550 逆鱗
「……そういえばまともに戦うタツさんを見るのは初だな?」
「そういえばそうネ?」
『一緒にダンジョン潜った組ですら見てないって何なの?』
『いやほんとダンジョンでもあいつまともに戦ッてねえから……』
『ちなみに試練でもあんまり龍王の観察はしてないですゥ~っ!』
英雄側の全員が、応援するより初めて見るタツの戦う姿に驚いている。
「いや、結構凄くないですか……?」
「素人のわたしから見ても凄いように思うんだが……」
『タツかっこいー!』
『タツ氏ィ~! 本気のタツ氏恰好良いでござるよタツ氏ィ~ッッッ!』
ウルズスやカグヤから歓声があがり、トルトゥーガとメイがにこにこする。
『タツどんはおらより死の土地再生上手だし絶対強いと思っとりました!』
『やあ……流石タツだ……ちゃんと使いこなせてる……』
「トルトゥーガさん、タツさんに何か授けてやったのか?」
『やあ……互いの“努力”を……共有したんだ……』
「それ割合大丈夫!? トルトゥーガちゃん損してない!?」
『やあ……そんな事はないよ……』
ジラフの声にトルトゥーガが笑って首を振る。その視線は頼もしそうに、ずっとタツを追っていた。
* * *
「あァん!? ちったぁやるじゃねえかよッッッ!」
「ふん! 下級神止まりは取り下げたくなったじゃろがい!」
ひとまずの所、属性魔法でのぶつかりは互角だった。そう判じたイグニス神が即座に木刀での接近戦と炎魔法での弾幕援護に切り替える。驚くべきはタツがそれにきちんと互角に対応している事で――そもそも一度は上級神への打診を受けているので実力的に驚くべきではないのだが、普段のタツのイメージが強過ぎて英雄側は全員驚いている。
「だが剣術は“ままごと”だぜッッッ!」
「ッだ! そもそも儂剣士じゃないからの!?」
木刀と宝剣での近接戦はイグニス神の方が上手だった。数合打ち合った時点で手から宝剣を弾かれ、タツが顔を顰める。その隙を逃さずイグニス神が打ち込むが、ひょいと避けられた。
「……ッが!」
「剣は下手でも体術は強制的に修行させられとるからの!」
そのままカウンターで掌底を腹部にブチ込まれ、イグニス神が舌打ち後退する。侮っていたが、目の前の男は思った以上にやる。神獣の中でも特に龍は格と能力が高いとされているが、タツも多分に漏れずらしい。
「ふん、白蓮の言う通りだぜッッ! 相手にとって不足はねえッッ! オレも本気出して――」
「ちょ待てぇぇええぇぇぇぇい!」
「あァん!?」
「今何ちうたァアアァァ!」
「ああ!? 相手にとって不足はねえッッッ! オレも本気出して――」
「違うわバカ! その前じゃてエェェェェエエエェッッ!」
タツが目の色を変えたのでイグニス神が『オン?』となりつつ反芻する。
「白蓮かッッッ!」
「儂の女じゃぞ! 呼び捨てやめえよ! どういう関係じゃッッッ!」
「白蓮は白蓮だろうがッッ! オレのが格上だし敬称なんざ付けねえッッッ!」
「喧しいバカッ! バカーッッッ! 関係を聞いとるんじゃあああッッッ!」
予想外に白蓮――彼女の名が出てしまったので動揺せざるをえない。余程必死な顔をしてしまっていたのだろう。イグニス神がニタァと笑った。
「白蓮はいい女だよなァッッッ!」
「ちょおまあああああッッッ! 手ェ出したんか!? 許さんけど!?」
「浮気放題のオマエにだけは言われたくねえッッッ!」
「何を何処まで聞いて――!? 儂のは外注であって浮気じゃないわいッッ!」
「世の女のどんだけがその言い分認めると思ってんだァ!?」
関係性を明確に言わないイグニス神に、タツの中で不安が弾けた。勿論彼女を信じてはいるが、タツが何千年と惚れ込んだ良い女なのである。目の前のチャラそうなバカがコナを掛けていても不思議は無いのである。上級神になりたてで末席の彼女が、格上のバカの誘いを断れなかった――という事はあるかもしれない。他にもどんどん色んな良くない想像が浮かんでしまう。
「いやいやいやいやいや! 儂は彼女を信じとるし! そもそも議会後に御堂へ籠ってずっと勝利祈願してくれとるし! アアッ! まさかこのバカの為の祈願ちう可能性ある~!?」
「オマエが外注してんなら白蓮だって外注していいって事になるよなァ!?」
「ならんッッ! それはそれこれはこれ絶対ならんしィイィ~ッッッ!」
彼女を信じたいのに嫌な想像がどんどん溢れ出してくる。上天界という同じ職場なのだから、顔見知りである事自体はおかしくない。だが『白蓮の言う通り』だとか『浮気放題』だとか、明らか何らかの自分の話を聞いているのが関係を疑わせた。
「アーッ! アーッ! 頭おかしくなりそうッッッ! このバカと何かあったちうのか!? 嘘じゃろ!? ほんとに!?」
「フン! オレに勝ったら教えてやるぜッッッ!」
「言うたな!? 迅速にブチ勝ったるわい――ッッッ!」
「本気のオレに勝てると思ッてんならな――ッッッ!」
カンガルーの殴り合いの如き言葉の応酬を経て後、二人共一気に本気に火を点けた。観客達がざわつく程に両者の覇気が高まり、びりびり大気を震わせる。
闘技場内、半球の半分が強烈な熱気に満たされた。イグニス神の皮膚が燃えるように赤く輝き、ぐつぐつ煮え滾るような神力が放出されている。景色が熱気で揺らめき、握っていた木刀が一瞬でどろりと溶けて新たに“溶岩の剣”が生み出された。
もう半分では嵐が顕現していた。激しい雷雨、渦巻く豪風、その最中には鬣を逆立たせ瞳を黄金色に輝かすタツが居る。その表情に普段の面影は無く、荒ぶる龍の神性を剥き出しにしているかのようだった。
「行くぞオラアアァァァ――ッッッ!」
「儂の逆鱗に触れた事後悔させてくれるわッッッ!」
両者共に咆哮、先に踏み出したイグニス神が距離のあるまま大きく剣を振った。鋭い一閃、その軌跡がそのまま豪速の溶岩流と化してタツへと迫る。迎え撃つタツも浅く構え、距離があるまま拳を放つ。どッ――! と衝撃がそのまま巨大な濁流と化して溶岩流と激突した。瞬時に辺りを埋め尽くす蒸気と轟音。
「ウラアァァアァ――ッッッ!」
間髪入れずにイグニス神が固まった溶岩をぶん殴り破砕。巨大な欠片達が衝撃を伴いタツへと飛来してゆく。
「ンッゴッ! 痛いじゃろボケェエェェ――ッッッ!」
ガッゴッと良い音をさせながら、タツはぶつかる岩石を避けなかった。ボコボコに衝撃を受けながらも、握りきらず爪を立てるように指先を曲げた手が空間を引き裂く。途端に轟音。嵐の中から数条の落雷が躱す間も無くイグニス神を貫いた。
「しッびッ! クソが! 肩凝りが治ったぜゴルアアァァ――ッッッ!」
イグニス神も痺れ焦げるような痛みを味わいつつ、それでも覇気は衰えない。今度は両手から溶岩を溢れさせながら、何事か詠唱を始めた。同時イグニス神の背後に幾つもの魔法陣が展開されてゆく。タツの方もブチ切れ顔のまま宝剣を引き寄せ、構えて詠唱を開始する。イグニス神の数多に対し、タツの魔法陣はひとつ。互いに大技の前触れであった。
* * *
「………………」
「…………」
「………………」
その戦いを眺め、英雄達は絶句していた。タツは頑張っている。本当に頑張っている。頑張るだけでなく見事にイグニス神と渡り合っているし、その雄姿は惚れ惚れする程である。だが、それよりも何よりも、皆の心を支配するひとつの感情があった。
「タッちゃん……」
「タツさん……」
「タツ……」
『タツどん……』
『タツ氏…………』
『タツさん…………』
皆が絶句し言葉に出来ない中、ややあり漸くガンがぽつりと呟く。
『……あいつこれまでどんだけ手ェ抜いてたんだよ。サボり過ぎだろ……』
その言葉に、全員何とも言えない表情で顔を背けた。
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