541 “ONIYOME”
『いやけどこれ、奥義出す前に勝つんじゃ……?』
「顔面血塗れじゃぞミコー神……」
『いいえ、ミコー神もまだ本気を出していません。派手な攻撃に見えますけど、特攻が発動していないので神相手ではあまりダメージは入っていませんよ』
「特攻って何じゃい!」
師範代であるニンアナンナ神にはよく分かるらしく、詳しく解説してくれる。
『今はただのプロレス。本来の“ONIYOME”は例えば不貞特攻やモラハラ特攻など、相手の問題に応じた特攻加護が付くのです。だからか弱い女性でも優位を取れる。ただこれは真剣勝負ですから、自衛特攻も付いていないように見えます』
「特攻が付いたら今より怖く、否、強くなるという事か……」
ケンですら嫌そうに顔を顰めている。言われてみれば確かに、ミコー神は大仰に痛がったり苦しみの声を上げているがダメージ蓄積の鈍化は見られなかった。
「ちなみに若返るのは全員共通か……?」
『ええ、運動能力の最盛期に若返る事で攻守ともに高めています。一応若くてラブラブだった頃の姿を伴侶に見せ、あの時の気持ちを思い出して貰うという副次効果もありますよ。個人差はありますけどね』
じゃあニンアナンナ神も若返るんだな怖……と男達が思ったが決して口には出せない。そうこうしている内に、闘技場を包む気配が少し変わった。
* * *
「流石神ってとこかしらね! 頑丈だこと!」
「それが取り柄ッス……! とはいえ予想以上の凶器と卑怯のオンパレード……ッ! 興行でも此処までやってくる相手は居ないッスよ……!」
最初の展開が引っ繰り返ったように、今はミコー神がぼこぼこにされている。だが特攻が無い事と、やはり神の身体は頑丈で決定打を与えた手応えは無い。ベルが少し焦れ始めた所で――ふと気付いた。
「……? なに……!?」
「これを、これを待ってたッス……!」
気付けば観客席の方からミコー神に対する声援と、同時にベルへのブーイングが大きくなってきていた。最初はベルの美少女っぷりに気を取られていたファン達が、ベルの残虐さと推しであるミコー神の窮地に声を上げ始めたのである。
「うおお! ミコーたん! 中古のビッチなんかに負けるなあ!」
「そうですぞ! やはり清純なミコーたんこそ至高! 顔と身体がいいだけのクソメスなんかに俺達は騙されないッッ!」
「ミ・コ・ォ! ミ・コ・ォ! ミ・コ・ォ!」
ぶん殴ってやろうかと思うようなブーイングを睨みつけると、声を上げているのは多くが年若い――人間でいえば十代から二十代前半にあたる神と天使達だった。
「あんたのファンきっしょ! これだから清純アイドル売りは……っ!」
「天界ッスよ! 元より清らかを好む方達ッス~! 特に若い方は処女信仰も強いッス! 更にうちの流派は恋愛禁止ッス! つまり!」
「つまり!?」
「うおおおおぉ――ッ! ファンのみんな! 自分に力を貸してくれッス~!」
ミコーが声援に応えるよう咆哮をあげ、ベルのヘッドロックを跳ね返す。立ち上がり両手を天に広げると、ファン達が更に応えて雄叫びをあげた。
「俺達の愛でミコーたんを強くするぞっ! 勝たせるぞっ!」
「うおおおお! ミコーたんミコーたん!」
「ミ・コ・ォ! ミ・コ・ォ! ミ・コ・ォ!」
「みんな! ありがとうっ! みんなの愛が自分を強くするッスよ~!」
声援がきらきらとした光の粒子となり、ミコー神に吸い込まれてゆく。これは力場システムと同じ物だとベルが気付いて顔色を変える。偶像という御神体にファンの皆の想いが注がれ強化されてゆく――ミコー神のコスチュームがきらきら輝き変化して、豪華なグレードアップ版へと変わった。
「行くぞぉ――っ!」
「……!」
強化されたミコー神の踏み込みは、反応しきれない速度だった。受け身を取る間も無く吹き飛ばされ叩き付けられ、苦悶と共に呼吸が詰まる。ボディアタックの強さと衝撃もこれまでとは比べ物にならなかった。
「かは……ッ!」
「幾らベルさんが美少女でも、他の男と結婚宣言なんかした今! 自分の人気を越える事は出来ないッス! 勝ち確ッス!」
動けないベルにニッと笑い、コーナートップを駆けあがり高く跳ぶ。『神・風・光』属性であるミコー神の跳躍は高く高く、美しく反り返る身が剣呑に光を纏い始めた。お決まりのフィニッシュ・ムーブらしく、観客席からもひと際大きな歓声があがる。
「ファンのみんなっ! 愛してるッス――!」
特大の愛の叫びと共に放たれる、嵐を纏った隕石の如き変形ダイビング・ボディプレス。リングがたわむ程にめりこみ、ベルの口から赤血が吐き出された。
「ベ、ベル……ッ!」
『ベルどん!』
『ベル氏ィ――ッ!』
英雄側の声をかき消す観客席の歓声。ぐったりと動けないベル。ミコー神が『とどめ』のフィニッシュホールドを掛けるべくその腕を取っていく。
「これで終わりッス……!」
腕を取り足を絡め全体重をかけて押さえ込む。レフェリーが居ないので観客席からコール代わりの声援が飛ぶ。
「…………んた……」
「……?」
ワン。ベルから呻くように小さな声が零れ、不審に瞬く。
「…………あんた、処女じゃないわよね」
「!?」
ツー。驚愕にミコー神の目が見開かれる。スリーのカウントを待たず、ベルが動揺するミコー神のホールドを渾身で振り解いた。
「なっ、何を……!」
素早く逆に腕を取られる。ベルの身体が目まぐるしく動き、腕を極めて思い切り仰け反った。そして大きく息を吸い込むと、大声で叫んだ。
「“あんた処女じゃないわよね”――ッッッッ!」
「い゛ッ、……!?」
「!?」
「!?」
「!?」
とんでもない大声にミコー神も観客席も控え席も動揺し『!?』となる。その中で、先程承認した女神達だけが目を細めていた。
「な、何言って――……!?」
技が極まって痛いのと、大声で酷い事を問われてミコー神の表情が歪む。反論しようとして、何故か“魔法を掛けられたように”ミコー神も大きく叫んでいた。
「そうッス! 自分は処女じゃないッス――ッッッ!」
「!?」
「!?」
「!?」
「え、え!? ちが、自分そんな事が言いたかった訳じゃ……! え!?」
叫んだミコー神自身が動揺して目を白黒させる。ギリギリと技を極めながら、ベルがニタァと笑った。
* * *
「いやあぁぁぁ……っ! “ONIYOME”の奥義じゃありませんの……っ!」
「ソ、ソロル……知っているのか……? というかオニヨメとは……!?」
ミコー神の非処女宣言にソロル神が二人とも頭を抱えて震えた。
「紅薔薇さまが貞淑な女達に広めた家庭円満術ですわっ! 見たでしょうあの暴力っ! あれは悪い亭主や浮気女に特攻で必中……っ! いやぁあぁぁ……!」
「!?」
「何より恐ろしいのはあの“奥義”です……っ! 技を極めた状態で問われると『真実を大声で喋ってしまう』んですのよっ! 紅薔薇さまの加護技ですから告白は裁判でも証拠として扱われ有効ぉ……っ! いぃやぁぁあああぁぁ……!」
「!?」
ソロル神が過去身に覚えでもあるのか大声で喚くので、ニンアナンナ神の解説を受けていないオムニス神側、更には周囲の観客席にまで理解が及んでしまった。一斉にオムニス神側控え席の男性陣の顔色が悪くなり、周囲の観客席の男性達の顔色も同様、それはどんどん会場全体に波及してゆく。
「ソ、ソロル……その、それは……」
「オムニス様だって先程見たでしょう! 名のある女神達が“承認”するのをっ! あのおぞましい悪鬼の術は天界中にもう広まって……! いやぁあぁぁ……!」
「……!」
その言葉にオムニス神の顔色が更に悪くなった。
「ペ、ペルナ……」
「はっ」
「我はちゃんと見ていなかったのだが……ど、同意した女神は……ッ、いや待て知りたくない! だが知らぬままも怖い気がする……! ペルナ……!」
「…………全員は確認できておりませぬが、クレスケンスルーナ様が何か承認なさったのは見ておりましたよ」
ペルナ神に嫁の名を出され、オムニス神も呻いて顔を覆った。
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