554 一人ずつね
「うわああああああああああああああ」
『ジスカール大丈夫……!?』
「あああ、っだ、だい、大丈夫だけど大丈夫じゃないいや大丈夫……っ!」
『どっち!?』
ジスカールが大丈夫だが大丈夫じゃないのでウルズスが混乱した。
「……エ、エマ……パメラ……ッ! ……ッッ、どうしてその姿に……ッ!」
『うふふっ! ジスカールさまの“愛”が拝見したいからですわぁ……っ!』
動揺しきったジスカールの問いに返って来た声は、二人の女性からではなく天の声のように何処からか響いた。
『ただ変身した訳じゃありませんのよ。このお二人は“本物”ですのっ』
「そんな筈無いだろう! 年齢的に二人ともとっくに亡くなっているよ……!」
『あなたさまにくっ付いていた生霊――いえ、お亡くなりになっていらっしゃるからもう元生霊ですわね。その魂の一部ともいえる思念を具現化しておりますので、これはもう本物ですわぁ……っ!』
「えええ……!」
生霊が憑いていた時点で衝撃なのに、それを具現化したと言われてしまってはどうして良いか全然分からない。
『――実は私、趣味と実益を兼ねてセックスアドバイザーをしておりますのっ。レスの御夫婦や、お相手をもっと喜ばせたいなんて方のご相談を中心にね! ジスカールさまにご協力頂ければ、今後更に素敵なアドバイスが出来ると思って指名させて頂いたんですのよ……っ!』
「夜のテクニックなら絶対ケンを指名した方が良かったよ……!?」
『テクニックは間に合っておりますので、必要なのは愛ですわぁ……っ! 後普通にジスカールさまが私好みでくんぐほぐれつしたいのも本当ですわぁ……っ!』
「ああ、そう……!」
それで指名されたのかと納得し掛けたが、やはり納得出来ない。
『うふふ、あなたさまは稀有な存在と申し上げましたでしょう? その“特別な愛”に女性を強烈に惹き付ける遺伝子の悪戯、呪いのような祝福……っ!』
「やっぱりこれ呪いなのかい!? 神様から見ても呪いなのかい!?」
『呪いのような祝福ですわぁっ!』
「実質呪いじゃないか……!」
ひとまずウルズスの影に隠れて、必死でソロル神と話している。指示が無いからか女性二人はまだ動かない。
『呪いとなるか祝福となるかはあなたさま次第ですわぁ……っ! という事で、本当は直接私がお手合わせしたい所ですけれど――まずは其方のお二人を愛してさしあげて下さいましっ』
「愛してって何……!?」
ソロル神の意図が読めないまま会話は打ち切られ、女性二人が動き始めた。エマ――黒髪の最初の妻だ、が斧をぎゅっと握り締めたまま、じっとりと此方を見詰め何かぶつぶつと呟いている。その表情にも呟きにも大変心当たりがあった。
「ッく……! ウルズス、すまない……! 彼女を押さえていてくれないか……! 攻撃してくると思うが、出来れば反撃はしないでやって欲しい……っ!」
『え、ええ……!? あれ誰なの……!?』
「あれはエマ。わたしの最初のつがいだよ……! もう一人はパメラ。わたしの2番目のつがいだよ……! 一度に二人も対処出来ないから、話が分かりそうなパメラから何とかしたいと思う……!」
『え、えええ……!? わ、わかった……!』
反撃しないで欲しいに困惑を深めたが、最初のつがいと聞けばウルズスも納得だ。どうしてつがい達が出てきたのかは全然分からないが、きっとジスカールが説得していくだろうと思ってじりじり近付いて来るエマの方に向き直る。
『エマ! ちょっとまってて! ジスカール順番にあいてするからまってて!』
「何よあんたどうしてシルヴァンと一緒に居るの許せないシルヴァンは私だけのものなのにどうして他の人と一緒に居るの話してるのシルヴァンったらどうして私以外を見ているの許せないあんた邪魔よどきなさいよシルヴァンは私の私だけのものなのに絶対に許せない許さない今度こそ私だけのものにするんだからどいてどきなさいよァアアァァァ――ッッッ!」
『うわああああああああああああ……!』
今度はエマの行く手を塞いだウルズスが恐怖で叫ぶ。その眼差しも狂気に満ちた表情も呪詛のように止まらない言葉も、容赦なく振り上げられる斧も怖過ぎた。
『ジスカール! こわいよ! はやく! はやくしてこわい!』
「ううっ、ごめんよウルズス……! ごめんよ……!」
奇声をあげながら斧を振り回すエマの姿が見えて秒で視線を外した。ウルズスが怯えながらも必死で反撃無しで押し留めようとしてくれている。大変申し訳なく思いつつ、一度に二人も相手は出来ないのでパメラの方へ向き直った。
「その、パメラ……久しぶりだね……」
「本当に久しぶりだわ、ベイブ」
パメラは元々SM趣味がある以外は何ら問題の無いサバサバした女性だ。声を掛けると記憶の通りに明るくさっぱりした笑顔を向けてくれた。ベイブと呼ばれていたのも懐かしいなと思う間に、ヒール音と共に彼女が目の前まで来る。
「生霊? 元生霊? よく分からないけど、死んだ後であなたに会えるなんて素敵なサプライズだわ。少し痩せた? けど相変わらず魅力的よ」
「ありがとう、ベベ。君も全然変わらない。結婚していた頃の姿だね。歳をとっても美しかったけれど、凄く懐かしいし新鮮だよ」
同じく当時使っていた愛称で返し、此方も笑ってみせると首にするりとパメラの腕が回った。スポンサーだったのと、彼女の息子の事で離婚後も付かず離れず連絡は取っていたから後年も知っている。が、目の前の彼女は結婚当時の若い姿だ。
「――所でね、ベベ」
「なあに、ベイブ」
当たり前のように軽くキスを交わし、腰に手を回すと目の前の彼女を見た。割と近くでエマの金切り声と大分遠くの方でジラフとカグヤの悲鳴が聞こえた気がするが、今は聞かなかった事にする。
「何をどうしたら良いのかな?」
「神様の事よね? あたし達を召天させろって事だと思うのよ」
「召天……」
「本当のあたしは、元の世界でもうとっくに神の御許に召されている。けどその魂の一部はこうしてあなたにくっ付いている。世界を跨いでしまったから、同じ御許には行けないのよね」
「ああ、そういう事か……」
生霊とはいえ魂の一部が自分に取り憑いて世界を渡ってしまった。成仏しようにも出来ない女達を哀れんでソロル神がこうした、と思うと慈悲のようにも感じる。真意は分からないが。確か『愛してさしあげて』と彼女は言っていた。
「君を愛したら召天出来るのかい?」
「そんな気はするけど、分からない。あたしは兎も角、あのエマって娘は未練と執着が凄いじゃない? その辺りを解消出来たら――って気がするわ」
「そうか……、……」
「なぁに?」
「エマは理解出来るんだが、君がこうして生霊になったのが不思議で……」
「……ああ」
パメラが赤い唇を愉快そうに笑ませた。
「自分で思っていた以上に、好きだったみたい。あなたと別れて息子が成人してから、何人とも付き合ったし再婚もしたでしょ? けど一番お気に入りだったのはあなた。死ぬ時に思い浮かべたのも――ベイブ、あなたの顔よ」
「ああ、ベベ……」
「そう考えたら、愛で召天出来るっていうのも間違いじゃないかもね」
「……ッ!?」
思いがけない言葉に感動した直後だった。悪戯混じりの声音と共、想像以上の強い力で押し倒される。床にぶつかると思ったが、背を受け止めたのは柔らかなベッドの感触だった。
「は、え……!?」
「今は神様の力をお借り出来る状態なの。だからこんな風に“愛の巣”だって出せてしまう」
「ええ……!?」
慌てて見渡すと闘技場のど真ん中に、何だか見覚えのあるキングサイズのベッドが鎮座していて自分達はその真上に居た。このベッドは見覚えがある。どう見ても結婚していた時に夫婦の寝室に置かれていたものだ。
「ちょ、ベベ……!」
「昇天したら召天出来るかもしれないわ。愛し合ってみましょうよ、ベイブ」
「誰が上手い事言えと……! いや、いやいやいやいや……!」
「急いだ方が良いわよ。エマだって神様の力をお借り出来るんだから」
馬乗りになったパメラが、束ねた鞭でクイッとジスカールの顎を持ち上げる。艶やかな花のようなとびきりの笑顔だった。サーッと青褪めながら、『エマだって』の言葉も聞き流せなくてウルズスの方を見る。
「うわああああああああウルズスうううううううう……!」
『ジスカールはやくしてええええええええ……!』
見ればエマが見た事のないというか、出せる筈の無い物凄いバトルエフェクトを出して斧を振り回している。その力と姿はさながら鬼神のようであった。
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