547 おうちカット
「おお……」
「誰だアイツは……! ウンブラ何処に行きやがったんだよ!」
最初にオムニス神が気付いて驚き、続けて怪訝そうにイグニス神が怒鳴る。
「いやあれはウンブラだぞ」
「ウッソ!?」
会場の殆どが『ウンブラ神何処行った?』と思う程度には様変わりしていた。闘技場の上、異形の魔王と対峙するのは影色のローブを纏った青年だった。だが全然“お化け”ではない。背筋を真っ直ぐ伸ばし、足元まで伸びていた黒髪は短く軽やかに散髪され、額と顔が出ている。そもそも幼少時は兎も角、今現在のウンブラ神の素顔を知る者など居ない。そのせいで皆『誰?』状態である。
「どうです、皆さん驚いていますよ」
「う、うう……っ! 皆の視線が怖い……! ほ、本当に変じゃないかな……?」
「大丈夫です! 全然変ではない! 寧ろとても素敵になりましたよ!」
カイの提案はみっつあった。『影で包むのをやめ、戦う様子を皆に見て貰いましょう』と『戦う前に猫背を治しましょう』と『嫌でなければ髪を切って顔を出しましょう』のみっつである。
ウンブラ神としてはどれも相当にハードルが高かったが、親身になってくれたカイの言う事である。それに『変わる』を示すには分かりやすいとも思った。そういう訳で戦う前にカイから姿勢の指導を受け、“床屋さん”もして貰った。カイは散髪のプロではないが、前の世界で子供らの散髪をしていた事があるそうだ。
そしていざ散髪し姿勢を正すとウンブラ神は見違えた。決して派手ではないが綺麗な顔だちをしていたし、どんな美男美女でも姿勢が悪いと残念に見える為、姿勢効果は絶大だった。がりがりなのと不健康そうな顔色は今どうにも出来ないが、今後沢山食べて日に当たれば良いと言われた。
そういう訳で、突発の改造を終え今は影で包むのもやめて対峙している。
「緊張したり怖いなら、私だけを見ていて下さい。周囲は気にしなくて宜しい」
「う、うん……」
とても観客席の方を見る勇気は無いので、ただひたすらにカイを見ている。そもそも誰かと目を合わせるのすら苦手だが、今のカイは異形なので普通の神と比べて何となく見ていやすい。
「では――改めて始めましょうか」
「……ああ」
そもそもカウンセリングを挟んだが、本来は決闘なのである。互いに了承した瞬間、二人共同時に仕掛けた。肉弾戦は苦手とふんだカイが一気に距離を詰めて来る。逞しい巨躯の突貫を、ウンブラ神の影から生えた巨腕が受け止める。
「成る程、これなら運動が苦手でも戦えますね……ッ」
「いつもシミュレーションだけで実戦なんか、ほぼした事ないけどね……!」
「それでこれなら大したものです」
がっちり組み合ったまま、カイの羽から負の感情を相乗した強力な闇の魔弾が弾幕のように撃ち込まれる。詠唱もしないのに、即時ウンブラ神が防御魔法陣を展開して全て受け止めきる。傍から見ていて良い勝負だった。
* * *
「はぁん……っ、ウンブラ神ったら実は美青年じゃないですのぉ……っ! きゅん……っ!」
「良い勝負ですね」
「うむ」
くねるソロル神の傍ら、ペルナ神の言葉にオムニス神が頷く。
「カイが上手いこと揉んでくれたようだ。感謝せねばな。我はあんな楽しそうなウンブラを見た事が無いぞ」
「私もです。それに――……」
「ああ、決闘裁判後に昇級申請を出してやろう」
吹っ切れて変わろうとするウンブラ神は全力を尽くしていた。そしてそれは、十芒星に収まる力ではない。嬉しそうにオムニス神が口角を引き上げる。
* * *
「拙いな……」
「そうネ……」
英雄側の控え席では、ケンとジラフが難しい顔をしていた。最初は良い勝負、互角に見えたが徐々にウンブラ神が押してきている。
「こういう勝負の機微は分からないのだけれど、どういう状況なんだい」
「今は徐々に押されているカンジ。運動神経が悪いって聞いてたけど、ウンブラ神は魔法でちゃんと対応出来ちゃってるわネ」
「後は――カイさんのお人好しが仇をなしたな。あの暗闇で何をしたかは分からんが、明らかにウンブラ神の様子が違うだろう」
「そうだね。急に明るく――は無いけれど、健やかになった感じはする」
最初に対峙した時は、遠目からでも鬱々とした負のオーラが感じられていたが今はそれが無い。
「カイさんは相手の負の感情を取り込めば取り込む程強くなるからな。どうせ人生相談にでも乗ってやったのだろう。自らアドバンテージを手放したようなものだ」
『アホなのか?』
『いや、カイさんの良い所だと僕は思うよ……!』
「わたしもそうおもいます」
「私もそう思います。あんなウンブラ神は初めて見ました……」
カイが不利になる事は喜ばしく無い筈なのだが、カピバラ神もマーモット神も何だか嬉しそうにしていた。
「……皆さんが私達を助けて下さったように、ウンブラ神もカイに救われたんじゃないかなと思います」
「わたしもそうおもいます。ウンブラさまはいつもかなしそうでしたから、なんだかわたしもうれしいです」
『おまえらが良いなら良いけどさァ……』
ガンが呆れたように言うが、それでも二神は嬉しそうにしたままだった。
* * *
互角から押される側へ。『闇・霊』は互いに同属性で半減だが、ウンブラ神の『神』属性がどうしても刺さる。カイの特性を活かし、負の感情を増幅させて対抗するが流石は神といった所で防御が硬すぎる。イモルヴァスとは比べ物にならなかった。
「……ごめんよ、君は僕を助けてくれたのに」
「それはそれ、これはこれです。というか真剣勝負に手を抜かれる方が嫌です。互いに全力を尽くした結果なら、私は納得出来ますからね」
「……そう…………分かった」
戦う内にウンブラ神の緊張やこわばりが解け、徐々に動きも力の使い方も上手くなっている。お陰で生まれた僅かの余裕で気付いた。相変わらず怖くて視線は向けられないが、“声援”が、確かに声援が鼓膜を揺さぶっている。
それは初めての事だった。皮膚で感じる“視線”もいつもと違う気がする。敬遠したり気味悪がるようなものではなくて――まるで自分が受け入れられているような不思議な感覚だ。
「………………」
一度だけ、勇気を出してオムニス神の方を見る。目が合うと、親指を立てて大変な笑顔を返してくれた。言葉が届く距離ではないし、まだ決着も着いていないのに『よく頑張った』と言われたような気がした。あまりに嬉しくて、全身に鳥肌が立つような思いに満たされる。
――どうしても、かの神の期待に応えたいと思った。
目を閉じる。全ての力を絞り出すように集中する。足元に絨毯のように影が広がり、影色の巨腕が幾つも生える。避けるように飛び上がるカイを握り潰さんと幾重に巨腕が迫ってゆく。その間に更に“詠唱”を紡いだ。
無詠唱では乗せきれない力を全て乗せ、紡いで編んだ“神力”を収束した。何とか巨腕を掻い潜ったカイが真っ直ぐ此方に飛んで来る。魔王の身体は螺旋ドリルのように回転し、自分の苦手な“物理”で圧し潰そうと迫って来ていた。
一度深く呼吸し、衝突する瞬間に分厚い魔法陣を盾のよう展開する。
黒い火花を散らす激突。この盾は貫けないとカイが判断した瞬間――カッと魔法陣から黒い宝石の如き輝きを纏い、神力が一気に放出された。それは圧倒的で、見る間にカイを飲み込んで不可視の闘技場内壁へと叩き付ける。
ウンブラ神が放出を切ると同時に落下し、呻いて転がったカイは満身創痍で元の姿に戻っていた。そして、ダメージの程を見た隠者がウンブラ神の勝利を宣言する。
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