543 波及がでかい
『いやあ、まさか引き分けダブルノックアウトとはねえ……』
リョウがしみじみ呟いた。次鋒戦まで終わり、五将戦前の休憩が挟まれている。
『まじ何も理解出来んかッたし見てるだけで疲れたァ……』
ガンも疲れ果てた顔でソファに脱力している。
アモー神が恋人の名乗りを上げた後、愛する人の応援で覇気を取り戻したミコー神が再びベルと激突した。ファンの罵声と『あらあらまあまあ』する中年女神達の声援が交錯する混沌の中、二人は意地と根性で戦い続け――しまいには技も出せない程に疲弊し、だが勝負は投げず最終的にはふらつく中でのビンタ合戦となった。
『ただただ女と紅薔薇の恐ろしさが際立った回でしたよォ……ああおぞましい』
ファナティックもうんざりしきった顔でソファに凭れている。
「あれはどこまで絵図を描いていたのだろうな……」
『恐らくミコー神とアモー神の事は知っていたでしょうねェ。それを公の場で暴かせ、ドミナ神の失墜を図る。今回での彼女の損失は計り知れませんよォ……』
「そうであろうなあ……」
ケンも頷き哀れむような顔をする。今回一番被害を受けたのは、ミコー神ではなくドミナ神であった。ミコー神はファン達から総スカンを食らったものの、アモー神が『自分達は母さんの方針による犠牲者だ』と強く訴え、決着後には皆の前で公開プロポーズまで行った。
それで“そういうの”が大好物な女神達の支持を一斉に受けた。これまでのファンは失ったが新たなファンが付き、プロポーズを受けたミコー神は“脱退”を表明し今後は別の流派へ移ると宣言した。前ほどの人気は出ないかもしれないが、新たなファンは得られたし、最後まで粘った新式プロレスへの愛は誰が疑うものでもなかった。それに今後困難があっても恋人が支えてくれるだろう。
実子に流派の運営を批判され、尚且つ人気選手だったミコー神をスキャンダルと共に失い、ドミナ神の損害は計り知れない。暫くは対応に忙しく薔薇の魔女に噛み付く暇も無いだろう。
『うふふ、流石紅薔薇といった所ですね。“ONIYOME”が世間へ公開された事で、色んな事への抑止にもなりますし。門下生も一気に増えるでしょうねえ』
「世の男達の恐怖と引き換えにな……」
反対に薔薇の魔女は天界というか主に男神へ牽制もとい存在感を示し、門下生という勢力も拡大される見込みである。勝負自体の結果は引き分けだとしても、大勝利でしかなかった。ニンアナンナ神の笑顔に耐えきれずケンが目を反らす。
「天界とは恐ろしい所だね。試合ひとつにこんな策謀と思惑が渦巻いて……」
「そうネ。けど安心して、ジスカールちゃんなら“ONIYOME”なんて関係無いわ」
「そりゃジラフ殿ならわざわざ習わんでも自力で制裁出来るじゃろ……」
「あれ今そういう話だった……?」
ジスカール達も感想を呟きながら、控室へ繋がる通路の方を見た。五将戦を控えたカイは今、ベルの治療に付き添って控室の方に居る。永遠とも思えるミコー神とベルのビンタ合戦は、長きの果てにダブルノックアウトで決着した。終わった時には双方大変なダメージを受けており、慌てて運ばれて行ったのだ。
『やあ……ベルは無事だろうか……』
『あ、カイがもどってきたよ!』
ガン以上にあれそれを理解していないトルトゥーガとウルズスが、通路を戻って来るカイを見付けた。
「おお、カイさん! ベル嬢の具合はどうだ!」
「命に別状は無く、傷も全て治療済です。隠者の回復術は流石でしたよ。とはいえダメージの蓄積疲労がありますので、今は休んで貰っています」
「そうか、良かった」
「後ですね……治療中に薔薇の魔女がいらして……」
「ほう?」
カイが何とも言えない顔で肩を竦める。
「『本当におまえは期待を超えないわね』と言って戻って行かれましたよ……」
『ベルさんあんなに頑張ってたのに酷くない……!?』
『あの女は普段からそういう物言いなんですよォ……っ!』
「超えないであって、期待自体は満たしたという事だな。それなら仕置きは無かろう。安心して大丈夫だぞ!」
「ええ、それを聞いて安心したのかベルは爆睡していますよ」
ケンとファナティック曰く、わざわざ“見舞い”に顔を出した時点で機嫌は悪くないとの事だった。釈然としないものはあるが、どうこう出来る問題ではないのでひとまず置いて――これからの話だ。
「カイさん、負けた俺が言うのもアレだが今は一敗と引き分けである。五将戦は正念場だぞ」
「はい、分かっています。後続の為にも何としても勝たねば……!」
次の相手は十芒星のウンブラ神だ。属性等と、コミュ障らしいが天使達のタレコミを聞くと悪い奴ではなさそう――位しかまだ分かっていない。勝てるだろうかと思ってオムニス神側の控え席を見ると、何やら揉めて? いた。
「……? どうしたんでしょうね?」
「おお……?」
* * *
「ウンブラ! 次は君の番だぞ! 一体どうしたのだ!」
「ギィィ……!」
次鋒戦の途中から、ウンブラ神の様子がおかしくなった。戦いが終わりミコー神達が搬送されていくと、髪を掻きむしりながら唸ったりし始める。流石に心配して様子を窺っている所をケン達に見られていた。
「おいウンブラァ! まさかビビッてんじゃねえだろうなァ! あ゛あ゛ん!?」
「ウンブラ神、大丈夫? おっぱい揉みますかぁ……?」
「自身の感情も制御出来んとは」
「君らはちょっと黙っていろ。ペルナ」
「はっ」
外野が煩いのでペルナ神に遠ざけさせ、オムニス神が隣に座ると優しく肩を抱く。ウンブラ神は一瞬ビクッとしたが、様子はあまり変わらなかった。
「どうした、ウンブラ。人払いをした。我しか居らぬゆえ、聞かせてくれ」
「うう……ウギィ……ッ」
「ゆっくりで良い。落ち着いてからで良いから」
宥めるようにぽんぽん肩を叩いてやっていると、やがてウンブラ神が鼻を啜り始める。それからぽつりぽつりと話し始めた。
「う、う……っ……ミコー……」
「ミコーが?」
「……処女じゃ……なかっ……ううう……彼氏……知らなかっ……」
「…………………………まさか君も……?」
オムニス神が驚いて、だが慎重に静かに問う。ファンだったのか恋愛として惚れていたのかは分からないが、ウンブラ神が小さくこくりと頷いた。
「……大体の……女子は……僕を気味悪がる、のに……っ」
ミコー神だけは分け隔てなく普通に接してくれていた。それがウンブラ神にはどれだけ嬉しかった事か。
「……彼女……だけは……っ、……付き合える、なんて思ってなかった……! けど、けど……っ!」
決して高望みはしていなかった。清純で明るい彼女をそっと応援し、その活躍を見ているだけでよかった。たまに声をかけて貰えるだけで十分だった。そんな淡い恋は――先程見事に打ち砕かれた。
裏切られたとは思わない。そもそも自分が何もしなかったせいで、そう思えるほどの深い関係性を築けていない。これはただ自身を立ち行かせる信仰を奪われたようなショックだ。そして、何も行動してこなかった自分に対する失望だ。
「そうか……」
ぽつりぽつりと語られる言葉に、オムニス神が眉を下げた。
「そのような状態では戦えぬだろう。ウンブラ、棄権しても良いぞ」
「………………いいえ。戦います……戦わせてください……」
小声だが、その言葉だけは確りと紡がれる。
「大丈夫か?」
「はい……僕は、これまで何も行動してこなかった……。それが、後ろ向きでやつ当たりのようなものだったとしても……僕は、僕は行動をしたいんです……」
「成る程。踏み出そうというのだな。それは良い事だと思うが――……」
思うが、『後ろ向きでやつ当たりのようなものって何?』という顔をオムニス神がする。その時、ウンブラ神がずっと俯けていた顔を持ち上げた。
「――……リア充を、爆発させてやるんですよ……っ」
その頬は血涙が伝い、両のまなこは先程プロポーズを成功させたカイの事を暗く睨んでいた。
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