534 先鋒戦
出口から光の橋が掛かり、コロセウム中央に浮いた闘技場へと双方移動する。実際踏み入って見ると、球面を下側にした半球型の足場は思った以上に広い。天球儀のよう足場を囲んで回るアイギスシステムの輪も、大きな観覧車を見上げているかのように高かった。
「双方揃いましたな」
中央で既に待機していた隠者が、全員を確認し頷く。
「改めて確認致します。今回の決闘裁判は7人制の星取り戦形式。勝利した方が、英雄達の世界の担当神となります。勝敗は戦闘不能と見届け人が判断するレベルの負傷、もしくは本人の降参宣言にて決着。見届け人は拙僧、隠者が行います」
「うむ」
「相違無い」
「対戦は事前に提出したオーダー通り。戦闘不能、あるいは死亡した場合の治療と蘇生は迅速に行います。それ以外の想定外が何かあった場合は、拙僧が中立の立場から判断させて頂く。以上、宜しいですな」
全員の了承を受け、隠者がもう一度頷いた。そのまま空を見上げると虚空に指で印を描き、輝いた軌跡が急速に拡大し巨大な魔法陣を形作る。これが正式な決闘裁判であると隠者が承認し、内外に知らしめる為のものだ。
「では、先鋒のお二人以外は控え席へ戻られよ。早速開始致します」
促され、ケンとクリュソス神以外の者が再び光の橋を渡って戻り始める。離れる前にケンへ応援の言葉を掛けようと思ったが、いつになく真面目で怖い程の面持ちをしていたので出来なかった。全員が密かに驚きつつそのまま移動する。
「……いつものケンではありませんでしたね。大丈夫でしょうか」
「いつもなら『わはは俺に任せろ!』って感じだものネ」
「そもそも先鋒の理由が『他の者を据えて一撃で殺されては流石に寝覚めが悪い』じゃしなぁ! けどそれは本当にそう!」
『安心しろ。勝つか負けるかは知らんが、ああ見えて絶対ワクワクしてるよ』
控え席は観客席の中で最も闘技場に近く、観戦しやすいスタジアムのベンチのような感じだった。口々心配しながら着席すると、タブレットからガンの声がする。
「え、そうなんですか?」
『あいつ上級神と戦うの初だし、しかも相手は丸付きで全力出したって勝てるか分かんねえんだぞ。そんなもんあの馬鹿が興奮しねえ訳無えだろ。因縁の面倒さと“心躍る戦の前”が合わさってあの顔してんだ』
『流石ガンナー氏……! 誰よりもケン氏の事分かってるゥ……!』
『って事は、本気のケンさんが見られるのか……』
本気のケンの更に全力などこれまで一度も見た事が無い。リョウが小さく呟き、身を乗り出してモニターに集中し始めた。
* * *
「余程の大声でなくば、外に会話は届かぬでしょう。審判のため拙僧の幻体を内部に残しはしますが、見聞きした如何なる事も表に出さぬと誓います」
「ああ」
「心得た」
「――では、存分に始められよ」
隠者が一礼し、するりと姿が霧散する。闘技場の上には、ケンとクリュソス神だけが残った。“最強装備”の覇王の鎧を纏ったケンが、隠者が消えると同時に背から大剣を無造作引き抜く。クリュソス神の方は端麗なカソック状の長衣を纏うだけだが、鎧など必要無いという事だろう。
「シグルドヴィージカ」
「何だ」
「新たな世界では幸せか?」
「そうだな、随分と楽になった」
嫌味なのか、それとも本当にただ問うているのか。万華鏡のように光彩が変わる瞳からは読み取れない。だから、ただ素直に答える。
「俺を殺してくれる相手も見つかった。送ってくれて感謝している。……それと、すまなかったな」
「何を謝るのか」
「世界を捨てた事は謝らぬ。だが俺はもっと、貴公とちゃんと話すべきであった」
「……おまえは限界だった。そんな余裕は無かったろう」
クリュソス神が微かに笑みを――皮肉気な笑みではあるが、を浮かべ両手を持ち上げる。何かを握る仕草から、右手が横に引かれてゆく。
「貴公は――」
「私は悔いている」
完全に“引き抜く”と、クリュソス神の手には一振りの剣が在った。一目で使い込まれた業物と分かる『神の剣』だ。
「……ああ、本当に悔いている。おまえを行かせるべきではなかった」
「そうか。全て聞かせてくれ」
次の瞬間、目にも留まらぬ速度で二人が激突する。
* * *
「え、何で……!」
予備封印の狭間、居住スペースのリビング。大型モニターを食い入るように見つめるリョウが、驚きに声を上げた。画面ではケンとクリュソス神が肉薄し、既に剣戟を交えている。
「太刀筋が同じなのが不思議ですかァっ!?」
「うわファナティックさん! いつの間に!」
「解説がてら吾輩も此方で観戦して差し上げようかと思いましてェっ! マア幻体ですけどねェっ!」
気付けばファナティックも皆と同じソファに座っている。
「太刀筋が同じッてどういう事だよ」
「剣の使い方っていうか、剣さばきが一緒なんだ……」
自身が剣士であり、日頃から稽古を付けて貰っているリョウにはすぐ分かった。クリュソス神の太刀筋はケンと完全に同じだ。
「同じで当たり前ですよォっ! そもそもあの世界の剣術の始祖はクリュソス神ですからねェっ!」
「え! そうなの!?」
「幼少期は城の剣術指南役だとかに習っていたでしょうが、本格的に神威の覇王を鍛えた剣の得意な下級神がそもそもクリュソス神に剣を教わっている訳でしてっ」
「じゃあクリュソス神は師匠の師匠ッて事か」
同門であれば太刀筋が同じで当たり前だ。納得はしつつも驚きは消えない。目の前で起きている事が信じられなくてモニターから目が離せない。
「もう僕の理解を越える領域入っちゃってるからアレなんだけど……これ互角……じゃないよね……?」
「ハイッ! 神威の覇王が押されてますよォっ!」
「やっぱりィ!?」
「相当本気出してんのにな。グランガルムと戦り合った時よりも凄えぞこれ……」
「拙者も剣士の端くれなれど本当マジ理解出来んでござる……!」
画面内ではリョウとカグヤですら捉えきれない、理解しきれない攻防が行われている。一瞬で何合切り結んでいるか分からない。アイギスシステムが無ければ観客席を間断なく余波が襲っている。二人の打ち合いは凶兆のグランガルムと戦った時よりずっと激しいものだった。しかもケンが押されている。
「あっ」
「……!」
大きく剣が弾かれ、ケンが大きく飛び退いた。ケンがこんな風に後退する姿は全員が初めて見る。
『ちょ、やばくないかのこれェ~!?』
『まだ力場も開放してないからこれからだと思うけど……』
「というかどうして、神威の覇王をクリュソス神に当てたんですゥ?」
現地の控え席からも不安そうな声が届く中、実に不思議そうにファナティックが首を傾げる。
「え、だって。クリュソス神は強過ぎるし、僕らの中で対抗出来そうなのケンさん位しか――……因縁もあるみたいだったし……」
『他の者じゃと一撃死の可能性あるってケン殿が引き受けてくれたんじゃよ!』
「はあマア成る程ォっ! 色々分からなくもないですが、それは勿体ない事をしましたねェ~っ!」
『どういう事だい?』
画面の中では、ケンが力場を解放して再び打ち合い始めている。
「一勝でも拾いたいのであれば、先鋒戦は捨てて他の方が出るべきでした。クリュソス神相手では、神威の覇王は勝てませんよ。他の神相手でしたら誰だろうと楽勝でしたのにねェっ!」
「何それ!」
「けど、けどっ! ほら今! 盛り返してるでござるっ! ケン氏は最強なんでござるからっ! 負ける筈が……っ!」
ケンが背負う信仰は、戴く王を何処までも強くする。先程までの劣勢は消え、今は互角の打ち合いに見えた。
「――まあ、見ていれば分かりますよ」
躍起になるカグヤに肩を竦めて、ファナティックが『けど因縁あるんじゃ仕方ないかァ……』と小さく呟いた。
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