545 魔界カウンセリング
生まれた時から他の神に比べて不利なスタートだった。
光輝燦爛たる天界に於いて『闇』属性の神は多くない。勿論居ない訳ではないし、何柱か高名で有力な神だって居る。それでも結局主流派ではない為、差別をされるという程では無かったが、幼い頃から色んな場面で肩身が狭かった。
『夜』を司る母神から産まれたウンブラの司る力は『影』だ。光を遮った先に出来る暗い部分。物心ついてからは、生まれた瞬間から光り輝く場所で生きられないと宣告されたような気持ちであった。
まだ幼い頃、同級生の光の神に言われた。『影なんて光が無いと存在出来ないんだぞ。でしゃばるな』と。それは何かの試験で、ウンブラの方が良い成績だった事に腹を立てての幼い言葉だった。翌日には忘れたかのように話しかけてきていたが、元からのコンプレックスに加えその言葉は抜けない棘のように突き刺さった。
それからウンブラは目立たぬように、それこそ影のように息を殺して生き始めた。最初の内は何人か気にしてくれたが、そっけなくしていると『元々闇属性だからそういうものか』と気にされなくなった。
人付き合いを出来る限り断ち、人間関係の構築や維持を学べないまま育ってしまった。清潔にはしていたが、流行りも分からないから見た目はお化けのようだったし、それで敬遠されたり気味悪がられたりもした。
そんな神生の中、ウンブラを傷付け落ち込ませる出来事は列挙しきれない程に沢山あった。些細な事から大きな事、相手は意図的な時もあれば無意識の時もある。槌で杭を打ち込むように、何度も何度も周囲から“打ち付けられ”て、すっかりウンブラは潜ってしまった。
神としてこのままではいけないと思う焦りと、今更どうして良いか分からないし誰にも聞けない葛藤。そして今更変わろうとした所で笑われるのではないかという恐怖。そんな気持ちで鬱々と過ごしていた時に、ミコー神に会った。
何かの講義の時だった。遅刻してきた彼女が、ウンブラの隣の席に座ったのだ。最後列の一番端っこ。遅刻して来たからこっそり目立たない場所に座ったのだろうとは思ったが、これまでどんな女神も自分の隣は避けて来た。それが全然気にせずに座って、しかも気味が悪いだろう自分に話しかけてきた。
慌て過ぎて筆記具を忘れたという事で貸してやったが、その時に交わした言葉も御礼の笑顔も他の態度も。本当に“普通”で酷く驚いたものだ。自分のコミュ障が災いして、それで何がどうなるという訳ではなかったが『他の神と同じように普通に扱われる』という経験は何千年ぶりで酷く心に残った。
以降も時折会う度――すれ違ったり他の講義で顔を合わせたり程度だ、にも彼女の態度は変わらず、どんどん気になるようになってしまった。
調べると彼女は神式プロレスのスター選手で、アイドルのように人気を博して握手会などもあるらしかった。気にはなったが当然直接の観戦や握手会などに行く度胸がある筈もなく――こっそりと中継を見たり、公式プロフィールを調べるなどその位しか出来なかった。ファンである事を公言した事も無い。自分のような者に想われては彼女も迷惑だろうと思った。
それでもアイドルだからだろうか、誰にでも分け隔てない彼女の言動は随分とウンブラを救った。営業用の顔だとは一切思わなかった。そう思える程ウンブラは世間を知らなかった。『光』属性を持つ彼女の影ならば、それはそれで良いと思える程だった。オムニス神から無茶な誘いを受けた時も、ミコー神も参加すると聞いて話を受けた。誰にも気付かれない、信仰のような淡い淡い恋だった。
それが先程見事に打ち砕かれて、ウンブラは絶望した。これまで幾度も落ち込んできたが、今回の傷は深く耐え難かった。こんな自分では、きっと死ぬまで何度もこういう痛みを味わって生きるのだろうとも思った。
嫌だった。何か――未だに何をどうすれば良いかは分からないが、少しでも変わらなければならないと思った。それで手始めに“やつ当たり”をする事にした。何とも後ろ向きではあるが、自発的に動くのは初と言っていい。
それに何より、魔族であり同じく『闇』属性であろうカイが幸せそうにしているのが本当に堪えた。だからこそ“やつ当たり”に引き寄せられたし、戦う気になったといってもいい。
そのような事を赤裸々に――口下手でも感情混じりの豪雨がカイへと全てを教えてゆく。列挙しきれない傷ついた内容まで全て。本当に全てを打ち明けた。半ば自棄になっていた事もあるし、魔界カウンセラーの守秘義務を信じた事もある。何よりこんな風に自分の話を聞いてくれようとする相手は、幼少期以来初だった。
「成る程……」
全てを打ち明けた証明かのように、豪雨がぴたりと止む。魔王が深く頷いた。
* * *
「……情けないし、良い迷惑だろう。ただの妬みと僻みで、他のファンみたいに関係性があった上で裏切られた……みたいな、そんな正当性すらない……」
「情けないとは思いませんし、迷惑とも思っていません。辛かったでしょうに、教えて下さってありがとうございます」
立ち尽くすウンブラ神に、魔王がゆっくりと近付いてゆく。怯んで後退りかけたが、彼の言葉が温かいので何とか堪えていた。
「貴方の痛みと苦しみは、貴方だけのものです。理解出来ない他者が良し悪しを決められるものではない。ですが、私は今直接教えて頂きました。完全とはいかずとも、ある程度は理解出来ていると思いますよ」
「………………」
どう返して良いかも分からずに黙り込む。すると魔王が微かに笑って――なお鬼神のような顔をしているので笑おうが普通に怖い、が怯えさせないようにそっと腕を伸ばして来た。
「…………ヒッ」
「大丈夫、大丈夫です。色々お話する前に、どうしても先にひとつだけ言わせて頂きたい」
「…………な、なに……」
傷つけるものではないと示しつつ、そろーっと魔王の手がウンブラ神の両肩に掛かった。形状は滅茶苦茶怖いが、痛くも重くも無い。寧ろ温かかった。
「影は光が無ければ存在出来ないと言われましたね? 光こそ、影が無ければ存在を証明出来ません。どちらがという優劣は無く、対等なものです」
「……!」
「眩い光の中では安らいで眠るのも困難でしょう。灼熱の太陽の下では、涼しい木陰が救いとなるでしょう。闇も影も絶対に必要なものなのですよ」
「…………だ、だけど……それは……」
自分ではなく、他の闇属性でもっと高名な神々の事だろうと思う。
「他の闇属性の方達も、勿論尊いでしょう。ですが貴方もちゃんと尊い。信じられないですよね? 今から私がちゃんと信じさせてさしあげます」
「だ、だって……うう、……あぁ……」
とても信じられない。だけれど否定も出来なかった。労わるように肩にある手が温かいから。吐き出しきったからなのか、魔王の羽が何か吸収していたからなのか、ほんの少しだけ気持ちが軽くなっているから。
半信半疑、寧ろ疑いの方が濃い眼差しがどろりと落ちる前髪の間から魔王を見上げる。魔王はどう見ても怖いが優しく微笑んでいた。
「いいですか、まず貴方はとても優しいです。普通やつ当たりをするのに、理不尽でごめんだなんて謝りません。これだけで貴方がとても善い方だと分かります」
「……ふ、普通が……出来ない、分からないんだよ……っ」
「いいえ、この場合は普通じゃない方が“より良い”ですよ。普通が常に良いとは限りません。貴方が普通ではなかったから、私は最初から好感を持てたのです」
戦いはひとまず置いておく事にした。あくまで穏やかに、ゆっくりとカイが話し始める。この神はとても善い神だ。こんな状態で戦わせる訳にはいかない。
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