくれてうれしいのです!」
カイの相槌にカピモット神が嬉しそうに続ける。
『やあ……タツも恰好良かった……』
『そういやタツ勝ったから彼女に会えんのか?』
「ハッッッ! 其処の所どうなんじゃ……ッ!」
「今ポチャリエルが聞きに行ってくれていますよ」
「うおお! 結果早よ……!」
既にカピバラ神が手配してくれていたようで、タイミングよくポチャリエルが戻って来た。手に手紙の類は無く、今回は言伝を預かったらしい。
「うおお! ポチャ公! どうじゃった!」
「決闘裁判終了までは英雄側の勝利祈祷を続け、終わった後にお会いして下さるそうですよっ!」
「決闘裁判の結果関係なく会ってくれるちう事じゃな!? やったあああああ!」
「タッちゃん良かったわネッ!」
「全員の為に祈祷して下さっているの、有難いですねえ……!」
やっと面会を勝ち取ったタツが喜び拳を突き上げた。皆がほっこりした所で、大きく齧った肉を飲み込みケンが口を開く。
「とはいえ此処からは一筋縄では行かぬ。残る二神はなにせ“まとも”であるからな……! 気を引き締めて臨むぞ!」
『ハッ、そうだった……!』
『これまでがまともじゃないみたいな言い方だが事実そう……!』
現時点でどちらの陣営も二勝二敗の一引き分け。オムニス神の弟子であるペルナ神はまともの太鼓判だし、キトー神も潔癖で愛想が無い以外はまともと評されている。となると正々堂々の力量勝負になるだろう。
「十五芒星と二十芒星ですか……十三芒星のイグニス神と、匹敵するウンブラ神であの攻守だったので、更に上となると相当ですね」
「イグニス神はバカじゃったけど、あの魔法陣自体は確かにソロル神のやつより勝っとったのう……」
『あの、イグニス神とウンブラ神の魔法陣さ、盾と攻撃両立してなかった……?』
「だとしたら相当複雑な構成よ」
直接見てはいないが、話を聞いてベルが眉を顰めた。
「普通の武器で考えたら良いわ。剣は剣、盾は盾。本来別々に扱うものを合体させて扱うのは難しいでしょう?」
『ああ、そう考えたら分かりやすいなァ』
「完全に全て視た訳じゃないが、ソロル神の知識の中にはそうした両立技術は無かったように思う。十芒星以降で習う技術なんじゃないかな……」
ジスカールも覗いた知識と比べて頷く。ファナティックは急に呼び出し盾にして以降、救出組の居住場所からも消えて戻っていないので、一番詳しそうなニンアナンナ神を皆で見た。
『その通りですよ。知った所で対策がすぐに出来る訳でもなし、この位の解説は良いかしらね』
視線が集まると、ニンアナンナ神が優しく微笑んだ。
『基本的に芒星が上がれば上がるほど、師匠から学べる技は増えていきますし、勿論難度も上がっていきます。今話されていた攻守一体の魔法陣は、本来十三芒星で教わるべきものです。ウンブラ神は独学で習得していたようですけれどね』
「成る程……」
「では十三芒星からは普通に皆使って来るという事ですね」
『そうなります』
頷き、湯飲みに入ったお茶を一口飲んでからニンアナンナ神が続ける。
『二十芒星辺りまではそうやって、先人から“基本的な技巧”を教わります。これは世界運営の基本教育とは別の、神の強さとしての教育です』
「では二十芒星で技巧の基本教育は終了という事か」
『そうですね。以降は各自の長所を生かして自ら学んでいく形になります』
其処まで告げて、ニンアナンナ神が上手い例えは無いかと首を傾げる。
『例えばひとつの現象を起こすのに、五芒星なら100音の詠唱が必要だとするでしょう? 十芒星ならそれを50音まで縮める事が出来ます。詠唱の最適化やスキップ、そういった技巧を学んで扱えるようになるからですね』
『わぁ、ファナティックどんにおらが教わったやつだ……!』
『つまり上の芒星になる程、最適化とスキップが上達し、出来た余白に別の術を乗せたり強化する余裕があると考えれば分かりやすいかと思います。クリュソス神が極致と思えば分かりやすいでしょう?』
その言葉に皆が『ああ……』と遠い目をした。クリュソス神が惑星規模の魔法を無詠唱で複数展開していた姿を思い出す。あれが“101芒星”とすると20と15はどうなるのか――と想像してみるがいまいち想像しきれなかった。
「ウーン……、クリュソス神までは全然行かないけど、少なくともイグニス神やウンブラ神よりは断然強いって事よネ。頑張るわ……ッ!」
『やあ……そうだね……頑張ろう……』
「二人とも頼んだぞ……!」
対戦を残しているジラフとトルトゥーガが『むむむ』という顔で唸った。どう考えてもこれまで以上に手強そうだが、このまま勝つにはどうしても二人とも勝利しなければならない。改めて気合を入れ直した所で、休憩の終了を告げるアナウンスが響き渡った。
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