54 メンズオーディション
「呪われている――?」
「そうよ!」
ほとほと困った、という顔で魔女がテーブルに両頬杖で息を吐く。
「わたくしは前の世界で一番強く美しい、それはもう最強の魔女だったの。あらゆるものを欲しいまま、人の運命を弄んだり救済したり転がしたり、清く楽しく魔女らしく過ごしていたのに……!」
「どちらかと言うと悪寄りに聞こえるぅ……」
「魔女はきまぐれであるからなあ」
「それが! あの小娘達……っ!」
魔女の話を纏めるとこうだった。
散々好き勝手をしてきたが、ふと思い立ち世界中の男を独り占めしてみた所、他の魔女達のみならず他種族の女達までもが怒り狂い、これまでの鬱憤が大爆発からの結託、数の力で呪いを掛けられ、挙句世界から追い出された――のだと。
「自業自得感がすごい!」
「流石のわたくしも自分一人対それ以外の女達! では分が悪かったってワケ!」
「魔女の世界は力業だけではありませんからねえ……恐らく数に任せてあらゆる手段を用いられたのでしょう……」
「ははっ、暴君の末路みたいで嫌いではないのだよなあ! こらこらガンさん噛むでない!」
ガンは相変わらずケンの頭上で猫になっている。ケンに指で突かれた瞬間、指を抱えて噛み付きながら猫キックをしていた。凶暴だがネコチャンなのでかわいい。
「それでな、呪いの解除に男が必要なんだそうだ」
「お、男……ですか……」
「ちなみにどのような呪いを掛けられていらっしゃるので……?」
「……そうね、深刻なのよ……魅了魔法と若返り魔法と使い魔召喚の使用不可でしょ……! ああ、忌々しい……! それに“工房”の使用不可よ……!」
魔女がイライラと告げる。魅了魔法と若返り魔法が最初に来る辺り、それが一番重要なんだなと思ったが口に出さないだけの賢さをリョウは持っていた。
「成る程……前者二つは置いておきまして、使い魔召喚と工房が封じられてはそれは不自由でしょうね……」
「僕魔女さんの事ってそんなに詳しくないんだけれども、使い魔と工房って重要なの?」
「そうですね……便利な手下達と、色んな物を生み出したり魔法強化ができる施設が使えないようなものでしょうか……?」
「そうよ……! 今のわたくしは枷を嵌められたか弱い乙女なの……!」
「や、それでも絶対めちゃくちゃ強い気配が――いえなんでもないです」
魔女に睨まれたので慌てて口を噤む。同時にケンの頭上でぽんッと音がする。
「こんなくそババアの呪いなんか解いてやる必要ねえだろうが……!」
「あっガンさん元に戻っ……」
「お黙り小僧!」
「嗚呼……っ」
「ネコチャン!」
ぽんッ! 再び杖が振られ、姿が戻ってケンに肩車状態だったガンがまたネコチャンに変化させられる。ついでにケンからも獅子のような獣耳と尻尾が生えた。とばっちりである。
「あら、流石にケン様は魔力抵抗がおありだこと……!」
「おお、耳と尾が生えたのは初であるな!」
「ニャァ゛ア゛ッッ……ッッ!」
ケンが全然気にせず振り返って尻尾を動かしている。ガン猫がめちゃくちゃ悔しそうに何度もケンの頭をパンチした。
「ははは! ガンさん、そう殴るでない! そら、遊んでやるから!」
頭からガン猫を掬って尻尾の方へ置いてやる。あやすように揺れる尻尾に、ブチ切れたガン猫が飛びついて噛み付いていった。
「ネコチャン……」
「ネコチャン……」
ガンだと分かっていてもネコチャンなのでかわいい。リョウとカイが思わずほっこり目で追った。ところで本題に戻される。
「――まあ、そういう事情もあり俺とマダムは事を致そうとしていた訳だ」
「待って! 呪いの解呪方法って性行為なの!?」
「別に、愛あるキッスで解けるわよ」
「じゃあなんで二人とも行為しようとしたの……!?」
「む、お互い合意で接吻だけでは勿体なしと判断したからだが」
「そうよ」
「あ、はい……」
何ともいえない顔でリョウが座り直す。
「愛あるキッスというと、おとぎ話でいう眠り姫が目覚める真実の愛の接吻のような、それに類する解呪法ですね……」
「ええ、ケン様なら愛があるからいけると思ったのだけれど……!」
「そ、そんな出会ったばかりの愛でいけるの……!?」
「あら、何をおっしゃい! 眠り姫と王子だって初対面じゃない! 重要なのは心があるかどうかよ……!」
「こ、心……」
リョウとカイが顔を見合わせる。それからガンを見る。滅茶苦茶不機嫌そうにケンの尻尾を殴ったり噛み付いたりしていた。まずガンは駄目だろう。あれだけビンタされてあれだけ猫にされて愛など生まれよう筈が無い。
それからまた顔を見合わせる。つまり――――。
「ぼ、僕らのどちらか……」
「という事ですか……?」
「そうなるわね……」
「うむ、そうなるな!」
「ち、ちなみにどうして前の世界では解呪出来なかったか……とかは……?」
「ハッア!? 若さも魅了も取り上げられて使い魔の工作や工房で秘薬も作れないんじゃ誰も愛してくれなかったからに決まってるじゃない!? わたくし性格最悪なんだから! だから追い出されるようにしてこの世界に来たのよ!」
「わはは! この自覚が潔くて逆に愛らしいのよな!」
「な、なるほど……正直な方……という事で……」
「………………」
「……………………」
リョウとカイが曖昧に視線を逸らす。どうしよう愛せるかな……と顔に書いてある。ガン猫はケンの尻尾を引っこ抜こうと咥えて全力の綱引きをしている。
「ふぅむ、それぞれとデートでもしてみて、それで決めるというのはどうだ?」
「そうねえ……」
「えっ、デデデート……!?」
「自信無いですが……!?」
「というか……別に急いで呪いを解く必要も無いのでは……?」
「そ、そうですよ……」
「なあに? わたくしとデートがしたくないとでも?」
「いいいいやそういう訳じゃ……!」
「そうですよ……!」
ふう、と物憂げに息を吐いた魔女が掌で杖を転がしながら二人を見る。
「――大人しく、わたくしの呪いを解いた方があなた達も嬉しい筈よ」
「う、嬉しい……?」
「……?」
「見たところ、この村。未開の大地をよくぞ此処まで発展させた――と言いたい所だけど……」
含みを持たせ、魔女が村を見渡す。
「まだまだ足りないものがあるでしょう?」
「そ、そりゃあ……」
「まだ開発中ですしね……」
「わたくしの使い魔には色んな職人小人が居るし、工房が解放されればこの村に足りない紡績や他にも、足りない色んな技術が提供できてよ」
「――!」
「……!」
リョウとカイの目が見開かれる。紡績、その他――魔女の呪いを解く事で新たな技術が。
「おお! では新たな布の作成や、そこから新たに衣服を作るという事も?」
「ええ、シャツだろうがパンツだろうがカーテンだろうが。見た所だいぶ傷んできていらっしゃるものね」
ケンのよれてきているシャツを見て魔女が頷く。それに他の三人の上着は先程魔女自身が引き裂いている。
「わたくしの職人小人達は優秀よ。布でも革でも金属でも硝子でも、素材さえあれば加工はお手の物だわ」
魔女が村に足りないものを見越したように笑う。
「それは……滅茶苦茶嬉しいかも……」
「ですね……」
またリョウとカイが顔を見合わせる。
「どう? わたくしとデートがしたくなってきたでしょう」
「は、はいぃ……」
「なってきたような……気がします……」
「うふふ……!」
「よし! 話はまとまったな!」
丁度外の雨も止んだ所だった。ケンがガン猫を摘まみ上げ、頭に乗せると立ち上がる。
「ではリョウさんとカイさん! 順番にマダムとデートをして貰い、相性の良い方に呪いを解いて貰うとしよう!」
相談の結果、まずリョウが魔女とデートをしてくる事になった。
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次話は明日アップ予定です!




