533 直前
「ジスカールちゃん怯えてるじゃない! 早くその女引っ込めてッッッ!」
「ソロル、舌なめずるな。後で対戦出来るからひとまず10m――いや、20m位離れておけ。君は対戦以外で接近禁止だ」
「ええっそんな……触れませんから30cm位でも宜しい……?」
「100mだな。ペルナ」
「はっ」
「いやあぁ……! まだ何もしておりませんのにぃ……っ!」
指示が出た瞬間、まともなペルナ神がずるずるとソロル神を引き摺って行った。
「すまなかったなジスカール。対戦以外では近寄らせぬから安心してくれ」
「い、いえあの……は、はい……」
『ジスカールだいじょうぶだよ! ぼくが守ってあげる!』
「うう、ありがとう……!」
ジスカールが震えながらこぐまをぎゅっと抱き締めた。ひとまずソロル神が視界から消えたので顔合わせを再開する。
「――で、これが今しがたソロルを生ゴミの如く見ていたキトーだ。ユースティティア様の弟子で、潔癖すぎるのと愛想が無い以外は割とまともな男だぞ!」
「なんと! まだまとも枠が……!」
肩上の高さで髪を切り揃えた、エキゾチックな風貌の青年だった。紹介され、にこりともせず無言で会釈だけ向け――た直後にジラフと視線が合い、そのまま何とも剣呑な目つきで睨み合う。
「ひぇ、静かにバチッとる……こわ……!」
「まあ因縁は対戦の時存分にやってくれ! なあクリュソス!」
最後にオムニス神が一番奥に居た神を見遣った。名が呼ばれた瞬間、カピモット神がぎゅっとトルトゥーガの衣を握り微かに震える。皆の視線が集中する先にその神は居た。
ケンが前に言った通り、メイ位の大きさで双子らしく背格好や輪郭は殆どマキナ神と同じだ。ただあちらは機械混じりの異形感が強いのに対し、クリュソス神の方は幽玄的な美しさが強かった。長く伸びた真珠色の髪はプリズムの輝きを纏い、此方を向いた瞳も万華鏡のように光彩が変化する。
そんな“人ならざる美”に目を奪われるより早く、心胆寒からしめる威圧が英雄達を襲った。見た瞬間に感じる、既に紹介された神達との格の違い。オムニス神やマキナ神にも感じるものだが、人柄や物腰で覆われている分まだ柔い。冷たく剥き出された重圧は、見ているだけで膝を付いてしまいそうだった。
「……久しいな、我が神よ」
一人だけ圧を物ともしないケンが声を掛ける。幽玄の瞳にケンが映ったかと思うと、すぐに皮肉気細められた。
「人にとっては久しかろう、シグルドヴィージカ。前より良い顔をしている」
「お陰様でな」
「積もる話は後だ。来いキトー」
「はい、クリュソス様」
僅かに言葉を交わしたかと思うと、クリュソス神がすぐ踵を返す。その後を同派閥のキトー神が追従していった。
「という事であれがクリュソスである! 紹介は以上!」
『ケンさん……シグなんとかって……?』
「俺の本名だ。長いし覚えなくて良いぞ……!」
本名バレしたケンが顔を顰めつつ、オムニス神を見る。
「中々愉快な面子であった。すぐ始めるのか?」
「観客が入る故、一時間後だな。その間に準備をしてくれ」
「観客が入るのかい……!?」
「大丈夫だジスカール! ちゃんとモザイクは掛かる!」
「だからそれ安心材料じゃないのよネェッ!?」
決闘裁判の見届けとして天界の上層が何人かと、後は単純に応援目的と、後学のために先輩神達の戦いを見てみたい下位の神達などが観客として訪れるらしい。ジスカールが衆人環視の公開羞恥になる可能性以外は、まあ反対する理由も無いので受け入れる。そのままオムニス神達とは別の控室へ分かれ、与えられた一時間で出来る限りの準備を始めた。
『いやぁ……中々濃かったなぁ、対戦相手の神どん達……』
『ちょっと一部想像してたのと違ったでござるな……ソロル神は想像通りでござったけども……』
『というかクリュソス神やばくない? 画面越しでもやばかったんだけど……!』
「あれは駄目じゃろ……! 儂またちびりそうじゃった……!」
既に殆どが“最強装備”に着替え、静かに集中を高める者、あれこれ相談する者、緊張を和らげる為に救出組と雑談する者など。各々様々に過ごしている。
「ケン……」
「うん?」
最強装備でどっかと座り、瞑目していたケンの隣にマーモット神が座った。心配そうな声に目を開くと、声音通りの顔をしている。
「だいじょうぶですか……?」
「勝つつもりだが、流石に相手がアレだ。とはいえ全力は尽くす。心配か?」
「ちがうの、そうじゃなくて……」
「……?」
小声で問うたマーモット神が首を振った。
「かつとか、まけるとかじゃなくて……じぶんのせかいのかみさまとたたかうの、いやじゃないかしらって。ケン、だいじょうぶですか……?」
「ふは」
思わず笑ってしまった。自分に対しそんな心配をするのはこの神位だろう。
「複雑ではあるが、戦ってみたい気持ちはある。ガンさんにも言われたが、俺はあれとまともに向き合って来なかった。一度は向き合うべきだろう」
「そうですか……」
マーモット神が眉を下げ、むぐむぐ何か言いたげにする。が、結局首を振り小さな手がケンの手を握った。
「なかなおり、できるといいですね」
「そうだな。祈っておいてくれ」
「はい、いっぱいおいのりしますね」
笑みかけてやると、応えるように幼い神も笑った。そうする内に時間は過ぎ、まもなく――という所でカピバラ神が立ち上がる。ハッとしてマーモット神も隣に並ぶ。皆の視線が集まると、意を決して口を開いた。
「皆さん、まもなく決闘裁判が始まります。ですので、“監督”としてこのタイミングで言わせて下さい」
皆が口を挟まず頷く。
「私達と一緒に戦って下さって、ありがとうございます。本当は情けない事も言いたいんですけど、言いません。私達は皆さんが勝つと信じています」
巻き込んでごめんなさいだとか、自分達が至らぬせいでだとか、そうした泣き言は言わないと決めた。強い眼差しでカピモット神が声を張る。
「その上で、命を大切にして下さい。もし危ないと思ったら迷わず降参して下さい。皆さんが共に戦ってくれて、全力を尽くしてくれて、その結果であれば私達はどのようなものでも受け入れます。勝つと信じていますが、その為に無茶はしないで下さい。誰か一人でも死んでしまったら、それは勝つより悪いんです」
隣でマーモット神も『うんうん!』と頷いている。
「うはは! 全員無事で勝った暁にはオムニス神より良い世界にしてくれるんじゃろな~!?」
「はい! 時間は掛かっても必ず……!」
「そうです! それにもしまけたって、いつかオムニスさまよりすごくなってもどってきてみせますから! わがともといっしょに! ぜったいです!」
今のカピモット神は英雄達に頼るしかない。だが共に戦う覚悟を示したかった。言葉もそうだが、どんな結果になっても絶対に諦めないし、戻って来ると顔に書いてある。それを見て英雄達が皆笑顔になった。
「ふふ、仕方ないわね。なら頑張ってあげるわよ」
「命は大切に、けれど全力を尽くしますからね」
「儂が駄目でも他が多分勝つじゃろ!」
『やあ……タツ……それだと彼女に会えないんじゃ……』
「そうじゃった!」
皆が口々に答え、確りと頷く。
『ぼくたちがんばるし勝つよ! だいじょうぶ!』
「家族の為だからね。精一杯頑張るよ」
「アタシも!」
「――ふん、良い口上を垂れるようになった。では皆、行くぞ」
ケンも太く笑って立ち上がる。それに合わせて皆も立ち、そのタイミングでポチャリエルが『時間です』と呼びに来た。
控室から直接闘技場に繋がるという回廊を歩む。最初は静かだったが、徐々にざわめきが聞こえ、出口付近では大勢の気配を感じた。潜り抜けた瞬間、目に入ったのは大勢の観客。そして闘技場を挟んで向こう側に佇む対戦相手達だ。
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